リレー小説 〜Infinity〜
序章
いつもの帰り道。
日毎に強く聞こえる冬の足音から、まるで逃げるかのように雑踏の中を家路に急ぐ。
別に冬が嫌いなわけではない。
むしろ、暑いだけの夏よりは数倍好きだと言えるだろう。
ただ、漠然とした圧迫感、強迫観念に駆られるだけだ。
都内某大学の2年に在籍している朝倉祐司は、時折このように鬱じみたマイナス思考に囚われがちであった。
だからといって、祐司が陰鬱で根暗な性格の人間という事はなく、友人や親友も多い、グループの中心的な存在である。
おそらく、普段の彼を知る者から見れば、今の彼はまるで別人と思えるに違いない。
彼がこんな心の病を抱えるようになったのは、ほんの2ヶ月前。
大学の講義が終わってから、駅前のC Dレンタルショップでバイトを始めた頃からだろうか。
仕事の内容はさもない事であった。
それに、授業とバイトを両立する事自体は決して珍しい事ではないはずだ。
では、何がきっかけで、彼に精神的磨耗を強いるようになったのだろうか。
それは、家まで30分続く薄暗い帰り道にあった。
人間というものは不思議で、どうでもいい事象であっても、妙に気に掛かる事が多々あるものである。
例えば、毎朝犬の散歩をしている老人であったり、登校時に読書をしながら電車を待つ女子高生であったり。
別にその人物に興味がなかったとしても、毎日決まった時間帯にその人物を目撃する内に、無意識で気になるといった経験は皆にも身に覚えがあることと思う。
その人物がある日を境に、ぱったりと姿を見せないようになると、何が起きたのかと邪推をする事もあるだろう。
祐司の場合、それは帰路の途中にある自動販売機の上にポツンと置かれた空き缶がそうであった。
その空き缶の色が、何故か無性に気に掛かるのである。
いつもの帰り道。
自動販売機の上の空き缶の色は「青」。
いつもの色だ。
だが、それは昨日から置かれている空き缶ではない。
その証拠に、ジュースの銘柄が違う。
どうやら、この空き缶を放置していく人物は、決まって青い缶をこの場所に残していくらしい。
時間はバイトを始めた頃の、ある晩まで遡る。
この自販機の付近には電灯がなく、自販機自体の灯りが辺りを照らしている。
そんな辺鄙な場所に設置されている為か、夜間に利用するものは少なかった。
祐司も普段はこの自販機を利用する事はなかったが、慣れないバイトに疲れたのか喉が渇き、たまたまこの自販機を利用した際に青い色の空き缶を発見したのだ。
勿論、その時はその空き缶の事など特に気に掛ける事はなかった。
それから3日後、バイトの帰りに再び空き缶を発見する。
空き缶の色は「青」。
誰がこんな所にわざわざ置いていくんだと、祐司は考えたりもした。
翌日、空き缶の色は「青」。
昨晩とは銘柄が違う。
不思議な事に、この空き缶は翌朝にはなくなっている。
夜の間だけ置かれる空き缶。
その翌日の帰り道。
空き缶の色は「青」。
既にこの空き缶を確認するのは、祐司の日課と化していた。
自分でも何故、こんなにも気になるのか分からないまま。
それから「青」い日が何日か続いた。
銘柄はまちまちで、どうやら本当にその色だけに執着して置かれているかのようであった。
そして、そんな奇妙な当たり前の日々が過ぎていった。
それから、およそ1ヶ月後のある晩。
自販機の上の空き缶の色は「赤」。
これが一連の事件の始まりであった。