小説 〜DAVALPUS〜
第一節 雑踏
大陸を縦断する公路を北上していけば、その道は霊峰アスタールへと至る。
その頂は一年を通して深雪に覆われている、道も険しき未踏の地である。
一説にはかつて神々が降臨された聖地とされているが、真実は定かではない。
そんな山並みに背後を護られ、大陸公路の終点として栄えた街がここ、聖王都リルガミンであった。
いまや大陸屈指と噂される狂王近衛兵団と、唯一互角に渡り合えるといわれる神聖騎士団を擁する強大な専制君主制国家である。
その聖王都の四方には騎士団の常駐する要塞が築かれ、周辺国家や辺境蛮族らの行動に目を光らせている。
さらに、リルガミン王家と臣民、そして祖先の代より今に伝わるこの神聖なる大地を守護せしニルダの至宝。
これらの物質的、霊的な二重の結界によって護られた聖王都は、建国以来いまだかつて他の侵略を許した事は一度たりとてなかった。
聖王都南側に位置する、公路から直にその出入りが可能とされる大手門。
別名「旅人の門」と称される、この堅固なアーチをくぐり抜ける二人組みの姿があった。
長大な半両手剣を背にした黒衣の剣士と、長弓を携えた高帽子の男。
ヴィシャスとオズワルドである。
主に旅人や行商人が数多く出入りするこの街にも、彼らのように武装した者も少なくはなかった。
商人や貴族の護衛をする者。
北の霊峰に存在するという、神の宝珠の迷宮に挑む者。
そして、半ば戦争状態へと移行しつつある、狂王軍との戦いに傭兵としてやってくる者。
その目的こそ違えども、こうした向きが多い最中にヴィシャスら二人が見咎められることはなかった。
聖王都の街並みは活気に満ち溢れ、その方々から喧騒が聞こえてくる。
目前に迫る戦争など何処吹く風か。
この街に暮らす者達にとって、いま話題の中心にあるのはそれとは別の二つのことであった。
一つは、来月初頭に迫ったアラビク皇子の成人の儀についてのものである。
齢十六にて成人を迎える皇子を祝うと同時に、皇子の婚約相手として内定している隣国の姫君が聖王都に訪れるということもあり、街中がより一層の期待と歓喜に熱気をあげていた。
そして、もう一つの感心事。
それは、皇子の成人祝いに献上品を奉納することが許される商人の選定。
皇子への献上権を得ると言うことは、王室御用達としての栄誉を授かることでもあり、即ち以後揺るぐことのない繁盛を約束されることに相違はない。
その候補として噂されているのが、大陸各所の街々にその商店を構える大商人ボルタック卿と、王家に仕える宮廷魔術師ダバルプス卿と同等の力を持つ魔術師であり、魔術商としても名高いエリュシオン卿の二人。
こうした話題のタネが、人々から戦争という暗く陰鬱な影を払拭していた。
何の当てもなく聖王都に来てはみたものの、ヴィシャス達にはこれといった目的があるわけではなかった。
北を目指したのも、特に意味があってのことではない。
別に南だろうが東だろうが構わなかったのだ。
己の置かれた境遇、場所から脱することが叶えばその行程などはどうでも良かったヴィシャス。
そして、日々の退屈さからの離脱を図るべく、たまたま恩を受けたヴィシャスと行動を共にしたオズワルド。
二人がこの聖王都へと辿り着いたのは、はたして単なる偶然だったのであろうか。
大通りの喧騒を避けるように、支道に入った先は「錬金術通り」と呼ばれる雑踏であった。
雑踏とはいえ、大通りのそれとは明らかにその性質が異なる。
ここはその名から受ける印象とは異なり、旅人たち──こと冒険者と称される者が集うもうひとつの街であった。
なにはともあれ、まずは宿をとることにした二人は、その街並みを横目に見ながら往来を流れた。
ドワーフ族の大商人ボルタックが「冒険者向け」に営む、ボルタック武具商店。
飲食や情報交換を目的に冒険者達が集う、リルガメッシュの酒場。
その他にも、街角に所狭しとひしめく露店の数々。
露天商の多くはアミュレットや装飾品といった類の金属細工品を取り扱っている。
「なぁるほど。それで錬金術通りってか?」
呆れた様な、それでいて何処か興味深げな口調のオズワルド。
それに対し、ヴィシャスは相変わらずの無言で先頭を進む。
「ケッ…連れないぜ」
オズワルドはそう毒づくが当のヴィシャスはというと、その歩調をいつの間にか遅れがちになっているオズワルドに合わせていた。
それに気付かぬ振りで、オズワルドは露店を覗きながら歩を進めていく。
そんな時、それまで興味を示さなかったヴィシャスが不意に足を止めた。
突然のことに、思わずつんのめりそうになったオズワルド。
ヴィシャスの視線の先には、他と同様に露店を構える女露天商の姿があった。
その視線に気付いたのか、女はそっと優しい笑みを浮かべた。