〜Proving Grounds of the Mad Overlord〜


「ロストしただぁ!? 冗談は寝て言えよ、このクソ坊主!!」
 激しい怒りを顕わに、ヨセフはそのカント僧の胸倉を掴み上げる。
 実際に蘇生儀式に立ち会ったわけでもない、一介の対応係である僧侶は気の毒な事に、目を白黒とさせ青い顔をしていた。
「この欲に目の眩んだナマグサ坊主どもが。なんとか言ってみろよ!!」
 ヨセフのその立ち振る舞いに寺院の僧兵が事態を収拾すべく駆けつけるが、荒れ狂うヨセフを止めるには至らなかった。
「ヨセフ、気持ちは判るけど……もうやめなよ」
 それまで、ただ黙って様子を見守っていたシオンが、たまらず制止を促す。
 その声はただただ悲痛だ。
「カント僧に当ったところで、もうアイツは還ってはこないんだ……」
 項垂れ語る低いその口調に、シキは物憂げな表情でシオンを見つめる。
 本来なら、ヨセフと同様に怒りの念を噴出させていても何ら不思議はないのだ。
 だが、パーティを取りまとめるリーダーとしての責任感からか、唇をきつく噛み締めながら激情をそっと押し殺している。
 触れたその手は、小刻みに、激しく打ち震えていた。
「シオン……」
 シキがそう呟くのと同時に、ドスンという鈍い音が院内に響き渡る。
 僧侶を解放したヨセフが大理石の壁に拳を打ちつけたのだ。
 その拳からは溢れ出した赤い雫が壁を伝い流れ落ちていく。
「判ってる、こんなことをしても意味がないのは判ってる。だがよ、そう簡単に割り切れるもんじゃねぇだろ……」
 淡々と囁くようなその言葉の語尾は、ひどく弱々しい。
 俯いたヨセフの頬を熱い涕が濡らしていく。
 一転、場は静寂に支配された。
 3人の間に言葉はなく、ただその辛い現実を必死に受け止めようと、懸命に耐え忍ぶしかなかった。

 そう、ユダヤはもういないのだ──


第47話 『悲愴』


 黄昏に染まる空の下、寺院を出た3人を待っていたのは、黒帽子の剣士と黒縁の眼鏡をかけた若い女性であった。
 3人の雰囲気から事情を察したのか、デュオは帽子を脱ぐと手短に言葉を紡ぎだす。
「……治癒魔法は成功した。だが、イルミナは未だに目覚めない」
 感情なく語る彼の言葉に、シオンは「そうか」とだけ、力なく答えた。
「畜生…どうなってるんだよ、一体」
 やりきれない気持ちで満ちていた。
 わずか数日前、この城塞都市へとやってきた頃には、こんな事になろうとは誰が思ったであろうか。

 新たな仲間との出会い。
 迷宮にて旧知の友との再会。
 心の行き違いによる、パーティ離散。
 過去の亡霊との対面、訣別。
 行きずりの出会い。
 大魔道師の討伐。
 魔除けを手に入れ、上帝軍との戦いにより紛失する。
 再会した仲間の無残なる姿。
 少女の覚醒と崩壊。
 そして、望まぬ形での帰還。
 仲間との永久の別れ。
 挙句に、未だ戻らぬ少女の自我。
 それは、皆にとってあまりにも痛すぎる代償であった。
 幸い、魔除けが失われた事実と、親衛隊が一人残らず全滅した事から、地上帰還後に一行が上帝の兵達に咎められる事はなかった。

「みなさん、ごめんなさい。寺院の不手際…そして、イルミナさんを完治できなかった責任はあたしにあります」
 デュオの傍らに立っていた眼鏡の少女が、唐突に頭を下げて詫びの言葉を紡ぐ。
「お前の所為じゃねぇよ、アレクト」
 静かにそう否定するヨセフ。
「……ごめんね、ヨセフ君」
 泣き崩れるアレクトの側に歩み寄ると、ヨセフは彼女の頭をそっと抱えるように抱きしめる。
「お前の所為じゃねぇよ」


 ヨセフ達が立ち去ったカント寺院の一角、高司祭の執務室では数人の司教達が互いに訝しげな表情を浮かべ、トーンを落とした小声で何事かを話し合っていた。
 ここは、数日前までは高司祭の一人、エルフの聖職者ホークウィンドが使っていた部屋であった。
 高い地位に就く同氏が突然の失踪を遂げ、寺院内部では騒然とした雰囲気に包まれていた矢先、今回の騒動である。
 蘇生失敗に伴なうロスト(肉体の完全なる消滅=魂の埋葬)を引き起こす確率は近年低いものの、必ずしも成功するものではない。
 そうして埋葬された者の仲間や遺族が怒り狂い、寺院に押し寄せてくる事も寺院側にしてみれば、さして特別な事ではないといえた。
 だが、今回の件に関しては、そう簡単に片付けられるものではなかった。
「これは由々しき事態だぞ、リーク司教」
 荘厳な法衣に身を包む白髪白髭の壮齢の高司教が、若年の司教を叱責する。
 それはまるで、自分には一切の責がないとでも言わんばかりの口ぶりだ。
「そうは言われましても、このような事件は前代未聞。我等とて予想だにしなかった事……」
 リークと呼ばれた司教もまた、他人へと責任を転嫁させるかの如き台詞を捲し立てる。
「蘇生儀式を控えた信徒の灰が、事前に紛失するとは如何なるものか?」
 くすんだ朱紅色の眼鏡をかけた壮年の司教が、前日に起きた不可解極まりない真相を口にする。

 灰が紛失した?

「まったく、何処ぞの門外漢が仕業か……。して、ロストとして処理したのであろうな?」
 高司教の問いかけに、眼鏡の司教が頷く。
「それに関しましては、正当な手続きに基づいて処理しております」
「ならばよい。つまらぬ噂が立てば我が寺院に対する不信となって顕れる。その辺りの事を踏まえくれぐれも軽率な発言を避けるよう、各人肝に命じよ」
 苦渋の表情で、皆一様にただ無言で頷く。
「愚かな冒険者や無知蒙昧たる愚民どもに、一片の不信をも抱かせてはならん」
「すべては、カドルトの神の威信を護るが為に……」

 

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