農地
 子供たちが小さくて、まだまだ体力に自信があった頃、山の畑を買って楽しんだことがある。500坪位を120万円で買った。
半分が茶畑で半分に蜜柑が植えられていた。そこは山の頂上付近で、畑に登って眼下を見下ろすと、遙か下に川面が光って見えた。空には鳶が悠々と舞っていて、太陽が燦々と一日中照っていた。
若いから出来た農作業の数々。5月の連休に茶刈りばさみと袋を持って、お茶刈りもした。1日じゅう刈っては山の下の車まで運び、また山に登ってかついでおろす。それから刈ったお茶を農家で荒茶にしてもらった。翌日とか数日のうちに出来上がり、今度はお茶屋さんで製茶にしてもらう。 それから、そのお茶を窒素充填パックにして、ラベルを作って貼った。「無農薬茶、水と太陽と風の恵み 」なんて書いたりした。
一番下の息子は2才だった。

山でお茶刈りをした夜は、布団に入って目をつぶると緑の茶の葉が目に浮かぶ。これは不思議だった。ワラビ取りをした夜も、やはり布団に入って目をつぶると、ワラビが目の前にあるように浮かんできた。
山の畑を買って一番最初のお茶が一番おいしかった。2回目からは、お茶の味が落ちてきて、お茶には肥料というものが必要なんだということが分かった。
蜜柑はもうほったらかしで、山仕事はいつでも草刈りだった。でも、気分が滅入ったときに山に来て無心に作業をしていると、帰る頃には元気になっていた。
長い間、楽しんだり苦しんだりした山作業だったが、長男が大学生になって山の仕事を手伝えなくなったとき、手放した。その時は、買値と同じ120万円で買ってくれる人が現れてくれた。年賀状だけのおつき合いになってしまったが、今でも時々山の蜜柑を持ってきてくれる。懐かしい味がした。
2才だった末っ子は7才です。

 今の畑との出会いは、あまり大きな声ではいえない。ある時、買いたい土地があるとお客さんが事務所に見えた。老後の楽しみで 畑仕事の出来る土地を探していて、いい物件があったという。でも、面積が大きいので半分なら買いたいと言った。結局先方も全部じゃないと、売れ残った時に困るということで、話がまとまらなかった。

ある時亭主と二人で物件を見に行った。その時は材木置き場に使われていて草ぼうぼうだった。下の地面は固そうだったけど、これが全部畑だったら、なんて素敵と思った。第一、車で乗り入れが出来ることが、山の畑の苦労を考えたら目にお星様だった。

 ところで、農家でない人が農地を取得することは出来ません。山林、雑種地は買うことが出来ますが、地目が田や畑になっていると買えないのです。残念ですね。ただ、年々高齢化が進み農業の後継者が育たなくなっているのが現実ですから、農地を借りて耕作することは出来るようですよ。まづは、「たたけよ、さらば開かれん」です。

最後になってしまいましたが、畑の面積は270坪くらいあります。週末に畑仕事をするくらいだったら、もっと小さくて充分です。でも将来、市街化調整区域が解除されたら、畑に老後の住まいを建てたいのです。夢ですよ。夢! 


11年前の長男と末っ子です。10才離れています。


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