再会(京都へ―part2―)

 学生時代、京都のお寺でお茶を習っていました。
 大阪・吹田市のアパートから、阪急電車を乗り継いで、京都・四条河原町まで約1時間。そこからバスに乗り換えてさらに北へ。荒神口というバス停で降りてちょっと歩いたところにそのお寺がありました。
 

 初めのうちは行くたびに前の週に習ったことを忘れていて、情けないくらいでしたが、だんだん体が覚えてくると、一連の動きに無駄がなくなってきて、お点前に集中できるようになるのです。すると、無駄なことは考えない、独特な空間が生まれてくるわけです。
 お茶を点てることだけに精神を集中する。私はその時間と空間が、たまらなく好きでした。
 だんだんむずかしいお点前を習っていくのもおもしろかったし、その一つ一つに意味があるということを考えると、お茶って知れば知るほどに奥深いものだとわかったのです。(なんでもそうだと思いますが)

 私が静岡へ戻ってきたあと、先生は京都の市街地から少し離れたニュータウンに引っ越されたのです。
 結婚する1ヶ月ほど前に、明美と一緒に先生の新しいお住まいにお邪魔したのですが、今回、13年ぶりに再びあけみとともに先生のお宅へ伺ったのでした。

 京都駅から地下鉄で四条烏丸へ。阪急に乗り換え、桂駅で下車。そこからタクシーで5、6分。桂駅から電話をしたので、先生が道路のところまで出迎えてくださいました。
 タクシーの中で「あ〜っ! あれ(失礼!)、先生じゃない?」「ホント、変わってない〜!」なんて叫びながら、料金を払うのももどかしく…。なんだかもう、胸がいっぱいになってしまって。

私の父と同じ、大正14年生まれの先生です。
 私はこの長岐先生が大好きで、卒業する前の最後のお茶会のこと――みんなと一緒に歌をうたいながら泣いてしまったことなどや、静岡へ戻ってくる前の最後のお稽古のこと――昼過ぎに出かけていって、何度もお稽古を繰り返し、とうとう最後、夕方になって来た友人が終わるまで居座ってしまったことなど、懐かしく思い出すのです。「お世話になりました。」のひとことがなかなか言えずに、涙ぼろぼろでした。最後のお茶会のときには、一緒に泣いていた先生でしたが、最後のお稽古の時にはきりっとしていました。いい思い出です。
 今回もちゃんとお茶を点てる支度をしてくださっていて、一応私も準備はしていたので、あとでお点前をやらせていただくことに。

 先生のだんな様は6月頃入院されていて、あまり本調子ではないでしょうから、長居は控えよう、と話していたのですが、実際にお会いしてみると、思ったよりずっとお元気そうで安心しました。いろいろお話しているうちに、あっという間に時間が流れてしまいました。――私の父が酸素吸入が手放せない身体で、実家へ帰ってもベッドに横になっている時の方が多いので、よけい「お元気そう」と思うのかもしれません。
 もう50台になる、だんな様の教え子の方々が今でも訪ねて来られるということで、いい先生でいらしたんだということがうかがわれます。中には表千家の家元とか、倉敷の大原美術館の館長さんとか…びっくり!

 お茶の世界って「静」というイメージなのに、先生の口から出てくるお話は全然違う、驚くような、感心するようなことばかりです。
 最近あらためて感じることですが、親の生き方、考え方って、やはり子供に大きな影響を与えてますね。先生の息子さんたちのお話を伺っても感じるし、今さらですが、自分のやってることの向こう側に、父や母の生き方がチラッと見えるような気がするのです。

 その晩は、あけみのお宅に泊めてもらいました。だんなさんも学生時代一緒に合唱団にいた友だち。
 昔の友だちの話や今夢中になっていることや、…翌日仕事なのに夜中の3時過ぎでした。楽しかった!

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