覚醒 《1》


楓の指が、龍の胸の筋肉を確かめるように少しずつ動いていく。
龍の中に男としての本能が少しづつ増殖していくと、龍の下がっていた両手はいつしか楓を抱いていた。
楓をベットに押し倒すと、龍は楓の唇を塞いだ。
唇を塞ぎながら、龍はシャツを脱ぎ、楓のスカ−トをたくし上げた。
龍は何も考えてなかった。
ただ本能の赴くまま、欲望の赴くままに体を動かしていた。

目の前にいるのは、妹ではなくだだの女。
そう、今まで俺の回りにいた女と同じ・・・。

「龍・・・」
その声で龍は動きを止めた。
それは今まで何度となく聞いた楓の声だった。
小さいときから、自分を呼んだ楓の声。
今も妹の楓。

龍はベットに座って、悲しげな顔をした。
「どうしたの・・・・」
「俺にはお前を抱けない」
「お前は妹だ、傷つけたくない・・・」
「私を愛してくれなくてもいいわ、体だけでいい・・・、龍の側にいたいの・・・」
「楓、俺はいつもお前の側にいる・・・お前は俺の妹だ・・・、それ以外の何物でもない」
苦悩する龍を見て、楓は服を身につけ始めた。

「今日は帰るわ、でも私の気持ちは変わらない・・・、彼女はどうせ死ぬんでしょ・・・」
楓の言葉で龍は立ち上がると、楓を睨み付けた。
「俺が死なせない、絶対に助けてみせる、そして俺が彼女と彼女の子供を守ってみせる」
楓は龍の言葉に意味深げに微笑むと部屋から出ていった。

龍は上半身裸のまま、クロ−ゼットの鏡に自分の姿を写した。
片手を鏡にくっつけると、まるで二人の人物が繋がって見える。
不意に、鏡の中の人物がユ−リ・マロエフに見えた。
真っ直ぐに龍を見ている。
静かに憂いをたたえた黒い瞳、端正な顔立ち、均整のとれた体。
落ち着いたその表情から、自信さえも感じられる。

龍は唇を噛んで、目をそらさないように対峙した。
負けるわけにはいかない。
ユ−リ・マロエフお前に真代さんを連れて行かせない。
「俺も彼女を愛している」
龍は鏡の中に向かってそう言った。

龍は翌朝、病院に出勤した。
医局に顔を出すと、無断欠勤を詫びた。
その足で、産科の医局に顔を出して、佑子の姿を探した。
「石橋先生」
その声で振り向いた佑子は、龍の顔を見てため息をついた。
「須藤先生、ちょっと来てもらえますか?」
「はい」

佑子は使われていない病室に龍を呼ぶと、強い口調で話し始めた。
「理得に何をしたの、どこ行ってたの、さあ、説明してちょうだい」
「すいません、僕は・・・医者として自覚が足りなかった」
「それじゃあ、答えになってないわ」
「僕にはそれしか言えません。でも、僕はやっと人として、医者としての自分を、認識したような気がします」
「少しはやる気が出たって事?」
「まあ、いいわ、もう理得に変な事しないって誓える」
「はい」
「でも、理得の担当からは外すわよ、いいわね」
「そうですか・・・、分かりました。でもたまに病室に行って様子を見てもいいですか?」
「理得が『うん』っていったらね」
龍はその言葉を神妙な顔つきで聞いていた。

「真代さんにあやまりたいんですが・・・」
龍は思い切ってそう言ってみた。
「ちょっと、ここで待ってて、今聞いてくるから・・」
佑子は足早に理得の病室に向かった。

「いいそうよ」
しばらくして戻ってきた佑子は龍の背中にそう告げた。