アトランティスの祭祀王トート

 トートは、今日も寝ころんで星空を見ていた。
手を伸ばせば届きそうなほどの満天の星空だ。それが全天で一番明るい大犬座の主星シリウス付近から、サーッとひとつの流れ星が 流れてきた。この流れ星はトートの真上を通過し、長い尾を引いて消えていった。トートは行方を見定めると、翌朝流れ星の消えたあたりを探し回った。なぜか、この流れ星が気になったのだ。
探しはじめて数日がたった頃、お目当ての隕石を見つけた。トートはこの隕石の鉄で剣を作った。見事な剣が出来上がった。トートは、このお気に入りに「シリウスの剣」と名付けた。
 ある夜のこと。またいつものように寝ころんで星空を眺めていると、「シリウスの剣」に月の光が射して、剣先からの光がキラリとトートを貫いた。「あっ」一瞬美しい乙女の姿が浮かんだ。
トートはそれから深い物思いに沈むようになった。剣を眺めていると、何か共振しているような気がするのだ。自分の心臓の鼓動と、見も知らぬ美しい乙女の鼓動が共振しているように思えてならなかった。思いは想像から確信に変わっていった。
 トートはアメンティーの『住者』から、古い時代に禁止されていた上位サイクルへ向かって、帰ってこなかった光の娘がいたことを知った。この娘は相当高いところまで向上した魂だったが、好奇心から宇宙サイクルの壁を越えようとして、アルルの主に捕らえられているのだという。
トートは、深く埋もれてしまった古代の秘密を学びに学んだ。そして、トートの魂の半分と感じられる娘を救いにいこうと決心した。


トートは、遠きいにしえにウンダル島の大都市ケオルに生まれた。
アトランティスの偉大なるかたらは、今の世の凡人の如くに生まれ、死んだのではなかった。 彼らは永遠に流れる生命の川の在するアメンティーのホールで、自己の生命を永劫より永劫にと新生させていた。
「偉大なるかたら」と呼ばれているのはアトランティスのアデプト(大聖者)がたで、その数は一三名だった。トートの父のトートメはこの一三名の頭、首長だった。
トートはこのアメンティーのホールへの出入りを許されていた。

 ある日トートは肉体を抜け、時間をさかのぼって過去へと向かった。宇宙の法則を破ったものを救い出すことは、霊的な神々では出来ないことだった。この世に生を受けた人間を通してのみ、他の諸界への道が開かれ得たのである。
これは秘密中の秘密でもある。
 トートは長い間、人々の知られていない智恵と知識とを求め、遙かなる過去の時間が始まった空間にまで旅をした。しかし、分かったことは、より深い智恵は未来にあるということだった。
トートはアメンティーのホールで「すべてのものの根源はどこにあるのですか」とたずねた。
トートはアメンティーの主たちに、トート自身を肉体から解き放つようにと命じられた。トートは肉体より出て、夜にきらめく炎として主たちの前にたった。そしてアメンティーの生命の火を全身に浴びた。
その時、トートは大きな力に捕らえられ、いまだかって見たこともない諸空間を通って大深淵へと投げ出された。
漆黒の闇だった。これ以上ないというほどの闇だった。

 トートは、闇と混沌を通して秩序が造られるのを見た。秩序より発せられる光を見、光の声を聞いた。そして、秩序と光を発出している大深淵の炎を見た。混乱より秩序が発せられ、光が生命を発していた。
その時、トートは主の声を聞いた。「トートよ、聞いて理解せよ。この炎はすべてのものを潜在力として含みしすべてのものの根源なり。光を送り出せる秩序はことばにして、ことばより生命が来たり、すべての存在が来るなり」
「汝の内なる生命はことばなり。汝、汝の内なる生命を見出すべし。しかしてことばを使わんための諸力を持つべし」
トートは、深く主のことばを聞いた。「聖なることば」はネガテブとともに使ってはいけない。宇宙法則は両刃の剣で善にも悪にも応用できるのだが、善のみにしか通用できないものもある。「聖」は、善としか調和しないのだ。
「トートよ、存在せるすべてのものは、法則性の故にのみ存在性をもつなり。トートよ法則を知れ。しからば汝は自由となりて決して夜の暗黒に縛られることなからん」
神秘とは、人に知られない知識の時にのみ神秘であり、あらゆる神秘の中心深くまで理解したとき、知識と智恵とは自分のものになるのだという。
神秘は奇跡でも超自然でもない。ただ、その法則を知らないだけなのだという。
「もとめよ。時間は神秘なることを学べ。それによりて汝はこの空間より解脱をえん」

 ある日、トートはアルルの門の前に立った。
トートは礼を守って、蛇状のドラムを使い、紫と金色の衣を着、銀の冠を頭に置いた姿だった。そして、トートは体のまわりを辰砂の円で囲んだ。
トートは両腕をあげ、境界 を越えた界への道を開く祈願を叫んだ。
「二水辺線の主たちよ、三重の門の看守者たちよ、王座にのぼりて己が宝を納める星の如く、一人は右に一人は左に立ちたまえ。しかり、御身アルルの暗黒王子よ。ほの暗く隠れし諸門を開きたまえ。御身が幽閉せし彼女を解き放ちたまえ。」
時間だけが過ぎていった。
「御身よ聞きたまえ。御身よ聞きたまえ。暗黒の主よ。輝ける者よ。その名を我が知りとなえ得る御身たちが秘密の名によりて、聞きてわが意図に従いたまえ」
トートはアルルの主たちの秘密の名に命じた。主たちの秘密の名によってアルルの諸力は屈した。

それからトートは、 辰砂 の円を炎でともし、超越界の空間諸界にいる彼女に呼びかけた。
「光の娘よ、アルルより帰れ。七回また、七回私は火のなかを通過した。わたしは、食物をとらず、水も飲まなかった。私は汝をアルルより、エケルシェガルの王国より呼び出す。光の婦人よ」
トートは断食をして、何回も何回もこの行法を繰り返した。
やがて、トートの前にほの暗い姿が浮かび上がった。アルルの主たちだった。
そして、アルルの主たちの姿がトートの前から消えたとき、あたりが光で包まれた。
光の娘が現れたのだ。
ジーン・ウールは、今や夜の主たちから解放され、霊ではなく肉体をもって生きることが出来るようになった。
トートとジーン・ウールが見つめ合う時間は、永遠に続くかと思われた。

春のような甘い香りを伴って、風が吹いた。
透き通った美しい歌声が聞こえてきた。

シルフェーよ、伝えておくれ。
夢に出てくるあの方へ。
黄金のような髪の色。コバルトブルーの深い瞳。
優しい眼差しのあの方は、きっときっと運命のお方。魂の半分。
いつか巡り会えると、約束しておくれ。
心の中で思うだけで、小さなさざ波が、大きく大きく広がってゆく。
きっとあの方に届くわね。
空の星たちも、あの方に伝えてね。
あなたを思う魂の半分が、あなたが現れて助け出して下さることを、祈ります。
シリウスよ。ジーン・ウールの願い、どうぞ叶えて下さいまし。

「私の名前はパラルダ風の精、シルフェーは私の祖母、お約束は果たしました」
そして、歌声がトートのまわりをクルクルとまわり続けた。
花びらが高い空からハラハラと舞い降りてきた。


宇宙