hole  −vol.0−

東京。
とある病院の屋上。
何もなく殺風景に広がるコンクリート。
あるのは空調か何かのボックスと、この空間を囲む緑のフェンス。
それに、灰色の空。
日常へとつながる階段には、ひと昔前の鍵がかけられている。

こんな所、誰も来るはずがない。
誰もいない世界。
彼女にとって、そこは、唯一孤独を忘れられる場所であった。

長い髪に、色素の抜けた瞳と肌。
ただ着るという役割だけを果たす、淡いブルーの病衣。
まだ幼い少女は、フェンスの向こう側。
コンクリートの端で膝を抱えていた。

点々と付けられた赤い点は、少女の腕へと続く。
おそらく、点滴をしていたのだろう。
自分で引き抜いて、この場所へ来たのかもしれない。

「今日こそ。。。」

小さく呟いて、少女は立ち上がる。

それほど高い建物ではない。まわりにも、ここより高いビルはある。
けど、下を向けば、ジオラマのような景色。
少女が目的を果たすには、十分な高さだろう。

冷たい風を吸い込んで、いっぱいに腕を拡げる。
そのかかとが浮いた時、
予想外の方向から、声がかけられた。

「ねぇ。。。」

驚いて振り返るが、フェンスの向こう側に人影は見えない。
天使の声だろうか?
彼女は、一瞬、本気でそう思った。

しかし。。。
「ねぇ。。。」
やはり、声が聞こえる。

今度は、逆側を振り向くと。。。
突然、視界に人が現れた。
思わず、よろけて落ちそうになる。
「わっ!」
あわててフェンスに手を伸ばす。
よく考えれば、そんな必要ないのだが。。。
不意をつかれて逝くというのも、どうだろう?
だいたい、こんな終わりかた、かっこわるすぎる。

あやうく落ちそうになるところを、突然現れた青年に支えられた。
覚悟は出来ていたはずなのに、線の向こう側を垣間見て、
胸がバクバクいっている。
彼はあわてる様子もなく、一歩離れる。
ジーパンにTシャツ。サラサラした髪の青年。
再びポケットに手を突っ込み、空を見上げている。
その存在自体に驚かされたが、次の彼の第一声も、少女の理解を超えるものだった。

「君ぃ。。。 空、飛べるだろ?」

真剣な顔して彼は言った。

「な。。。!」
少女は返す言葉をなくしてしまった。

こいつ何者?!
どうやってここまで来たんだ?
だいたい、なんでフェンスのこっち側にいるのよ!(人のことは言えないが。。。)

少女の頭にたくさんのクェッションマークが浮かんだ。

しかし、青年は真剣にそう思っていたのだ。
彼女は飛べるのかもしれない。
彼女をみてそう感じた。
だから。。。彼にとっては、自然な質問だった。
一般常識からすれば、この設定も、彼の思考も、彼のセリフも。。。かなりズレたものであったが。

これから続く物語を思えば、
結果的に、彼の一言が彼女を救ったことになる。
「危ない!」でも、「やめるんだ!」でもない。
説教でも、否定でも、注意でもない。。。
彼女の理解を超えた、小さな疑問が。。。

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