再会 《3》


日本とは違う乾燥した空気、日本のじっとりとした夏から思えばユ−ラル共和国の夏はずいぶんと過ごしやすい。
佐伯は空港から乗った車の中で、窓を流れる風景に目を向けた。
ユ−リ・マロエフが育った地、彼がいつも目にしていた風景。
佐伯がそれらを見ながら考えるのはやはり理得の事だった。
どんなにかここに来たかっただろう、自分を見つめた理得の瞳を忘れる事が出来ない。

佐伯はユ−ラル共和国主催の歓迎パ−ティ−でウラノフ氏と再会し、二人にしか分からない深い微笑みを交わし合った。
「この地でお会いできるとは・・・感慨もひとしおです」
「ミスタ−佐伯、どうですかユ−ラルは・・何もない国ですがこれからこの国は変わります。いや、変えていかなければ・・未来の為に・・」
ウラノフ氏の力強い言葉に、佐伯はまだまだ問題が山積みのこの国が変わっていく姿を思い描いた。

佐伯はウラノフ氏としばし笑談した後、静かな口調でこう切り出した。
「1つお願いがあるんですが・・」
「何でしょう?」
「ユ−リ・マロエフの眠っている場所に行きたいのです」
「分かりました。私の方で手はずは整えます」
賑やかなパ−ティ−会場で交わされたこの短いやり取りが、佐伯にとっては今回の目的の全てだった。
後は何の心配もない。
普段はこのような場所で口にしない酒を、佐伯は一口だけ口に含んだ。
理得とそしてこれから会う、ユ−リ・マロエフを思って・・。

その日は幾分曇った日だったが、相変わらず乾燥した空気が辺りを満たしていた。
佐伯は迎えの車に乗り込むと、理得から託された物が入っているポケットをそっと触った。
『一緒に行きましょう・・』
心の中で呟く。
程なく車は小高い丘の下で止まった。

運転手の案内でその丘を登ると、見晴らしのいい場所にそれはあった。
一礼して帰って行く運転手を見送った佐伯は、目を閉じて深く息を吐く。
そして、ゆっくりと息を吸い込むと、目を開けて、顔を上げた。

まだ新しく、綺麗に整えられたその場所は、そこだけが特別の場所のような気がした。
離れないように並んだ6つの墓。
その1つ1つに書かれた文字を読みとりながら、佐伯は歩いた。
ユ−リ・マロエフが持っていた写真の顔が、浮かんでは消えて、切なさが胸に押し寄せてくる。
あの空港の近くの雑木林で冷たくなって見つかったサミルも、大学の教室で血だまりに倒れていたビクトルも、ここでは静かに眠っている。
一番端まで歩いた佐伯は、名前の文字を声に出して読んでみた。
「ユ−リ・マロエフ・・」
そう言ったきり、佐伯は声が出なかった。

「また会えたな・・」
佐伯はカラカラに乾いた喉に言葉を引っかけそうになりながら、やっとそう言った。
それ以上喋ると別の何かが湧いてきそうで、唇の端をぎゅっと噛みしめる。
佐伯はゆっくりとした動作で、ポケットから白いハンカチを取り出すと、それを差し出した。

「真代さんからだ・・、ずいぶんとここに来たがっていたが、彼女は今お前の子供を守るので精一杯だから、僕が預かってきた・・」
佐伯は地面にしゃがむと、墓石の根本に小さな穴を開けた。
持っていたハンカチをそのまま穴の中に入れると、土をかけ、ポンポンと軽く地面を叩いて、佐伯は立ち上がった。
「これで寂しくはないだろう・・」
佐伯の目はうっすらと赤く、視線は遠くを見ている。

不意に佐伯はそのまま振り向くと、眼下に広がる草原を見渡した。
本当は色々話すことがあったのに、もう言葉が出なかった。

静かに眠らせてあげたい、争いも飢えもない世界で永遠に・・、もう何を言っても生き返る事がないのだから・・。
佐伯はその場から離れると、元来た道を戻り始めた。

半分ほど下りた所で佐伯の足が急に止まった。
登るときには気が付かなかったが、墓地の片隅で、日本語の文字を見たからだった。
まるで何かに引き寄せられるように佐伯はその墓石の前に立った。
『加納倫子、どうしてこんな所に・・』
佐伯は墓石の片隅に彫られたその名前を不思議な思いで見つめていた。