覚醒 《3》


二人が駆けつけた病室で、理得は眠っているかのように見えた。
しかし、佑子が理得に呼びかけても、返事はなかった。
龍はすぐに理得の脈をとり、気道を確保した。
「心電図とるから準備して!、強心剤も用意して!」
看護婦は慌てて、部屋の外に出ていった。

「心拍が弱いです」
龍は心なしか青い顔をして、佑子にそう言った。
「理得・・・」
佑子は思わず理得の手を握りしめた。

「ともかく目を離すわけにはいかない状態です。今夜は僕が側についてますから・・・」
理得の回りには機械やモニタ−が置かれ、それを睨みながら龍は長い夜を理得の側で過ごしていた。
龍はそっと理得の手を握ると、その指先を静かに撫でた。
「真代さん、目を開けて・・」
龍の声も理得には届かない。

どのくらいたっただろう、龍の意識が一瞬フッと遠のいた瞬間、理得の枕元に人影が写った。
「誰だ・・」
理得の顔を照らし出すライトの影になるように、男が立っていた。
「お前は・・・」
「お前は、いつもこうやって、真代さんに会いに来ていたのか・・」
男は何も言わずに龍を見ていた。

理得を挟んで二人の男は見つめ合った。
「ユ−リ・マロエフ・・」

ユ−リは龍を見た後、理得を悲しげな顔で見つめている。
ユ−リの口元は動かないのに、龍の心の中に直接ユ−リは話しかけて来た。
「理得が苦しむのは俺のせいだ・・・、俺の・・・、あの時もそうだった、ライフルを構える俺に理得は天使のような微笑みを浮かべた。『ユ−リ、私を撃って・・・、大丈夫、私は怖くない』まるでそう言っているようだった。理得が助かった今、全てを理得の思うようにさせてあげたいと思っていたが、もう理得を苦しめたくない・・・、このまま連れて行きたい・・」
ユ−リは掌で理得の頬にそっと触れた。

龍は自分を落ち着かせながら、ユ−リに向かって話し始めた。
「真代さんは、今戦っている、お前の子供のために・・・・、自分の命よりも子供の命を優先させているんだ、それを忘れないで欲しい。それに今、真代さんを連れていっても決して喜んだりしない・・・、真代さんも苦しむを承知でいるんだ。母親として生きてる・・・きっとそれは幸せなんだと思う」
「俺も真代さんを守りたい、お前と同じように・・・、でも愛してるのはお前だけだ、だからせめて俺に、俺に、もう少し真代さんを任せてくれ・・・」

「理得は幸せを感じているのか?」
「・・・そうだ・・・母親として子供のために生きようとしている、お前の分身を産むために・・・、連れて行かないでくれ・・・」
龍は涙混じりの絞り出すような声でそう言った。

龍が目をつぶって、大きく息をついて目を開けるとそこにはユ−リの姿はなかった。
(夢だったのだろうか・・・)
一瞬そう思ったが、龍は次の瞬間慌てて理得に駆け寄った。
『ああっ、大丈夫だ、息はある・・』
龍が理得の手を取ると、理得はうっすらと目を開けた。

「真代さん!」
「須藤先生・・・・、私どうしたの?」
「意識がなくなってたんですよ。心配しました」
「先生、ついていてくれたんですか?」
龍は頷いた。

「さあ、僕がついています、安心してもう少し眠って下さい。朝までまだ時間があります」
モニタ−に目をやり、脈拍と血圧の数値を見てホッとすると龍はそう言った。
「ありがとう・・、先生」
龍は今見たユ−リ・マロエフの事は口にしなかった。
そのかわり、静かに理得の手をベットに戻しながら、龍はポツリと漏らした。

「僕の、僕の母親も幸せだったんでしょうか・・・僕を身ごもって・・・、僕は産まれてきて、よかったんですか?愛されていたんですか?」
理得は答える代わりに、深い微笑みを浮かべた。

「愛されて産まれたんですね・・・僕も・・・」
龍は自分がユ−リに言った言葉を思い出し、自分に言い聞かせるように言った。
龍の目から涙が流れていた。
それは憎しみに固まったそれではなく、今まで流した事のない温かな物だった。
理得は龍の涙を拭うと、背中に手を回してさすっていた。
まるで自分の子供をいたわるように・・・。