〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


第2話 『暴走司祭、王都に立てるか』

 トレボー城塞都市へと向かう街道を歩くニ人組の姿があった。
 一人は、おそらく使い込まれたであろう革鎧の上から、旅用の外套を羽織った短髪の少年。
 もう一人は、聖職者のようないでたちだが、その法衣には装飾といったものがまるでなく、擦り消えそうなカドルト神のシンボルが微かに残っているくらいだ。
 聖職者の中でも、十字軍などに従軍する戦闘司祭のそれを思わせる法衣を纏うのは、皮肉そうな表情を浮かべた二十歳前後の長髪の青年だ。
 二人は言葉を交わすことも無く、ただただ無言で王都への道を進んでいく。
 余裕の表情さえ感じ取れる少年に反比例するかのように、その足を進めるたびに法衣の青年の表情が険しくなっていく。
 この日の気温は例年に比べ高く、太陽はすでに南中高度に達しようかとしていた。
 こんな時に限って風はなく、日差しを遮る雲さえ一片も存在しなかった。
 その暑さと、それまでの旅の疲れに、いよいよ青年の我慢も限界を迎えた。
「だぁぁぁぁぁ〜〜〜。何故、カドルト神の司祭たるこの俺がこのような苦痛を強いられなければならないんだっ!」
 青年の癇癪に大して驚くでもなく、少年は冷静に反応する。
「その司祭様が、前の宿場町で旅費をすべてギャンブルに費やしたんじゃなかったのか?」
「うぐっ……だがシオン、お前が初めに手を出したんだろうが」
「そうだよ。その後で誰かさんがオレの勝ち分の10倍擦ったんだけどね」
 シオンと呼ばれた少年の皮肉に、青年の顔色は赤々としてくる。
「しかしまあ、オレはいまだにヨセフが本当に聖職者(しかも善)だなんて信じられない時があるよ、まったく」
「ほう、俺にそこまで言うからには覚悟が……ん? なんだ、馬車か?」
 その時、ヨセフ(青年)は街道の彼方から王都の方角に向けて、駆けてくる二頭立ての馬車を見つけた。
 シオンが振り向くとヨセフは誰にとなく、そっと呟いた。
「……カモだ」

 その商用らしき馬車が二人に近づくや否や、突然ヨセフが馬車の進路に立ちふさがる。
 人影に気づいた御者が馬車を急停止させる。
「馬鹿野郎っ、一体なんのマネ……」
「停まれっ! カドルトの司祭である」
 怒りを噴出さんとする御者の言葉を遮り、一方的にヨセフは威風堂々と声を張る。
「我が神の啓示に基づき邪悪なる魔道師を討伐せんが為、トレボー城塞都市へと赴く道中なり」
「お、おい…ヨセフ、ありゃボルタックの馬車だぜ。さすがにヤバいんじゃ……」
 馬車の幌にボルタック商店の紋を見つけたシオンが暴走気味のヨセフを止めようとするが、その耳には届かなかった。
「従って、都までの道中、この馬車をカドルト神の名のもとに当教会が徴発する」
 そのあまりに勝手な言い分に堪忍袋の緒が切れたのか、御者は馬車強盗対策として備え付けられている棍棒を手にとり降りてくる。
「なんだテメェ、気は確かか? あんっ?」
 御者が鈍器を手にし自分に近づいてくるのを見て、ヨセフはニヤリと口元を歪ませる。
「ほぉう、地上における神の代弁者たるこの俺に向かってくるか……ククク、そうか」
 ヨセフは外套の下から白刃を引き抜く。
「待てってば、暴走しすぎだぞヨセフぅぅ〜」
「聖職者に害なすもの。すなわち、貴様は邪教の徒であるということか……ならば容赦はいらんなっ!」
 そう言うなり一気に間合いを詰めるヨセフ。
 幾筋かの白光がきらめくと、そこには自慢の棍棒と衣服、そして頭髪をズタズタに切り裂かれた御者の姿があった。
「あ〜あ、またやっちまった……」

 かくして、ボルタックの商用馬車を強奪もとい……貸与されたヨセフとシオンは一路トレボー城塞へと向かうのであった。
 はたして不運な御者はというと、王都近郊の畑に首から下を埋められた状態で翌日になって発見される。

 後日談として、実はこの御者はボルタック商店の商用馬車を隠れ蓑に、どうやら裏商売を企んでいたようだ。
 街に着いたヨセフたちの馬車から、御者が密輸した禁制の品々が発見された事によりこの事実は明らかにされたのだ。
 そして、ヨセフたちは上帝トレボーより密輸犯拘束に対する褒美を受け取ることになる。
 世の中、何かが間違ってない!?

 

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