覚醒 《4》


「もしもし、まりあさん、私、楓よ、分かる?」
「ええ、はい、分かります、楓さん久しぶりですね」
「その後、どうかなって思って、坂口君とは上手くやってる?」
「はい、お陰様で、仲良くやってます」
「まあ、当てられちゃった・・・、ごちそうさま。そうだ、お姉さんの具合はどうかしら、あれっきりになっちゃって少し気になっていたんだ」
「このところつわりがひどくて、大変だったんです。この間も須藤先生にはお世話になっちゃって・・・」
「兄が役に立ったのかしら?」
「姉の意識がなくなった晩からずっと側についていてくれて、3日間、夜の間つきっきりで看てくれたんです。そのお陰で今はすっかりとは言えませんが元気になりました」
「・・・そう、よかった」
「楓さんが須藤先生の妹さんでよかった。私、なんかこうして巡り会った運命みたいな物を感じるんです。人ってこうしてみんなに支えられながら生きているんですね」
「運命、そうね、こうして巡り会ったんだもの・・・大事にしなきゃね。まりあさん、じゃあ、またね、また電話するから・・・」
楓は携帯を切って、ポケットに入れた。

「運命か・・・」
楓はまりあが言ったこの言葉を冷ややかな想いで受け止めていた。
「運命は自分の力で変えるものよ・・・」
楓はそう呟いていた。

龍にはあれから会っていなかった。
会っても龍が自分を受け入れてくれない事は分かっていた。
自分は何もせずにこうして待っていて、真代理得が亡くなり、悲しみに暮れる龍の心に入り込むチャンスを待てばよかった。
あの龍に、見守って与えるだけの愛に耐えられる訳がないと高をくくっていたから待っていられたが、今の電話から事情はどうやら違った方向に向いているようだ。
今の龍なら理得を助けて、与え続ける愛、それだけで満足してしまうかも知れない。
そうなると龍は2度と自分の方を向いてはくれない。
楓は身支度を整えると、部屋を出て行った。

「どうぞ」
「パパ、話があるんだけど、ちょっといいかしら?」
「なんだ、お前がここに尋ねて来るなんて、珍しいじゃないか。家で話せないことか?」
「そう、この病院に関係する事だからここで話がしたいの」
「病院に関係すること?」
楓は楓の父親の経営する病院の院長室に立っていた。

「まあ、立ち話もなんだから、そこに座りなさい。今コ−ヒ−でも入れさせるから・・」
須藤仁は娘の訪問に心なしか嬉しそうにそう言った。
楓は言われるままソファ−に座ると、事務員の持ってきたコ−ヒ−に口を付けた。
「で、なんだ話って」
「パパはこの病院の跡継ぎはどうするつもりなの?」
「どうするって、それは龍に継がせるつもりだよ。その為に龍を医者にしたんだから」
「私も跡継ぎになりたいわ・・・」
「・・・・」
「だめ?」
「楓、お前が婿さんもらって継ぐのか?」
「そうよ、すごく腕のいいお医者さんなの彼、彼ならパパも気に入ると思うの・・・」
「結婚したい相手がいるのか?お前はまだ学生じゃないか・・・」
「でも好きなの、今すぐにでも結婚したいの」
楓の真剣な表情を見て、仁も顔を引き締めた。

「そのお前が結婚したい男は何科の医者なんだ?」
「外科よ、心臓が専門なの」
「歳はいくつだ」
「28よ」
「今はどこに勤めているんだ」
「上聖総合病院」
そこまで聞くと仁は不思議そうな顔をした。

「それじゃあ、まるで・・・・」
「お前の好きな男って、・・・龍なのか?」
楓は小さく頷いた。
「そうよ、龍なの・・パパいいでしょ、私たち兄弟だけど血は繋がっていないんだし、なんの問題もないはずよ」
「それは、そうだが・・」
「パパだって、龍が見ず知らずの女の人をお嫁にもらうよりは、娘の私がお嫁さんになった方がいいと思わない。ママだってその方がいいと思うわ」
「しかし、世間の目って物があるしな」
「世間の目?」
「そうだ」
「世間が何て言っても、そんなもの構わない。龍の側にいられるなら怖い物なんてないわ」
仁は熱くなっている娘を目の当たりにして、どうした物かと思っていた。

「龍は何て言ってるんだ」
「・・・」
「楓、結婚は1人ではできないんだぞ、お前の気持ちばかり聞いたって、それじゃあしょうがないじゃないか」
「パパは私が側にいることが嬉しくないの?」
「それは嬉しいさ、お前が遠くに行かないで、ずっと家にいるんだから」
「じゃあ、許して、龍と結婚させて・・・」
楓は涙ぐんでいた。
「まあ、そうあせるな・・・、わかった私が龍と話をしてみるから・・・、ちょっと待て、いいな」
楓は院長室を後にして、してやったりと微笑んだ。

仁は院長室で龍に電話していた。
「もしもし、龍か、私だ、元気か。今度の週末久しぶりに家で食事でもしないか、たまには酒の相手でもしてくれ・・・そうか、じゃあ楽しみに待ってるからな」
龍は義父からの突然の誘いに驚いていたが、それでも久しぶりに家に帰るのも悪くないと思っていた。

龍が週末家に帰ると、義母の康子と仁がごちそうを前に待っていた。
「ただいま」
本当の親ではないにしろ、小さいときから一緒に過ごしたこの二人は龍にとってはやはり大切な人だった。
龍は仁と酒を酌み交わしながら、医者同志の話しに花を咲かせていた。
「お前も医者らしくなったな」
「そう言えば、最近この仕事に誇りを感じるようになったよ。医者になってよかった。お義父さん、僕を医者にしてくれてありがとう」
「なんだ、お礼なんか言われると調子狂うな・・・、所でお前恋人はいるのか?」
「突然どうしたの?恋人なんかいないよ」
「そうか、実は楓の事なんだが・・・」
龍は楓と聞いて、顔を曇らせた。

「お前と結婚したいと言ってきた。康子とも話し合ったんだが、私たちはそれでもいいと思っている。私たちにとってはお前も楓も子供には違いないが、お前たちが夫婦になっても私たちとの関係に問題はないだろう」
「ちょっと待って下さい、僕には確かに恋人はいないが、好きな人がいるんだ・・」
龍は仁に理得の存在を話した。
「龍お前本気なのか?そんな事私が許さない」
「僕は本気です。それに楓は妹です。妹以外に考えられません。この話は無かったことにして下さい」
龍は席を立つと玄関に向かった。
「お義母さん、美味しかった。どうもありがとう」
玄関まで追いかけてきた康子にそう言い残すと龍は夜道を歩いた。
龍にささやきかける風はもう夏の匂いがしていた。