葛藤 《4》


龍は湖面に写る自分の姿をぼんやりと眺めていた。
このまま足を進めれば、何も考えなくていい。
生まれてきた意味も、今生きている意味も・・・。

同じ死ぬにしても、この俺とヤツの違いはなんだ・・・、龍はフッと可笑しくなった。
情けなくて、笑うしかなかった。
真代さんが俺を相手にしないのは当然だ、俺は彼女に何を求めたんだろう・・・、あの慈しむような暖かさか・・・。

「ユ−リ・マロエフ、どんな気持ちで真代さんを撃ったんだ・・・」
「俺は・・・、俺は・・・」
龍は泣いていた。
愛の苦しみにもがいていた。
5月の風は、爽やかに吹き、龍の髪を優しく撫でている。

しばらくして、龍は顔を上げた。
後ろを振り返ると、歩き出し、車に乗った。
真っ直ぐに前を見ると、アクセルを踏んだ。

自分の部屋に戻った龍は、ベットに体を預けた。
頭の芯がズキズキする。
この2日ろくに眠っていない。
部屋に戻った安心感で、龍は奈落の底に落ちるように瞼を閉じた。

どのくらい眠っただろう、玄関のチャイムの音で目が覚めた。
窓の外はすっかり暗くなっている。

「楓・・・」
ドアを開けると楓が立っていた。
「どうしたんだ・・・」
「どうしたって、龍こそ今までどうしてたの?連絡つかないし、心配したのよ・・・」
「ああ、ごめん・・・、まあ中に入れ、コ−ヒ−でも入れるよ・・・」
楓をソファ−に座らせると、龍はキッチンでお湯を沸かし始めた。

「龍、どこ行ってたの・・・」
「・・・」
「龍・・・・」
「今は話したくないんだ・・・」
龍はカウンタ−越しに、ポツリと言った。

龍は部屋の空気を変えるために、一旦同じ部屋のキッチンから出ると、軽い音楽をかけた。
コ−ヒ−をドリップすると、たちまち部屋の中に、香りが広がる。

マグカップをふたつ持って振り返ると、楓は窓の側に立っていた。
部屋の明かりも消して、スタンドライトの明かりだけが天井を照らしている。
龍はテ−ブルにコ−ヒ−を置くと、楓を呼んだ。

呼んでも返事をしない楓に、龍は近寄った。
「楓、コ−ヒ−が冷める・・」
「楓・・」
振り返った楓は、龍の首に両手を回すと、その唇に口づけた。

ゆっくりと体を離した楓を、龍は見つめている。
「楓・・・」
「どうしたんだ・・・」
「キスしただけよ・・・」
「・・・」
「好きな人にキスしちゃいけない・・」
「楓・・・」

楓の目が真剣なのを見て、龍は言葉を選んだ。
「俺達は兄弟だ」
「血は繋がってないわ・・」
「それはそうだけど、もう何年も兄弟やってきて、いまさら・・・」
「いまさら・・・、何?」

「いまさら、男と女にはなれない・・」
「好きな人がいるから・・・」

楓の言葉に、龍は深い息を吐いて、目をそらした。
「そうだ・・」
「綺麗な人だものね・・・」

「おまえ、会ったのか!」
「そんな、血相変えなくても、私はだた、龍の妹として会っただけよ、まりあさんのお姉さんに・・・」
「・・・どうしてそんなことしたんだ」
「自分の気持ちを確かめるため」

「私も女よ、彼女と同じ・・・」
楓はブラウスのボタンに手を掛けた。
ブラウスが床に落ちると、暗がりの中で、楓の白い肌が浮き立って見えた。

「ねえ、龍、私を見て・・」
「楓・・・」
「私なら、龍のこと全部分かってる」
「・・・・」
「彼女は止めなさい。龍には無理よ」
「無理?」
「彼女は母親そのものだもの、龍には理解出来ないわ・・・」

龍は楓の足下に落ちたブラウスを拾って、楓の肩に掛けた。
「今日は帰れ・・・」
龍のその言葉に弾かれた様に、楓は龍に抱きついた。

「龍、好きなの、たぶんずっと小さい時から・・・、でも目をそらしてた、そうしないと、龍が遠くなってしまいそうで・・・」
「今までは、龍が日本やアメリカで遊んでても平気だった、だって本気じゃなかったもの・・・、でも今回は違った、イヤ、龍を他の人に渡さない・・」
「離れるんだ、楓、俺にはお前を受け止めてやれない」
「俺は愛し方も分からない男だ・・・」

「私が教えてあげる」
楓はもう一度、龍に口づけた。
「嫌なことも忘れさせてあげる」
龍の耳元で楓は囁いた。
「大丈夫、何も心配いらないわ」
楓は龍に口づけしながら、龍のシャツのボタンを外していった。