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住まい




 畑には水道が引けなかった。けっこう水には不自由する。だから、植えっぱなしで水やりのあまり必要でない果樹が中心となった。本当は、畑の中に建物を建てたいのだけど、市街化調整区域といって農地を保護する目的で、建物を建てることの出来ない地域のため、やむなく断念していた。ところが数年前、畑から数分のところの建物を手に入れることとなった。

 親しくつき合っている不動産やさんが、「こんな物件があるよ」「どれどれ」と返事をしたかどうかは分からないけど、ある春の夜、二人でその物件を見に行ったと思ってくださいまし。もちろん、かの不動産やさんとわが亭主でございます。

 車で山の中を数十分、そして建物の暗い電気をパチパチとつける。すると、目に入ってきたのが大八車の輪に白熱灯が2列になってぐるりと囲み、まばゆい眩しさの田舎のシャンデリア。熊の毛皮と鹿の頭のついた暖炉。小さな囲炉裏のついた小部屋。庭の方を見ると、庭園灯がぼうっと明かりをともしていた。
それで、その場で「買った」と言ったんでございますな。まあ、一目惚れみたいなものだったんでしょう。で、帰ってから、こうでああでと気に入った理由をのべておりまして、こちらも話術に乗せられて、わくわくと見に行きましたですよ。
すると、昼間の例の場所は,田舎の団地と言ってもいいところ。もちろん、山は背中に背負っていましたが、左右と眼前にはピッタリと人家が建っているんです。
広い山の風景の中の一軒家で、そばに小さなせせらぎがあって、セリや沢ガニがいればそれに越したことはないけれど、最低、お隣とは5mくらい離れていてもらいたい。
町中に住んでいるんだから、せめてそんな開放感がなけりゃ、田舎暮らしの甲斐がないじゃありませんか。
「なにこれ!・・なにこれ!」ブツブツ・・ブツブツ・・どのくらい不平不満を言い続けたことでしょう。男は駄目です。「いったん買うと言ったんだから、止めるわけにはいかない。」そうで。

 本当は、ここで建物を取得するまでの苦労話をしたほうが、お役に立ったんでしょうが、なぜかこんな話の進行で幕開けと相成ってしまいました。
これからは働くことだけが生き甲斐では駄目ですね。そのうち呆けてしまいます。お金にならない仕事とか、趣味を持つことが大事です。・・言われなくても分かっている!
気のせいかなあ・・どこかで声が。
                    




       
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