hole −vol.2−

「ねぇねぇ、健は彼女とかいるの?」
いきなり呼び捨てにされてる(;;)

結局一晩を共にすることになった僕とこの子・由美は、遅い朝を迎え。。。
どこかへ出掛けるでもなく、ともの部屋でコーヒーを飲んでいた。
あの騒動の後、由美がお腹が空いたと言いだし。。。
ともの冷蔵庫には大した物はなく、(残り物はその前に僕が食べてしまったので)
彼女をファミレスに連れて行き、帰ってきたのがてっぺん過ぎ。
その後も彼女のスイッチが切れることはなく、寝たのは3時頃だった。
彼女は寝室のとものベッド。僕はリビングのソファーベッド。
もちろん、なにもおきない訳で。。。

「ねぇ、どうなのよ?」
「。。。今は(強調)、いないけど」
「でしょうね」
(即答するなよ!)
「好きな人はいないの?」
「そりゃ、いるさ」
「だったら告白すればいいのに」
「だめだよ」
「どうしてよ?そんなの告ってみなきゃわかんないじゃない!」
「世の中、そんな簡単な恋愛ばっかじゃないんだよ」
「ふぅぅん。。。」
僕の言ってることは理解できないらしく、彼女は黙ってしまった。
いったい、なんでこんなガキにこんな話ししてるんだろう?

「私は、スキな人にはスキって言う。恋愛って、生きるって事の大切な部分を占めてると思うの。
 だから、後悔する恋愛はしたくない。だって、それって、自分が生きてるって事に嘘ついてることじゃない?」

・・・彼女の思考は、ちょっと強引だと思ったけど。彼女の意外な強さをみて、驚いてしまった。

「でも、自分の思いを伝えることで、誰かが傷つく場合もあるんだよ」
「。。。どうして、そんなこと気にするの?誰も傷つけない恋なんてあると思ってるの?」
彼女はさらりと言っているが、断言するには内容が重い。
いったいこの子は、この年で、どれだけの経験をしてきたというのだろう?
「僕は。。。 誰かが傷つかなきゃならないなら、それは、僕ひとりでいい。だから僕は、これ以上恋はしない」
「どうしてよ!どうして恋愛を否定するの?健は。。。あなたはかっこいいこと言って、逃げてるだけじゃない!」
僕には、どうして彼女がそこまでムキになるのか、わからなかった。その時はまだ。。。

「確かに、逃げてるのかもしれない。でも、だめなんだ」
「何があったの?」
軽いトーンでの質問だったが、
彼女はカップを持ち直し、ゆっくりと静かな間をおいてもう一度訊いた。
「。。。聞かせてくれない?」
その空気に幼さはなく。。。。
僕は、彼女が年下ということも忘れ、同年代の。。。いや、年上の女性と話しているような錯覚に陥った。
彼女のまっすぐな瞳に、僕は話してもいいかもしれないと思った。
ずっと閉じこめていた思いを。。。

「昔、仲の良かった友達がいたんだ。僕の同級生の男と、部活の後輩の女の子。
 3人でよく遊んでた。
 そのうちに僕は、その子のことが好きになってしまったんだ」
由美は小さくうなずきながら、真剣に聞いていた。
「でも、その女の子は、僕の友達の方を好きになった」
「3角関係だ」
「ああ」
「でも、そんなのよくある話しじゃない」
「そうかもしれない。でも、あの頃僕らにとって、その3人が世界の全てだったんだ」

「僕は女の子の気持ちを知っていたし、僕の友達も僕の気持ちを知っていた」
「で、どうなったの?」
「その友達は、女の子を振ったのさ」
「・・・ともだ。その友達って」
するどく由美が言った。確かにそれは、僕とともとの話しだった
「・・・ああ」
「ともらしいね。ともはその子のこと好きじゃなかったのかなぁ〜?」
「さぁ、わからないな。あれ以来、ともとはその話ししないしな。。。」
「女の子はどうしたの?」
「ともに振られた直後、遠くへ行っちゃった。。。それから会ってないよ」
「逃げちゃったの?」
「違う。彼女の妹が病気とかで、大きな病院に行くために、引っ越していったんだ」
「へぇ〜。。。ねぇ、その子、なんて名前なの?」
「なんで、名前なんか」
「いいから、教えて。ね?」

僕は、想い出の核心に触れるのをためらった。
でも、もう昔の話しだ。
終わっていることだ。
なんだか、一気にあの頃のことが思い出されて。。。

「マコ」

僕は、何年かぶりに、その名前を口にした。

「。。。マコ」
彼女はその名前を繰り返し、静かに飲み込んだ。
誠実に、僕の想い出を理解してくれているようで。。。なんとなく嬉しかった。

でも、僕がひとくちコーヒーを飲む間に、彼女の目の色は変化し、いつものイタズラな笑顔になっていた。
「ねぇ、マコさんて綺麗だった?」
「いいだろ。もう」
「教えてよ。マコさんのこと知りたい。どんな顔してたか。どんな声だったか。どんなこと話したのか。。。」
僕は、もうそれ以上、話せなくなっていた。
彼女の笑顔を思い出すだけで、のどいっぱい、苦しいものがこみ上げてくる。
「マコさんて、胸大きかった?」
「もうやめてくれ!」
自分でも驚くくらい、大きな声を出してしまった。
それきり。。。由美も黙ってしまった。

「ごめん」
「ぅぅん。私こそ、やなこと思い出させちゃったね」
素直に謝り、しゅんとしょげている感じがかわいらしくて、彼女らしくなかった。
「もう、恋はしないの?」
「ああ。たぶんね」
「新しい恋をさがせばいいのに」
「いまだに、あの時の思いを消せないでいるのさ。もう何年も経つのに。。。」
「ほんとに好きだったんだ」
「。。。 好きになるって、そういう事じゃないのかなぁ〜?
 誰かを好きになろうと思って、好きになれるもんじゃないし、
 忘れようと思っても、忘れられない。。。」
「哀しいね」
「だけど人は好きになる。その思いって、きっと間違いじゃないんだよ。たとえ苦しくても」

「私も、そんな思いに出会いたいなぁ〜。。。」
「たいじょうぶ。きっと出会えるよ、いくつもの恋に。君は若いんだし」
「健、オヤジくさい。でも、それはどうかな。。。」
由美の顔が少し曇った気がした。。。

なんか、重い空気がこの部屋を包んでたから、
何か話題を変えたいと思って、聞いてみた。
「君はどうして、ここへ来たの?ともとは、どういう関係?」
「由美でいいよ、健」
。。。
「とも会ったのは1年くらい前かな。。。東京で」
「あいつ、ほんとフラフラしてるなぁ〜。由美、家は東京なの?」
「うん。家の近く、病院の屋上にいたら、ひょっこりともが天使みたいに現れて」
「病院の屋上?」
「そ。わたし、自殺しようとしてたの」
聞き慣れない言葉が、表情も変えない彼女の口から流れた。
「そしたら、ともが助けてくれた」
またぼくは、頭の回転が追っつかず、言葉を探していた。
「それから、ともにはちょくちょくメールで相談に乗ってもらってて。。。
 でね。1週間前、お父さんとケンカしたの。そしたらともが、家においでって言ってくれて」
頭の整理はちっとも進まなかった。
どうして自殺しようとしたの?
何をケンカしたの?
どうしてそれでこんな田舎まで来るの?
とももともだけど。。。

重たい空気は、さらにこの部屋を沈めていった。。。
このかわいい女の子は、僕の見ようとしなかったものを見て、色々なことを感じ、考えてる。

ふと彼女が質問する。
それは話題を変えているようでもあり、今までの話しの続きのようにも思える。
「ねぇ、健。どうして私たちって、ここにいるのかなぁ?」
それはあまりに大きすぎる問題で、僕には答えられなかった。
「不思議だよね。みんな当たり前のように、普通にちゃんと生きてる」
彼女はずっと遠くを見つめ、つぶやく。独り言のように。
「健は、どうして生きてるの?」
「そんな、生きることに理由なんて。。。」
「じゃぁ、どうして、死なないの?」
しばらく考えて、僕なりの答えをだした。
「パン屋になりたいんだ」
意外な答えだったんだろう。由美は吹き出した。
「世界一のパンが焼きたい。それが僕の理由かな」
今度はまじめな顔で由美が言う。
「いいね。健は。みんなが平等に未来の確実な目標を持てたらいいのに。。。」
その言葉は、今にも消え入りそうな、危ういものだった。。。

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