hole −vol.3−
「由美はなりたいものないのかい?」
「そうだな。。。」
ゆっくりと冷めたコーヒーを飲み干し、カップをテーブルに置く。
少し考えた後、無邪気な笑顔で言った。
「私、美容師になりたい!」
「へぇ〜。美容師か」
「そ。色んな人を綺麗にしたいの」
「素敵だね」
「でしょ!でしょ!でしょ!」
だんだん、部屋に元気いっぱいの日があふれる。
そして、由美のペースに引き込まれてく。。。
「やぁっぱ、女は顔よね。ルックスよね」
バグったプログラムのように、止めどなくセリフがあふれ出す。
「そう。。。かな?」
「そりゃそうよ。ブスなんて生きてる意味ないわ。
仕事するにも、いい男と結婚するにも、
幸せになるには、いい顔、大きい胸がなきゃ!」
「そんなことないよ。どうして由美はそんなにルックスにこだわるの?
大切なのは外見じゃない。中身だよ」
「あなた世の中わかってないわね」
16の小娘に、きっぱりと言われてしまった。
僕は素敵だなんて言ったことを後悔した。
「ともに中身がないとは言わないけど。。。
健ととも、どっちが幸せだと思う?」
「そっ!。。。。それは・・・」
「一目瞭然でしょ?」
そりゃともは金持ちだし、顔もいいのも認めるよ。
ん?これって、俺のルックスが悪いって言われてるんじゃ。。。(遅。。。)
「でも、幸せなんて、それぞれの価値観の問題だし。
幸せは”なる物”じゃなくて、”感じる物”だよ」
彼女は、ころころと天気を変えた。
「健て、きれい事ばっかりね」
「確かに、世の中わかってないかもしれないけど、
信じていたいよ。
うわっつらで全てが決まってるんじゃなく、努力すれば報われるんだと」
「ばっかみたい」
彼女が冷めれば冷めるほど、僕は熱くなってしまった。
「君はどうなんだよ!努力してみたのかよ?
だいたい自殺なんて、逃げ以外のなにものでもないじゃないか!」
僕は、地雷を踏んでしまった。
彼女の隣に座っていたクッションが飛んで、テーブルの花瓶を倒した。
「何にも知らないくせに!私は逃げてなんかない!ずっと戦ってきたんだよ!
頑張ってきたんだよ!」
とっさに背を向けて、顔は隠せたけど、震える声までは隠せなかった。
凍るような沈黙。
自分の軽はずみな言葉。
小さく振るえる背中。
出来ることなら消してしまいたい。5分前に戻れたなら。。。
確かにそうだ。
僕は何もわかっちゃいない。
憶測だけで、自分の命まで懸けた戦いを蔑んじゃいけない。
「ごめん」
そう言って、子猫のように振るえる背中に、ティッシュのボックスをさしだした。
「ばか。。。」
これでもかというほどティッシュを使った後、ようやく彼女は崩れた笑顔を見せてくれた。
「泣いてなんかないんだから」
「わかってる。ごめん」
彼女の小さな強がりと弱さは、とても新鮮で、素直に受け止めることが出来た。
「。。。健て、やさしいのね」
僕は何も言えなかった。
「ともは何も言わず、何も訊かず、ただそばにいてくれる。話を聞いてくれる。
あなたは、ズカズカと人の心に入ってくるけど、ちゃんと私のこと、わかろうとしてくれる。
ともとは全然違うけど、ともが健と友達してる訳、なんとなくわかるわ」
「君のやさしさも、僕に伝わるよ」
気が付くと、僕は彼女を背中から包み込んでいた。
なぜそうしたのかはわからない。
ただ、彼女の壊れそうできしむハートに触れて、守りたい。そう思った。
「私ね。病気なの」
彼女は、そのまま、振りほどくでもなく。。。
僕の腕の中で、静かに話してくれた。
「たぶん、もう長くない。
みんなは治るって言うけど、検査の数、先生や看護婦の態度、お父さんやお姉ちゃんの顔をみてればわかる。
みんな一生懸命隠してくれてるけど、気付かないフリするのも辛いよ。
私って、何のためにいるのかなぁ?
どうして私は、みんなの重荷にならなきゃ、生きていけないの?
だったらどうして、私は生まれてきたの?」
何も言えず抱きしめる僕の腕を、彼女が強く握り返す。
「今度、手術をしろと言われたわ。
今まで以上の大きな手術。
左脇のリンパ節を取るんだって。。。
胸も取らなきゃならないって言われた。。。
。。。私、綺麗な胸してるんだよ!」
彼女の涙が熱く僕の腕を伝う。。。
「この手術で、私の命は何ヶ月延びるって言うの?
胸をなくして、どうやって生きていくの?
私、女じゃなくなる。。。
どうせ死ぬなら、私はこの体のままでいきたい。。。」
「。。。怖いよ」
「私も、死ぬのは怖いんだよ」
「やだよ!」
「ねぇ。。。やだよぉ!助けてよぉ〜!」
「死にたくないよぉ〜!」
それからは、ただ二人、そのまま黙っていた。。。