聖地 《2》


理得はエレベーターから降りると龍の後をゆっくりと駐車場に向かって歩いていた。
やがて大きめの乗用車の前で龍は立ち止まると、理得の方を振り向いて持っていたキーのボタンでロックを解除し、後部座席のドアを開けた。
理得は少し緊張した面持ちでその場所に身を沈める。
その様子をルームミラーの端で見ていた龍は、理得に声をかけた。

「その体勢だとちょっと苦しいでしょう」
龍は運転席と助手席の間から手を伸ばすと、後部座席の端の方に置いてあったクッションを理得の背中の近くに寄せ、理得のお腹が楽になるように体の向きを少し斜めに移動させた。
「これでいいかな」
そう言って微笑んだ龍の暖かい息が理得の髪にかかる。
車という狭い空間だけに妊婦の理得には身動きは皆無に近かった。

「じゃあ行きますよ。で、目的地はどこですか?」
「この場所に行って下さい」
理得はそう言って一枚の紙を龍に差し出した。
龍はそこに示された住所をカーナビにセットし、アクセルを踏み込んだ。

理得が何処に向かうのか龍は頭の中に入れて置きたくなかった。
あれだけ望んだのだ、きっと理得にとっては思い出の地なのだろう。
それはつまりユーリ・マロエフに繋がる。
だから龍は敢えてカーナビの無機質な声の方を選んだ。
そこには思い出も愛もない。

やがて龍の車は目的地にたどり着いた。
駐車場に車を入れると龍は先に外に出て建物を見上げた。
「教会・・・」
そう呟いてから窓の中の理得を見ると、理得も同じように建物を見上げていた。
ドアを開け、理得の手をとって外に出すと、冷たい空気に触れたせいか理得は小さく震えたようだった。
それでも理得は前を見て、先に立って歩き出した。

教会の重いドアを開けると、ピンとした空気が辺りを包んでいた。
その中に一歩、また一歩と足を踏み入れるとここで見て、感じた事が理得の脳裏に蘇ってくる。
そしてあの時のあの気持ちも・・・

「ここは寒い。そんなに長時間はいられませんよ」
龍は感慨深げの理得の様子を見てそう言うと
「僕に何か話があるんでしょう?」
と自信ありげに切り出した。
「またユーリ・マロエフのお告げが夢の中ででもあったんですか。ふっ、彼もおせっかいが好きとみえる。僕が邪魔でしかたないのかな」
龍は半ばやけ気味に部屋中に響く声を張り上げた。

「ユーリじゃありません」
理得は十字架を見据えながら静かに答えた。
「じゃあ、何です?もったいつけないで早く言って下さい。それともここで僕と心中でもするつもりですか?」

「あなたのお母様は綺麗な方でした」
「・・・」
「それにとても優しくて、聡明で、鼻と口元はあなたによく似てらした」
そう言って振り返った理得の顔を龍は凝視した。

「母に会ったのですか?」
頷く理得を見て龍は顔色を変えた。
「いつ、何処で、どうやって・・・」
「それは追って話します。でも今はもっと大事な事を話さなければなりません」
「もっと大事なこと・・・僕には母の事を知る権利がある、今話してくれ!」
そう詰め寄る龍に理得はどもまでも静かな口調を崩さないでいた。

「あなたの命の方が大事」
龍がそう告げた理得の顔を見た瞬間、理得はお腹をかばいながら龍を抱きしめた。
「やっと抱くことが出来た、私の息子」
龍の耳元で懐かしい声がそう呟いていた。