会えない間に   <2>


 「陛下のいない間のご公務は、今は主にヴォルフラムが引き受けておりますよ」
 「えええー??グウェンじゃなくて?」
わがままプーが!?(…いや、このごろは大分そうでもないけど、でも…)
 「グウェンダルは政治面が主な勤めですから、王都内はともかく地方の重要な公務に
  度々出かけることはできません」
 「そ、そうだよね」
そう、彼が政治経済見ててくれないと、この国が沈没します。
加えて彼はヴォルテール地方の領主でもある。
国と地元の政治経済を任されていて、いつも忙しそうだ。
原因の一端はおれにもあるので、多くは語らない。
 でもあのヴォルフが…そりゃもと王太子殿下で、いまはおれの婚約者で
立場的には十分ロイヤルな感じだけど…そしてロイヤル似合うけど…。
 「グレタも小さいながら、がんばっていますよ。今もヴォルフラムと一緒に国境近くにある
  スヴェレラ難民施設の視察に出向いております」
 「えええええええ〜〜??」
にっこりと笑って告げる超絶美形、いつもなら鼻血担当はそっちのはずなのに
今だけはおれの方が、鼻血でそうな勢いで驚いてしまった。

 翌日になって、おれの帰還を聞きつけたグレタが昼ごろ帰城し、半日遅れで
ヴォルフも血盟城の門をくぐった。
おかげで夕食には3人顔を揃えることができて、グウェンやギュンターも交えて
ささやかな晩餐の席に着くことができた。

 「ヴォルフラム、それで辺境の様子はどうだった?」
 「はい兄上、以前より緊張はつづいてはいますが、難民施設も整ってきて大分落ち着いています」
難民…とは、以前スヴェレラから連れ帰った女性たちのことだろう。
たしか、コンラッドがよく通っていた国境付近の、人間が住んでいる村の近くに
この国で生きるための一時施設を建設したはずだ。
衣食住の保障と、読み書きの訓練から職業訓練実習も行えるように設計されていた。
ギュンターに言われて、案件にサインした覚えがある。
 「ねえ、それって前に魔笛とってきたとき一緒に戻ってきた人たちのところだよね。
  みんな元気にしてた?」
 「ふん、本来ならばお前が見に行く仕事だろうが。…元気だったぞ。とくにあの女の
  ガキなど、そこらじゅうを走り回っていたぞ」
 「“あの”って…ノリカだろ、ノリカ姉さん! でもそうか、元気そうで良かった!」
心から安心するおれの姿を見て、ヴォルフも少し微笑んでいたように感じた。
そのあと、グレタを先に返したヴォルフが、実はコンラッドが世話をしていた人間の村々に立ち寄り
人々の暮らしぶりを見たり、療養所や孤児院をいくつか訪問して帰ってきたのだと聞いて
おれはさらに驚かされた。
 以前のとにかく人間を嫌っていた彼からは想像がつかない変容振りだ。
しかも今回に限ったことではないという。
おれがいない間、王都や周辺の村や町、さらにはウエラー卿の領地まで足を運び
公務を代行してくれていたのは本当だったようだ。
 「グレタもね、みんなに頑張ってねって励ましてきたよ!」
そう言って隣の席で、満面の笑顔を見せる愛娘に
 「ありがとう。おれの自慢の娘だよ」と、頭をなでてやった。
するとグレタはもっと嬉しそうに笑う。
 そんなおれたち親子を見て、食卓を囲む大人たちもまた目を細めていた。

 食事を終えてしばらく歓談したあと、ヴォルフと部屋に戻った。
グレタも連れてきたかったが、アニシナと何か約束をしていたらしく元気に
実験室に向かって走っていった。
 グレタ、おとうさんはそこだけが心配です。

 そんなおれの不安をよそに、ヴォルフは執事から新しい洋服を受け取っている。
いつもの軍服とは少し違う、王子様っぽい装飾の服だ。
そういえば、今日視察から戻ってきたときもそんな風な感じの格好をしていた。
袖口と襟元のレースを見て、何かをチェックしている様子。
 「やっぱヴォルフはそういうの似合うよな。なに?夜会用に作らせたの?」
 「は?なにを寝ぼけたことを言っている。よく見ろ、眞魔国のレースとは素材も柄も
  ちがっているだろう」
 「…う〜ん、そう。ごめん、おれそーゆうの見分けつきません」
 「まったく、このへなちょこめ。自国の文化くらいいい加減に把握しろ」
 「あー…」
言いながら、その真新しいシャツ(こー言う場合ブラウス…っていうのかな?)に袖を通す。
やっぱり何を着てても、とても可愛い。
 「何をにやけている?これはな、ヒスクライフが送ってくれたレースだ。
  以前おまえが救出した娼館の女たちが、アニシナの作った養成所で訓練して
  一人前になった御礼にと、彼を通じて送ってきた」
 「ええっ?イズラやニナたちが?」
 「ああ、そうだ。眞魔国の職人たちの芸術的作品とは比べる由も無いが、人間たちの
  住む町や村を訪れるときには役に立…うわっ!」
とっさにおれはそのシャツと、それをまとうヴォルフを抱きしめていた。




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