〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


第1話 『布告』

 その全てが絢爛華美な装飾に施された部屋の主は、明らかに不満の表情を浮かべていて、これで今日何度目かになろうという言葉を発した。
「ゼルっ! ゼル・バトル近衛兵長!」
 真紅のビロードを羽織る壮年の男−上帝トレボーに近衛兵長と呼ばれたその男は、表情一つ変えずに己の主に跪く。
「魔除けはどうなった? 我が親衛隊は彼奴めから魔除けを取り戻したのだろうな?」
「……第4次突入隊からの報告はいまだにございません、陛下」
 何度聞いたであろう同じ返答に、トレボーは苦虫を噛み潰したかの形相を浮かべ、玉座から跳ね上がるかのように立ち上がる。
「その言葉はもう聞き飽きたわ。たわけめっ!」
 近衛兵長ゼル・バトルは臆した風でもなく、ただただ平伏した。
「もうよい! 誰ぞ、余の剣と甲冑を持てっ!」
 その言葉に反応するかのように、今まで無表情一辺倒であったゼル・バトルは彼にしては珍しく取り乱して、トレボーの側に駆け寄った。
「なりません陛下。陛下の御身にもしもの事があれば……」
「知らぬわっ! これも全てそなたら親衛隊が不甲斐ないからではないか!」

 その時、謁見の間の入り口から、いきり立つトレボーを一喝するかのような声が響く。
「お待ちを、上帝陛下」
 金糸、銀糸による壮麗な刺繍を施されたローブを身に纏った、長身のエルフ族の男が姿をあらわす。
 その胸元にはカドルト神のシンボルがかけられていて、またその左手に聖典を携えている事からも、この男がカントに仕える聖職者である事を示していた。
「おお、そなたはホークウィンド。魔道師めに魔除けを奪われた余を笑いにでも来たか」
 トレボーの悪辣な皮肉をものともせずに、ホークウィンドは進み出る。
「ニルダの加護があるとはいえ、上帝に何かがあれば他国につけ込まれる良い機会となりましょう」
「そ、その通りです。どうかお考え直しを、陛下」
 すっかり取り乱し気味であったゼル・バトルも、トレボーに必死に食い下がる。
 トレボーは一国の主たる自分を前にしてなお、威風堂々と立つホークウィンドに訝しげな視線を向けた。
「ふん、ガリアの蛮族ごときが、我が神聖なるリルガミンに牙をむくと申すか?」
「西部辺境の街がガリアの黒騎士に襲撃されたとの報が……
「かような田舎町は捨て置け」
 トレボーはゼル・バトルの報告を遮ると、なおもホークウィンドを威圧的に凝視する。
「当てにならん親衛隊の、いつになるかも分からぬ奪還を待てというのか? うん?」
「何も貴重な上帝の近衛兵を無駄に消費せずともよいでしょうに」

 エルフの無礼極まりない言動に、ゼル・バトルは不快な表情で問い掛ける。
「陛下の兵をそこまで言うからには、なんらかの案をお持ちなのでしょうな? ホークウィンド猊下」
「……いかにも」
 ホークウィンドの意外な返事を聞くや、トレボーは再び玉座に腰を下ろす。
 近衛兵長を片手で制すと、エルフに発言を促す。
「その案とやらを申してみよ」
「なに、簡単な事。在野の冒険者どもを使うのです」
「冒険者とな。我が親衛隊ですら手を焼くかの魔術師めに、して通用すればよいが」
 嘲るかのような笑みを浮かべるトレボーには構わずに、ホークウィンドは続ける。
「通用せずともよいのです。結果として何人死のうが上帝にとっては、これっぽっちも痛みはないのですから」
「ふふ、おおよそ聖職者らしからぬ発言よのう。なるほど、万が一にでも魔除けを取り戻せれば良しとするか?」
「左様で。そして、褒美としてその者を上帝の親衛隊に取り立てる事により、陛下は魔除けと屈強の勇者を同時に手に入れる事になるのです」
 トレボーは満足げな表情を浮かべると、誰にでもなく一人呟く。
「さしずめ……上帝の試練場とでも言うべきか」


 かくして、その日のうちに上帝の布告は城下に出される事になる。
 この噂は瞬く間に近隣地域へと広がり、トレボー城塞都市には歴戦の冒険者たちが集うこととなる。

 

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