過去 《4》


高速道路は元日という事もあって、車の数も少なく、自然とアクセルを踏む足に力が入った。
新しい年の、最初のこの出来事が何を意味するのかまだ分からないが、それでも僕は動かずには居られなかった。
何も考えられず、ナビゲーターのように目的地に向かっている僕は、本当はミレニアムにセットされた一つの駒に過ぎないのかもしれない。
運命付けられている駒の一つ。
それを定めたのは誰か?
僕はその答えを探していた。

懐かしい風景が目に飛び込んでくるようになると、その場所はもうすぐそこだった。

「こんにちは」
僕は少し伏せ目がちに玄関の戸を開けた。

「やあ、いらっしゃい、久しぶりだね、龍君」
「あけましておめでとうございます、先生」
「あけましておめでとう、でも、もう先生はいいよ、先生は君じゃないか…」
市川先生はそう言って笑った。

市川先生の人なつっこい笑顔と、子供の頃に僕の頭を撫でてくれた大きな手が今でも同じなのを見て、僕もやっと少し笑顔を浮かべる。

「お昼ご飯まだだろう、まあ、久しぶりに少し飲みながら、話でもしよう」
通された部屋は先生の部屋だった。
隣の部屋からは子供達の大きな声が聞こえる。

「後でこれを子供達に渡して下さい。電話で聞いた人数分だけ用意してきましたから…」
「お年玉か、どうもありがとう。子供達が喜ぶよ、誰かからもらえるお年玉ほど嬉しい物はないからな、君もそうだっただろう?」
「はい」
「もう、あれから何年だ?君が須藤さんの養子になった頃が、つい昨日のような気がするよ、俺もそれなりに歳をとったんだが、自分じゃ若い、若いと思ってるからなぁ、こうして立派になった君を見ると年月の早さを感じるよ」
「僕は29歳になりました」
「そうか、今年で三十路か…、仕事はどうだ?今日は休みでも、忙しいだろう?」
「そうですね、まずまずってところです」
「君は此処一番の出世頭だからなぁ、俺たちも鼻が高いよ…」
市川先生は美味しそうに日本酒を口にすると、僕にも飲むように勧めた。

「今日は泊まっていけばいいじゃないか、奥さんには、あ、まだ奥さんじゃ無いんだっけ、電話すればいいんだし…」
「実は出かけるときにまだ彼女は眠っていたので、何も言わずに来てしまったんです。そうですね、じゃあ、お言葉に甘えて泊まらせてもらおうかな?後で電話してみます」
「そうそう、これで心おきなく飲める。良い元日になるよ」
「僕も、良い元日です。子供の頃に戻ったようです」

僕たちはおせち料理と昔話を肴に杯を重ねた。
そして程よく酔いが回った頃、僕はやっと此処に来た目的について切り出した。

「市川先生、朝お電話頂いた時に話していた手紙って…」
「ああ、そうそう、すっかり忘れてた、ごめん、ごめん、君はこの用事で来たんだったな」
そう言って引き出しから出された1通の手紙を、僕は内心ドキドキしながら受け取った。

「おかしいだろう?宛名の住所は此処なのに、「リュウ様」としか書いて無くて、他に心当たりがないから、たぶん君の事だと思うけど、差出人もないし、どうしたもんかなぁと思って、一応電話だけはしたんだよ」
「年賀の印はあるから、今日を選んで出された物とは思うけど…」
僕はその手紙を気にしながらポケットにしまった。
これは1人で読みたかった、そうしなければ行けない気がした、その点、今、此処にいるのは好都合だった。
誰も僕を邪魔する者はいない。

夕方になって僕は楓に電話して、こちらに今夜泊まる事を伝えた。
楓はひどく心配していたらしい、「置き手紙くらいしていって…」とちょっと怒った声がそう言った。
「明日帰ったら、一緒に新年をやり直すから…」そうなだめるように言って、僕は電話を切った。
そう、この時はその気持ちでいたのだ。

お酒で火照った肌に冷たい風が気持ちいい。
僕はコートを羽織って、少し雪がちらついる外に出た。
ポケットから出した手紙の封を丁寧に開けると、知らない誰かからの手紙を僕はゆっくりと読み始めた。

僕はその晩、一睡も出来ず、朝ご飯を頂くとそうそうに東京へ向かった。
東京に着くと、僕は楓を外に呼び出した。
「昨日のお詫びに外でランチでも食べよう、まだ東京に着かないので、お昼頃にお店で落ち合おう…」
楓は疑いもせず嬉しそうに電話を切った。
僕はマンションの入り口が見えて、尚かつ、楓には見られない場所に車を止めて楓が出かけるのを待った。

楓が出かけると、僕は急いでマンションに向かい、部屋に入ると小さなバックに取り敢えず必要な荷物を詰め、パスポートを持った。
ビザがいるのかどうなのか分からないが、もうそんなことはどうでもよかった。
ともかく行こう、いや行かなければ…。
僕は置き手紙の代わりに、コンビニでコピーした手紙と車の鍵を机の上に置いた。
ドアの鍵を閉める時、ふと楓の悲しげな顔が浮かんだが、もう後戻りは出来ない。
僕は僕の過去を見つけ出さなければ、前に進めない。

「成田空港に行って下さい」
タクシーの運転手にそう告げると、僕は大きく息を吐いた。