氷華 《2》


12月に入っても私はまだ1人では外に出られない。
玄関で靴を履いて、外に出るところまでは出来る。
でもそこから一歩も動けない。
白い門が近づいてくると、足がすくんで、胸が苦しくなる。
誰かが一緒ならそこを通りすぎることが出来るのに、1人だと怖い。

今日は須藤先生が来てくれて、一緒に病院に行ってくれる日だ。
たまの平日の休みをこうして私のために使ってくれるのが申し訳なくて、電話で断りを入れる事もあるけど、その度に先生は「僕が好きでやってることだからいいんだよ」と言う。

婚約者の楓さんの事も、実は気になっている。
須藤先生との結婚が決まった事を、あのころ連絡取り合っていた私に一言も言わずにいたのはなぜだろう?
普通なら嬉しくて誰にでも話したがる事なのに、まして須藤先生は見知ってる人だ。
血が繋がっていないことを隠していたので気が引けたのだろうか?
須藤先生もお祝いを言ってもあまり嬉しそうじゃなかったし・・。

でも何より一番引っかかっているのは、お姉ちゃんの病室で手首を切った事。
その事が分かって凄く頭にきたけど、お姉ちゃんの体の事や須藤先生がいる手前あんまり話題に出せなくて、結局は解せないまま済んでしまった。
それ以来楓さんとは話していないけど、今頃どうしてるんだろう・・。
一度須藤先生に聞こうかとも思ったけど、結婚式は予定通り行われる様だし、なんだか立ち入ってはいけないような気がしてそれも出来ないでいる。

結局は私は何も知らないし、何も分かってない。
私なんか誰も頼れる存在だなんて思ってないからだね、きっと・・。
だから蚊帳の外なんだ。

いつも綺麗で頭が良くて聡明なお姉ちゃんと私は比べられてきた。
学校の先生も、親戚のおばちゃんも、一目置くのはお姉ちゃんの方。
「君のお姉さんは・・・」「お姉ちゃんがいるから・・」私を見るとその言葉ばかり。
お母さんだって、頼りにしていたのはお姉ちゃんだっただろうし、実際そうだったんだから仕方ないか。

でもね、私も心の中で叫んでた。
「私を見て、私はここだよ。私にだって出来る、私にやらせて」って・・。
あの時もっとこうやって、きちんと口に出して言えばよかった。
そうすれば結果はどうあっても、今頃後悔することは無かったのに・・。

悪い子でいた方が楽だったから、楽な方に流れた・・それは逃げ・・。
みんなが見てくれないとひがんでいたのも、逃げ・・。
そんなこと分かってる。

なんだか今日はおかしいなぁ、いろんな事が頭に浮かんでくる。
いったい私はどうしたいんだろう?
どこに向かえばいいんだろう?

今だってこうしてここで立ち止まったままだし。
笑顔のままの拓麻の写真がある場所から動けないでいる。
拓麻との思い出の中で生きてると安心できる。
そうして一生生きていくことが出来たらいいけど、それはしてはいけない事なんだ。
それは分かる。
だから先生が私を病院に連れて行く。

そう考えると、なんだか回ってる、世の中って本当に回っているんだ。
生きていくためには回って、同じ場所にいてはいけないんだ。
そうだよね、拓麻。
私はあなたがいなくても生きて行かなきゃ・・。

今日、須藤先生が来たら、聞いてみようかな?
お姉ちゃんとの事、楓さんとの事。
それからちょっとだけ苦しくても先生の手を離してみよう。
もう逃げるのは嫌だ。