聖地 《1》


理得はライターを手にとって見つめていることが多くなった。
正直自分がどうすれば龍の事を救えるのか判らない。
それよりも、その事が本当なのかどうか確認する事だって難しい。
どうやって龍に聞けばいいのだろう?
そんなこと、どうやって・・。

理得はため息をつくと、もう一度ライターを見つめ、両手でそれを包んだ。
その手を胸元に引き寄せると、理得は祈るような気持ちで目を閉じた。
もうあまり時間がない。
そう、お腹の中の子供の動きが緩やかに収まってきたのだ。
産まれる為に準備を始めた我が子に、理得もまた残されたハードルを越える準備を始めなければならない。
理得はナースコールを押すと龍を呼んでくれるように看護婦に頼んだ。

「真代さん、どうかしましたか?」
「須藤先生、今日は外来担当じゃないんですよね」
「そうですね、今日は医局にいて、まあ時々患者さんの様子見たり、外来の手伝いに行ったり・・それくらいですね」
「それじゃあ、お願いしたいことがあるんですけど」
「何でしょう?」
「外に連れて行って欲しいんです」
「外?この寒いのに外ですか?」
「はい」
「何処に行くんです?」
「それは着いたら分かります」
「遠くはダメですよ。長時間もダメだし。弱ったなぁ・・、どうしても行きたいんですか?」
「はい」
普段はこんなわがままな事を言わない理得が、意見を通そうとしている事に龍は疑問を感じながら、それでもその意志の強さに気持ちをぐらつかせた。

「石橋先生にも聞いてみないと、なんとも・・」
「祐子には言わないで欲しいんです」
「・・・」
「誰にも秘密で行きたいんです」
「どうしても・・ですか?」
「はい」
窓の外を見て腕組みをしていた龍は、理得に視線を戻すとその顔を見て、諦めるように小さく頷いた。
「じゃあ少しだけですよ。支度が出来た頃に迎えに来ますから、暖かくしていて下さい。僕は一応、急の事でも対応出来るように準備して来ますから」
「無理言ってすいません」
「今回だけですよ、まったく困った患者さんだ」
理得は龍との約束を取り付けるとほっとした。
これで2人になれる。
あそこに行けばきっと何とかなる。

私にとって思い出のあの場所。
ユーリと見つめたろうそくの灯りは今も同じだろうか?
ユーリの事が心配で足を運んだあの場所は今も私を包んでくれるだろうか?
何より須藤先生はあの場所でなら心を開いてくれる・・そんな気もする。

外出するつもりなどなかったので、外に出る服は一枚しか持っていなかった、それもまだ秋口の服だ。
それでもともかくある服を総動員して、なんとか形は繕うことが出来た。
外なんて再入院してから中庭ぐらいしか行ったことがない。
そしてこれがたぶん最後の外出になるだろう。

これから何がどうなるか、私にも分からない。
でも、須藤先生、あなたを死なせる訳にはいかないんです。
そう、あなたには未来がある。
私もその未来に託したい。

理得の病室を出た龍は薄やかな微笑みを唇の端に浮かべて、後ろ手でドアを閉めると、ゆっくりと冷たい廊下を歩き始めた。
「僕もこの時を待っていた・・・」
そう呟く声は誰にも届かなかった。