飛翔 《4》
佐伯は逸る気持ちを抑えながら、タクシーに身を沈めていた。
龍がいる場所は分かっている。
正確には来る場所なのだが…今はそんなことはどちらでもよかった。
外の雪は思っていた通り、大いなる大地を以前とは全く別物にしてしまっていた。
白く染め上げられた、冷たい景色。
それは佐伯の不安を掻き立てるのに十分だった。
タクシーが目的地に着くと、佐伯は急いで料金を払い、外に出た。
しばらく行くと、そこにはもう一台、別のタクシーが止まっていた。
中の様子からみると、客を待っているようだ。
窓ガラスをノックして、運転手に声を掛けてみた。
どうも、刑事という職業は、いけない…、1つでも引っかかるところがあると、解決せずには前に進めないようだ。
「誰か待っているのですか?」
佐伯の流暢な英語に、運転手は「あなたも日本人ですか?」と見当違いな返事をした。
「also you…、って事は…」
嫌な予感がザワザワと湧き上がる。
佐伯は返事を聞き終わると、短い礼を言って、雪の中を駆けだした。
後ろから迫り来る誰かが、自分を追い越して、先に目的地に行き着くような、そんな焦燥感に駆られたのだ。
が、肝心な場所には誰の姿もなかった。
無数の足跡だけがここに誰かが来たという痕跡を残していたに過ぎなかった。
ただ、ロケットが1つ、開かれたまま雪の上に落ちていた。
その周りには、小さな写真が2枚あった。
それらを拾い上げると、佐伯は唇を噛み締めた。
そしてそれを確かめることもなく、掌で握りしめた。
佐伯はそのまま真っ白な大地に目を凝らし、そして、丘を見上げた。
丘の上まで登ると眼下に荒涼とした景色が広がる。
マロエフ家の墓に一瞥をするが、佐伯はその視線をすぐに戻した。
雪が酷くなってきた。
彼を見つけられるだろうか…
「須藤ーーーー!!」
堪らなくなった佐伯は鉛色の空に向かってそう叫んだ。
誰かが呼んでいる…
龍は雪に埋もれながら、そう思った。
でも、もう、いい…
それが彼の答えだった。
もう、疲れた、この茶番はどうだ…
龍は笑っていた。
俺はあの一家と同じ地で、母親と同じ地で死ぬのだ。
いい運命じゃないか…
兄弟だったなんて…
何て事だ。
龍は再び笑った。
母さんはきっと、絶望したんだ…、お腹の大きな女性と寄り添う愛する人を見て…、そして同じように、ここで死んだんだ。
同じようにして…
笑いながら、冷たい涙が目尻からこぼれていた。
それは、先程流した暖かな涙と同じ場所から流れ出たとは思えない冷たい涙だった。
「畜生!!」
龍は何かを爆発させたように、突然大声を上げた。
それはこの大地全てに向けられた怒りだった。