再会 《4》 


理得はユ−ラル共和国から帰ってきた佐伯の報告を聞いてから、まるでスクリ−ンに映るように、雄大な草原が目をつぶれば見られるようになっていた。
「これじゃあ、レポ−トを書いて提出しなければなりませんね」
そう佐伯が言うほど、理得の矢継ぎ早の質問は細かい所まで及んだ。
それでも佐伯は嫌な顔もせず、丁寧に応えては理得を安心させていた。

ただ一つ、あの墓地で見た小さな日本語の文字だけは、佐伯は誰にも話さなかった。
あの文字が最初から付いていた物ではなく、誰かが後から彫った物だと気が付いてから、自分の胸だけの納めることにしたのだ。
せっかく国交が樹立して、これからと言うときに、問題を引き起こしたくはない。
しかし長い間、閉鎖的な国だったはずなのに、何故?という思いは消えることがなかった。
『調べられるだろうか・・』
佐伯は偶然にしては運命的な出会いを、このままにしてしまう気にならなかった。

「お姉ちゃん、最近、調子いいね。リハビリも順調だし、顔色もいいし、食欲もあるしさ」
「うん、なんかね、やる気満々なのよ」
「須藤先生と佐伯さんのお陰かな・・・、いいよねお姉ちゃん、じっとしてても素敵な男の人がちゃ〜んと寄ってきて、助けてくれるし」
「何言ってるの、まりあだって、拓麻くんがいるじゃない・・、それにお姉ちゃんは別にフェロモン出してる訳じゃないわよ」
「え〜、フェロモンいっぱいよ・・」
「じゃあ、この子のせいかしら・・でもね、今は離れていてもユ−リと繋がってる感じがするから、気持ちが落ち着いてるのは事実よ」

「どこにいても、何をしていても、ユ−リが側にいる・・・」
まりあはそう言って微笑む理得を本当に美しいと思った。
まるで菩薩のような、優しさと強さを兼ね備えた母親としての美しさ、愛されて満たされた余裕とでも言うような趣。
自分の姉ながら、神々しさまで感じてしまう・・。
まりあがそんなことを思っていると、佑子が顔を出した。

「美人姉妹は今日も麗しいですか?」
「よしよし、調子良さそうだね。この分なら一時退院出来るかな?」
「えっ、お姉ちゃん退院できるの・・」
まりあの驚きの声が響く。
「まあ、そろそろ安定期に入るし、歩いても大丈夫なら、いいかなっと思ってるところだけど・・」
「佑子、私、家に帰れるなんて思っても見なかったから、なんか信じられない・・」
理得は口元に手を当てたまま、佑子を見つめている。
「須藤先生とも相談しなきゃまだはっきりとは言えないけど、たぶん大丈夫だと思う・・、そのかわり診察はちゃんと受けに来なきゃ駄目よ、これを持って・・」
そう言うと佑子は理得の目の前に小さな手帳を差し出した。

その表紙の文字を読んで理得の目にうっすらと涙が浮かんだ。
「遅くなったけど、もう大丈夫だから渡しておくね。前に記入だけは理得にしてもらって、交付の手続きはまりあちゃんにお願いしてもらってきておいたんだけど、私の方でしばらく預かっていたの・・」
佑子から母子手帳を受け取ると、理得はそれを両手で自分の胸に押しあてた。
「今まで診察した内容は、私の方で書いておいたから・・、後の細かい所は理得が埋めてね」
頷く理得を見て、佑子は微笑みを返した。

「なんか、今日は良いことばかりでお祝いしたい気分」
まりあの明るい声。
「そうね、パ−ッとやろうか、でもお酒は駄目よ・・」
佑子の声に3人は笑った。
ゆっくりと流れる、穏やかな優しい時間。
その中にいて理得は幸せだった。

夜、理得は1人になると、昼間佑子からもらった、母子手帳を開いた。
母の欄に自分の名前を、その下の父の欄に理得は迷わずにユ−リ・マロエフと書き入れた。
この子の歴史がここから始まる。
新たな想いが理得を包んだその時、何かがはじけるような感覚が理得のお腹の中で起こった。
まるで小さな泡が割れるような感覚。
神経をお腹に集中すると、もっとはっきりと感じることが出来た。
しかしその感覚も数分で消えてしまって、同じような事が起こる気配はない。
気のせいだろうか・・、理得はお腹をさすりながら、再びペンを動かした。

理得がその不思議な感覚に襲われた日から、次の日も、その次の日も、その感覚は理得のお腹に現れた。
そして3度目にその感覚に襲われたときに理得は初めて、もしかしたら・・と思い始めた。
『胎動・・・胎動かもしれない』
回診にきた佑子にその事を告げると、佑子は満面の笑みを浮かべた。
「理得、おめでとう。感じることの出来た感想はどう?」
「・・・そうなの、これが・・・そうなんだ・・・」
「最初ははっきりしないものよ。まあ私も経験したわけじゃないけどね。でもそのうち回数も増えて、動き方もはっきりしてくるから…」

理得はその夜、夢を見た。
赤ちゃんが透明なボ−ルの中でニコニコしている。
それがポンポン弾む度にキャキャと声を上げている。
「そんなに動いたら、危ないわよ」理得がお腹の中にそう呼びかけるとまだ喋れないはずの赤ちゃんがこう言い返した。
「大丈夫だよ、動けるようになって嬉しんだ、それにお父さんもいるし・・」
理得がその言葉で目を凝らすと、ボ−ルを弾ませている人がこちらを向いた。
「ユ−リ・・、そうあなたが遊んであげてるの・・、この子と沢山遊んであげてね、私に幸せをありがとう・・」