氷華 《4》


12月になって、私は荷物の整理もあって毎日のように龍のマンションに来ている。
自分の荷物は大体運び入れたので、年内はそれを片付けながら、新婚家庭に相応しい華やかな感じに部屋の中を模様替えしていきたい。
最近は外に買い物に行くよりも、通信販売のカタログやネットのカタログから、自分の気に入った物を選んではサイズや材質を確かめて、まるでパズルのピースをはめ込むように家の中に組み入れる作業を楽しみながらやり始めた。

ここのところ龍の帰りも早いし、夕食の後、家具選びであれこれ私が悩んでいると、後ろからのぞき込んで「これがいいんじゃない」なんて言ってくれる事もある。
龍はここしばらくの間で変わった。
以前のようにカルテを家まで持ち帰るようなこともないし、ピリピリとした感じもなく、なんだか穏やか過ぎて怖いくらいだ。
その変わりように最初は戸惑って、素直に喜べなかったけど、その後も全然変化なく穏やかなままなので、いつしか私はそれを受け入れた。
もう1ヶ月程で結婚式だもの、きっと龍も私といることに慣れたのだろう。
それとも諦めたのかしら?・・それとも割り切った?、何が龍をそうさせたのか、結局は私の計れない所での事だ。

最近、実家にいる父と母に抵抗感がなくなって来て、「お父さん」「お母さん」と自然に口から出るようになったのも嬉しい。
以前は「パパ・ママ」と呼んでいたらしいけど、それはなんだか恥ずかしいので出来ないのだけど・・。
でもやっとこれで龍以外との人の繋がりが出来たようで、安心した。
私の抜け落ちた記憶は、これから少しづつ戻るのだと龍も言ってたし、きっと大丈夫、なにもかも思い出せる。
龍とも親ともこれで上手くやっていける自信がついたし、正直ほっとした。

ただ、昨日の夜のことは、どう考えればいいのか・・気持ちの整理はまだついていない。
女としては喜ぶべき事なのだろうけど、本当にこのまま喜んでいいのだろうか?
私にとっての区切りは結婚式だった。
それが当然の事だと思いこんでいたのに、・・でもそうじゃなかった。

昨日の夜、ワインを飲みながら本を読んでいると、ソファの後ろから龍が私の髪を持ち上げ首筋に唇をつけて、そうしたまま耳元までキスを繰り返して来た。
あまりに突然で、私はそのまま硬直してしまい、持っていた本をもう少しで落とす所だった。

その上、驚きのあまりそのままの姿勢で黙っていると、こんどは龍の手がやはり後ろから私のガウンの中に入って来て、ワインで少しほの赤くなった膨らみをその手ですっぽりと包んだのだ。
「あっ!」
今度は黙っていられなかった。
私は小さな悲鳴を上げた。
龍は髪を持ち上げていた手で私のガウンの襟元を開け、耳元まで這わせた唇を今度は肩に移し、鎖骨の窪みに舌先を差し入れ、なおもガウンを下に降ろそうと力をいれてきた。

「龍・・」
思わず出した、か細いくて震えた声が自分の声だと気がつくと、なんだか私は急に不安になった。
男の人を知らない訳ではないけど、それは記憶を無くす前の話だし、今はその時に誰と抱き合ったかさえ覚えていないだ。
ましては龍とは始めての事になるわけだし、心の準備もある意味出来ていなかった。
龍は以前私が迫ったときに、その気になれないから結婚式まで待ってくれと言ったのだから・・。
あの時のショックは相当嫌な思い出として今も私に残っている。
だから私は結婚式の夜までは何もないものだと思っていた。

「龍、どうしたの?」
私は普段通りの声を装って、いつもの声のトーンでそう言った。
龍の本心が知りたかった。

その声でガウンの中で動いていた手が止まった。
「ごめん」
そう一言だけ言うと龍は席を離れて、部屋を出て行った。
しばらくしてシャワーの音がしたので、たぶんお風呂に入ったのだと思う。

龍の顔がどんな風だったかは龍の前にいた私には分からない。
でも、いままで一緒にいてもこんな事はなかったのに、どうして・・。
これもここ最近の変化に伴う流れなのだろうか?
私を女として見始めてくれたのだろうか?
それならば嬉しいけど・・。

龍を信じていいんだよね。
だってそれ以外に何があるの?

けど「ごめん」って言ったのはなぜだろう?
突然だったから?

私は愛されている。
龍に愛されているから、龍が求めるんだ。
そう思えばいいのに、なんだろう、この気持ち。

妹から抜け出れていないのは私の方なのか・・いや、そんなことはない。
私は龍を愛している。

私はもやもやとした気持ちのまま、龍がお風呂から出てくる前に寝室で横になった。
でも結局その晩はそれっきりで、私たちは何事もなかったように隣同士のまま眠っただけだった。
私は少し後悔した、せっかくの夫婦になるチャンスを自らの手で逃したのだ。
それもあんなに私が望んでいた事だったのに・・。

ただなんだか龍がいつもと違う感じがして・・そのことが不安だった。
龍を信じている自分とその自分を信じられない自分が私の中にいる。
どちらが本当の自分か、それはもうすぐ判る。
そう、もう後1ヶ月で私たちは結婚する。