別離 《3》


「ねんねんころりよ、おころりよ・・」
理得はまりあをベッドに寝かしつけると、まるで母親が子供に歌って聞かせるように子守歌を歌い始めた。
「お姉ちゃん?」
理得はまりあの声に笑顔だけ向けると、人差し指を立てて『静かに・・』と合図し、歌うことを止めようとはしなかった。
部屋の明かりを消して、枕元のスタンドの下で理得はまりあの頭を撫でながら添い寝している。
まりあは理得の歌声と柔らかな感触に包まれていつしか眠りに落ちていった。

理得は居間に下りてくると、テ−ブルの上にろうそくを置いた。
右手に持っていたライタ−で灯りをつけると、反対に部屋の明かりを消した。
ろうそくの灯りがゆらめく部屋で、理得はソファ−に座ると、右手のライタ−をじっと見つめている。
こうしていると、この部屋でユ−リと過ごした数日間が蘇る。
怪我をしたユ−リを介抱した日々が懐かしい。
あの時はまだ何も知らなかった・・。
ユ−リの名前も、素性も、運命も、自分の気持ちさえ分からなかった。
部屋を出ていくユ−リを止める術も知らず、「死なないで下さい」としか言えなかった自分を振り返って理得は声を出した。

「ユ−リ、あの時、私を抱きしめてくれたあの時、私が必要だったのよね・・・。ここで過ごした日々は無駄じゃなかったよね・・・」
理得はライタ−をテ−ブルの上に置くと、ユ−リがそうしていたようにソファ−に横になった。
天井を見上げると次に視線を部屋中に移してみる。
ユ−リの視線を自分の視線と重ね合わせて理得は目を閉じた。

「ユ−リ・・」
理得の頬を涙が伝う。
「ユ−リ・・」
ユ−リが逝ってしまった事実は飲み込んでいたはずなのに、こうしていると頭の先がジンジンして、どうしようもない寂しさが後から後から湧いてくる。
「ユ−リ・・」

「理得」
懐かしい声。
「理得、僕だよ・・」
理得は声に促されるように目を開けた。

「ユ−リ!ユ−リ!」
理得は自分を覗き込んでいるユ−リの頬に恐々手を伸ばすと、震える指でユ−リの輪郭をなぞった。
床にひざまずき、黒々とした黒曜石の様な瞳で自分を見つめているユ−リがそこにいた。

「理得・・ごめん・・寂しい思いばかりさせて・・」
ユ−リの手が理得の涙を拭う。
「ううん、大丈夫。私には赤ちゃんがいるし、優しくしてくれる人たちも沢山いるから・・」
「でも、泣いていたね」
「ユ−リ・・・」
「理得には何もしてあげられなかった」
「そんなこと無い、ユ−リ私のお腹に触ってみて、もう動いてるのよ。きっとあなたに似た男の子だと思うの。ユ−リあなたはちゃんとこの子を残してくれたわ」
理得の微笑みにユ−リはゆっくりと理得のお腹に手をあてた。

「ね、動いてるでしょ・・。名前も考えてるんだけどなかなか決まらなくて・・」
「『悠』が一番いい」
「えっ、どうして知ってるの?」
「理得のことなら何でも知ってる。いつも側にいるから・・」
「そう、分かったわ『悠』にするわねこの子の名前。大きくなったら教えてあげるのあなたの名前はお父さんが付けてくれたのよって・・」
ユ−リは理得の笑顔につられるように微笑み返した。

「ユ−リの笑顔、私見たかった」
そうポツリと漏らした声に、ユ−リは何も言わず理得の髪を優しく撫でた。

「理得、胸を痛めているね」
髪を撫でながらユ−リは続けた。
「妹さんに伝えてくれないか・・」
「まりあに?」
「坂口拓麻は出会った事を後悔なんかしていない。いつも見守っているよって・・・」
「・・・」
「どう?伝えられる・・」
理得は途切れ途切れの声で「ありがとう」と呟くとユ−リの広い背中に腕を回した。

「ユ−リ、ありがとう」
理得はもう一度、今度はちゃんとそう言った。
「理得、僕もいつも見守っているよ・・」
ユ−リの唇が理得の額に触れる。
理得が顔を上げるとユ−リの唇が静かに理得の唇に重なった。

『ユ−リ、愛してる』
そう思った瞬間、理得は目を覚ました。
慌てて起きあがって回りを見ても、ユ−リの姿はどこにもなかった。
でも微かな温もりが唇には残っているような気がする。
理得はその唇にそっと触れるともう一度目を閉じた。
『愛してる』
ユ−リにそう伝える為に・・。