輪廻 《4》


龍が理得の病室に行くと、理得は相変わらず、落ち着いて穏やかなままだった。
その静かな湖のような瞳をじっと見ると、反対に龍の心は波立って、落ち着かなかった。
「警察の事情聴取が近々あるそうです。石橋先生にそうあなたに伝えてほしいと言われたんですが・・」
「そうですか、分かりました、わざわざすみません」
「あの・・・、事情聴取って・・・聞いてもいいですか?石橋先生があなたに聞けば教えてくれるって・・・」
「あるテロ事件に巻き込まれて、その時に人質になって、撃たれたんです」
理得は静かに答えた。

「それは・・そうなんですか・・、で撃った犯人は捕まったんですか」
「死にました」
そう言った理得の瞳が一瞬曇ったのを龍は見逃さなかった。
「どうしてでしょう?」
「それは私が撃たれた後だったので、よく分からないけど、近くで大きな音がした後、彼は倒れて・・・多分撃たれたんだと思います」
「彼って・・真代さん、犯人知ってるんですか?」
龍の問い詰めるような言い方に、理得は静かな憂いのこもった目で見つめるだけだった。

「ああ、すみません、つい・・、あなたを撃った奴がどんな男だったのか知りたくて・・・」
「もう、僕は行きます、失礼しました」
龍は逃げるように理得の病室を出た。
『何だ、あの目は、あれは犯人を憎む目じゃない、犯人と彼女はどんな関係なんだ・・・』
龍にとって、もう理得はただの患者ではなくなっていた。

理得はここ2,3日、突然出て行ってしまった龍のことも気になっていたが、時々物思いにふけるまりあの様子も気になっていた。
理得はそれとなく聞いてみる。
「まりあ、どうかした、ここんとこ元気ないから・・」
「・・・・・」
「まりあ、お姉ちゃんこんなだし、頼りにならないけど話すと楽になるよ」
「・・・・うん、実は成次が帰ってきたの・・・」
「よかったじゃない、お姉ちゃん今まであの家にまりあ一人じゃ物騒だなって思ったから、・・でもあんまりうれしそうじゃないね」
「うん、いろいろあって、昨日も携帯に女の人から電話がかかってきてたみたいだし・・」
「そう、今日は今富さんはどうしてるの?」
「友だちの所行くって言ってたけど・・」
そこまで話したとき、ドアをノックする音がした。

まりあが覗くと佐伯が立っていた。
「警察の佐伯です。今日事情聴取に伺う連絡をしておきましたが・・・」
「はい、聞いています。どうぞ・・・」

「お姉ちゃん、警察の佐伯さん」
まりあはそう言いながらバッグを持つと、部屋を出て行こうとした。
「あたし、バイト行って来るから、・・・お姉ちゃん、また明日ね」
「まりあ・・・、気をつけてね・・」
理得はまりあの姿を目でずっと追い続ける、その様子を見ていた佐伯は、まりあの姿が見えなくなると理得に向き直って口を開いた。
「真代さん、久しぶりですね。妹さん、どうかしましたか?前に余りたちの良くない男と付き合っていましたが・・・」
「あ、いえ、大丈夫だと思うんですが、ちょっと心配事が有るみたいで、元気がなかったので・・」
「そうですか、何かありましたら、・・有ったら困るんですが、連絡して下さい、僕でよかったら力になります」
「ありがとうございます」

佐伯はそこまで話すと、理得の落ち着いた表情に安心しながら、手帳を広げてペンを出した。
「真代さんの体の事も有りますし、今回は略式ですが、でも事件の解明にはどうしてもあなたの力が必要なんです。よろしくお願いします」
「大丈夫ですね・・・」
理得は頷いた。

「では、私の携帯に伝言メッセ−ジを入れた後のことを教えて下さい」
「あの後タクシ−で八景島に行きました。ユ−リが居るんじゃないかとあちこち探して、そして、彼に会いました。ユ−リに彼の国で政変があったことを伝えてましたが、もうすでに事態は止められない所まできていたみたいでした」
「どうしてそう思ったんですか?」
「彼の顔を見れば分かります・・・すごく緊張してました」
「爆弾のことはその時聞いたんですか?」
「はい、初めは私に逃げるようにユ−リは言ったんですが、私が『できることはないか』と聞いたんです、ユ−リは躊躇した後、園内に爆弾が仕掛けられていることを教えてくれました。そして爆弾のデ−タ−が入っているMOを受け取りました」
「彼はどうやってそのMOを手に入れたんでしょうか?」
「分かりません」
「そうですか、そして、その後、警察に爆弾の位置を教えたんですね」
「はい、ユ−リと別れた後、公衆電話を見つけて、なんとかMOを読みとって警察に連絡したんですが・・」
理得はその時のことを思い出したのか、目を伏せた。

「どうかしましたか?」
佐伯の声で、理得は再び話を始めた。
「そこで、女の人にピストルを突きつけられました」
「初めて会う人ですか?」
「いいえ・・・たぶんユ−リの仲間だと思います」
「前にも会ってるんですね、真代さん、・・・前にあなたがユ−リ・マロエフと一緒にいた時に発砲したのも、その女だとすると・・・あなたに相当恨みを持っていたことになりますね」
「・・・」

佐伯は理得の表情を見ながら、話を続けた。
「海の近くに連れて行かれたのは、なぜだか分かりますか?」
「双眼鏡で、船を見てました。たぶん船を見るためだと思います、それと・・・」
「それと?」
「・・ユ−りの居場所を知っていて、私を彼に見せるためかと・・・」
「なるほど・・」

そこまで話すと、理得は今まで気になっていたことを、初めて口にした。
「女の人がユ−リに『裏切った』っと言ってましたが、あれはテロが失敗したことを言っていったんでしょうか?」
「そうです。これは捕まえたユ−リ・マロエフの仲間から聞き出したことですが、あの日ウラノフ婦人を狙撃するのが、ユ−リ・マロエフの任務だった。でも実際はウラノフ婦人に銃を向けたのは、取り巻きとして婦人の近くにいたブコレスという男でした。たぶんいつまで待っても狙撃しないユ−リ・マロエフに業を煮やして、自分で凶行に走ったのでしょう。でも、その婦人に向けた銃を撃った男がいた。弾を調べた結果ユ−リ・マロエフの持っていたライフルから発射されたことが分かっています」
「ユ−リはテロを止めたんですね」
このときばかりは理得も安堵していた。

「その後、その女はどうしたんですか?」
「ユ−リに『なにがあっても、私は変わらない』って言ってました。そして、私は目の前の高い建物の屋上にユ−リの姿を見つけました」
「彼の表情は見えましたか?」
「いいえ、遠くて・・、でもライフルを持ってました」
「爆弾のタイマ−は女が持っていたんですね」
「はい、ユ−リの姿を見つけるとスイッチを入れました。『私は私の信じる革命を実行する』と、言って」
「革命ですか・・・」
佐伯は顔を歪めると、苦々しそうにそう言った。

「爆弾の爆発を止めるには、タイマ−を壊すしかなかったんですか?」
「・・・そう言ってました」
「それで、タイマ−をあなたの心臓の前に置いたんですか・・・何て女だ」

佐伯も理得も口を開かない沈黙が続いた。

「タイマ−を撃った後、ユ−リはどうしたんですか・・」
理得がポツリと呟いた。
「僕が銃声に気が付いて現場に着いた時は、ユ−リ・マロエフはSWATに足を撃たれていて、その足を引きずりながら、あなたの元に歩み寄っていました」
理得は思わず目を閉じた。
「でも、僕が『撃つな!』と叫んだときに、彼はゆっくりと倒れてしまった」
「真代さん、すいません、もう少し早く僕が気が付いていれば、こんな事にはなってなかったのかも知れない・・・」
佐伯は声もなく泣く理得を見ながら、頭を下げた。

「今日はこの辺で止めましょう。また来ます」
佐伯はそう言って席を立った。
理得の病室を出ると、廊下の端で、白衣を着た医者が佐伯を待っていた。
佐伯は彼を一瞥すると、何事もなかったように歩き始めた。
佐伯は背中にその男の視線を嫌と言うほど感じながら、病院の外に出たが、いつまでたっても何も言ってこない男に対して痺れを切らし、立ち止まると、振り返った。
「何かご用ですか?」
佐伯は白衣を手に持ったまま、立ちつくす龍に歩み寄りながら、その顔をじっと見つめた。
「あなたによく似た人を、僕は知ってます。真代さんのことで、なにか・・」
佐伯はその言葉を口にしながら、これから理得を取り巻く未来を、想い図っていた。