手紙 《1》


取り敢えず近くに、僕はその気持ちだけで飛行機に乗った。
ビザがとれるまでの間、隣の国からでもその地を見ていたかった。
飛行機の中で、手紙を取り出して何度も読み返す。
今頃、楓も読んでいるだろうこの手紙を…

「リュウへ…
今、私は空港にいます。
そして搭乗までの時間を利用してこれを書いています。

カプセルポストと言って、21世紀の最初の日に届けられるという手紙に、私は過去からあなたに会いに行く。
これはあなたに全てを話す良いチャンスだと私は思っています。
日本に私が帰っても、私はあなたに今後一切あなたの出生に関しては話さないと思うから…。
父親はあなたが生まれてすぐに死んだ、私はそう言い通すつもりです。
この愛はもう元には戻らない。
彼からの最期の手紙の、「さよなら」の日本語の文字がそう私に教えてくれたから。

でも、あの人が日本を離れる日、「きっと君を迎えに来るから…」そう言った彼の心変わりを、私はどうしても会って確かめたい。
結ばれる事がなくても、気持だけは繋がっていたい。
これから先、生きて行くためにも、幸せの種を見つけたい。
危険になってしまったあの国が彼を変えてしまったのかもしれない、そう思うとあの国を恨み、なにもかも国のせいにしたくもなる。
ユーラルという国さえ無かったら…。

私があなたの父親に会ったのは25歳の時だった。
大学の食堂で私が働いているとき、あなたの父親は日本に留学して来た大学生だった。
私は日本に慣れない彼を可哀想に思い、おかずを増やしてあげたり、カタコトの英語で話しかけたりしてあげていた。
きっと最初に見たときから、どこか心惹かれるものがあったんだと思う、私自身もいつも1人で孤独だったから、自分と重ねていたのかもしれない。
そして、私達は大学以外でも会うようになり、私は日本語を彼に教え、彼は私に英語を教える毎日が続いた。

そうして段々と意志の疎通が図れるようになると、私達はお互いに親切の感情の中に愛情を含んでいることに気が付いた。
彼は私よりも年下で、そして異国の地で押さえていたあらゆる感情を外された身だったから、走り出した情熱を止める術がなかったのか、それは積極的だった。
でも私は身寄りもなく、学歴もなく、お金もなく、何もない身だったから、この恋をどうしていいか分からなかった。
私自身、初めての恋だったから、余計慎重になっていた。
彼はいつか自分の国に帰るんだ…このこともずっと心にあったし。

深入りしてはダメ、夢中になってはダメ…そう分かっていたけど、初めて私の部屋で一夜を過ごした日、人の肌の温もりが私を変えてしまった。
一緒に眠ると暖かい…私は1人じゃない…それが嬉しかった。
それから私達は時間を惜しむように愛し合った、別れが待っているのを忘れる程。

彼の帰国が決まった時、私は泣いてばかりいて彼を困らせた。
でも迎えに来ると言ってくれた言葉を信じて、待つ日々の中、私は自分の体の異変に気づいた。
妊娠の事実が分かった時は嬉しかった、私の中で育つあなたは、大事な家族であり、この愛の真実を見た思いだったから。

だから私はすぐにあなたの父親にその事を連絡した、けれど彼の国の情勢は悪くなる一方で、電話も手紙も彼の元には届かなかった。
そうして連絡がとれないまま、私はあなたを出産して、リュウという名前を付けた。
龍のように空に登って、父親の元に私を連れて行ってくれるような、そんな強い男になって欲しかった。

あなたが産まれると忙しくても楽しい毎日だった。
家族が出来た喜びが私を支えていた。
でも、彼が隣国に出た隙に出した手紙の文字に私は目の前が真っ暗になってしまった。
あなたが産まれた事も知らずに、あの国にとらわれている彼。
手紙の裏にある本心を聞きたい。
その思いがこうしてあなたを置き去りにする事になってしまったけど、今行かなければきっと後悔する。

これを読む頃、あなたはもう今の私の歳よりも上で、きっと身も心も大人になってますね。
恋愛の1つもしているでしょう。
そうしたら、今の私の気持ちも分かってもらえるでしょうか…。

ごめんなさい、リュウ。
きっと戻ります、だから私があなたと同じ頃から預けられていたその場所で待っていて。

あなたの父親に会ってきます。


加納倫子

追伸、あなたを愛してやみません…」

僕がこの手紙を最初に読んだ時、僕は見たことのある文字に頭を殴られる程の衝撃を感じた。
ユーラル…この国の名前を忘れるわけがない。
ユーリ・マロエフの母国であり、彼が今も眠る地、そして理得が焦がれた地。
それが母である人の手紙に出てくるとは、思ってもみなかった。
父はユーラルの人、これは運命なのか…。

母が僕の元に無事に戻って来ていたなら、これは父への、そして僕への恋文だった。
きっと僕は母が僕を置いていった事も知らずに、死んだ父の分まで母を守っていただろう。

母がもし僕の側にいたら、僕が手紙を読むのを、ちょっと遠くを見るようにして、待っていて、
「お母さん、僕を置いていくなんてひどいじゃないか…」って僕が言うのを微笑んで、涙ぐんで見ていただろうか…。

お母さん、加納倫子って言うんですね。
そこに、ユーラルにいるんですね。

今、行きます、会いに行きます。
だから、僕を待っていて下さい。