〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


プロローグ 『旅立ち』

 渓谷沿いの峠から故郷の方角を振り返ると、今もなお黒々と煙を上げているのが見える。
 青年はしばし遠い目で見つめていたが、まるで何かの思いを断ち切るかのように、その光景に背を向けた。
 静かにその場を後にする青年の背後には、ゆっくりとしかし確実に闇の帳が降り始めていた。


 この世の繁栄を極めたと謳われる、リルガミンの都とは比べ物にならないほど規模は小さかったが、人々はそこそこの幸せを享受して日々を過ごしていた。
 その街に突然の災厄が襲いかかったのだ。
 正体不明の謎の黒騎士団の襲撃を受け、家々は焼かれ人はその生命を無慈悲に奪われていった。
 黒髪の青年デュオは、大通りを洪水のように流れ行く人の流れに逆らうかのように、高台の小屋を目指していた。

「へへっ、こんなところにジジイがいやがったぜ」
 黒焼きされた鎧装束に身をまとった3人の男たちが、一人の老人をなぶるように囲んでいる。
 ここは街の中心からわずかに外れた、高台へと通じる唯一の坂道だ。
 街からはすでに火の手が上がり始め、人々の阿鼻叫喚が風に乗って聞こえてくる。
「新調したこの剣の試し切りに選ばれたんだ、幸せに思いな」
 狂気に満ちた眼光をみなぎらせ、その手にした剣の切っ先を老人に向ける。
「ちっとばかし、物足りねぇが……死ねやぁ!」
 男が大上段に振りかぶり飛び掛る。
 刹那、男の両腕は真新しい剣を握り締めたまま宙に舞う。
「な、なな……」
 己の身に何が起きたのか判らずに奇声を発した男の首が瞬時に斬り飛ばされる。
 よくよく見ると、老人の左手にはいつの間にか血を滴らせた片刃の剣が握られている。
「相手を外見のみに判断するべからず……かの。覚悟は良いか?」
 小さく呟く老人の瞳には、まるで抜き身の刀のような光が宿っていた。

 デュオが高台の坂道を駆け上ると、見知った顔の老人が出迎えていた。
 その足元には首のない、元は人間であった肉塊が3つ転がっている。
「ゴーザム先生、ご無事でしたか」
 デュオにゴーザムと呼ばれた老人が、無表情に口を開く。
「街は焼かれたようだの。ここももう終いか」
「はい。中央の駐留兵は尻尾を巻いて逃げていきました」
 ゴーザム老は赤く燃える街を見下ろしながら、怪訝な表情で誰になく呟く。
「この程度の襲撃が事前に掴めぬか……よもや、都で何かが始まっておるのやもしれぬな」
「都? 上帝トレボーの城塞都市の事ですか?」
 デュオの問いかけにも応えずに、なおも沈黙を重ねる。
 そして、数分が過ぎ去ったかのような錯覚を覚え始めた頃、ゴーザム老はデュオに向き直る。
「デュオよ。ここでの教えは今をもって終いじゃ」
「はっ? ……何ですか、唐突に」
「おんしはトレボー城塞へと赴けい」
 そう言うと、一人高台の小屋へと引き返していく。
「待ってください、先生。一体なにが……」
 デュオの言葉を遮るようにゴーザム老が振り返る。
「嬢ならば、ワシが面倒を見よう。なに、心配はいらんさね」

 

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