聖地 《4》


教会の外は低い雲がさらに低くたれ込め、灰色の世界はもう二度と太陽の光を通さないかのように、重苦しさを増していた。

龍はまるで蝶を捕らえた蜘蛛のように、ゆっくりと理得の体を舐め回すように眺め、満足がいくと体を寄せて、理得の首筋にキスマークを残した。
その理得の白い肌に残った赤黒い染みを、龍は恍惚の表情で見つめている。
「もう一度、いや、もっと、君に僕の刻印を押してやる…」
龍はそう呟くと理得の襟元を引き裂いた。
そして、もう一度、今度は全ての体の重みを理得に預けるようにして、龍は理得を覆った。
首筋から耳元、耳元から唇、龍は容赦なく突き進む。
理得は浅い呼吸のまま、首を振ってなんとか龍の唇から逃れようとするが、その抵抗も僅かな時間稼ぎに過ぎなかった。

重なる唇が、理得の呼吸を止める。
その時間を利用して、龍の舌先は花の蜜を吸うかのごとく、花園を荒らして回った。
そして、頃合いを見て、悠然と飛び立つ。

その度に、理得は止まっていた呼吸を取り戻そうと、大きく吸い込み、その反動で軽い発作を何度も起こした。

「まだ、起きていて理得、僕は君の反応も楽しみなんだ…」
苦しむ理得の耳元で、悪魔は囁いた。

理得の破れた服の間に、盛り上がった白い谷間が見えていた。
龍は、もう抵抗も出来ない理得の手を離すと、その谷間を隠す服に手を掛け、胸に顔を埋めながら、その手を下に降ろしていった。
その反動で理得の体も崩れ落ちそうになると、龍は慌てて理得を抱き留めた。

理得のお腹に龍の手が回る。
ぐったりとした理得はもう立っていることが出来なかった。

「長いすに寝た方が楽かな…、僕もその方がやりやすい」
龍は理得を抱えて力を入れた。

だが、その龍の手を誰かが押し返した。
突き上げるようなその強い力に龍はビクンとして、息を止め、自分の手先に目をやった。
「こいつ…」
理得のお腹に触れるとそれは波のように何度も繰り返された。
「これが最後の抵抗か、なんて可愛い抵抗だろう。そんなに母親を守りたいか?お前を置き去りにする母親を…」
龍はふっとお腹の子供に興味を持った。

龍は理得を長いすに寝かすと、もう一度理得のお腹に手をあててみた。
目を瞑って全ての神経をそこに集中させる。

手のひらの中に押し込まれる強い力に、龍も思わず力を入れた。
それが龍と理得のお腹の中の子供が手を繋いだ瞬間だった。

「聞いて…」
龍の頭の中に声が響いた。
それは未来からの声だった。
龍は驚きながらも、そのどこか聞いたことのある声に耳を澄ませた。

「僕たちは繋がってる、肉体的にも、もっと深い所でも、どうしてそれが分からないの。僕はあなたの分身でもあるのに…」
「分身…」
「そう、僕は全ての結晶、産まれて来るべくあった存在、全ての苦しみを解き放つ、それが僕の役目。だからあなたの苦しみも僕が解き放つ…」
「おまえが、まだ産まれてもいないおまえが…僕の苦しみを解き放つだって、笑わせるな!」
そう龍が独り言を呟くと、声しか響かない頭の中に映像が浮かびあがった。

古い映画を見ているようなその映像には、赤ん坊と母親が映っていた。
乳を含ませ、楽しそうにほっぺたをつつく母親。
あどけない笑顔で、母親に向かってハイハイをする赤ん坊。
子供が産まれてすぐからの映像は、鮮明に親子の幸せそうな日常を映し出していた。
龍は頭の中に広がるその映像を、不思議な思いで見ていたが、ある場面が現れた途端、愕然とした面持ちになっていた。

一通の手紙を受け取る母親。
それを読み終わると、片言の言葉を話すようになっていた子供を抱きしめて、泣いていた。
「幸せをきっと見つけてあなたに届けるから、少しの間待っていてね…」
母親は涙を拭うと、荷物を作り、子供の手を引いて家を後にした。

それからは見覚えのある場面だった。
そう、いつか見た夢。
「ここで待っていてね。すぐに戻って来るから…」
そう言って母親は子供を残していってしまう。
映像はそこで終わっていた。

目を開けた龍は今見た幸せそうな親子を思い出していた。
母親は、慎ましやかな生活の中でも、常に赤ん坊の事を考えて奔走し、子供に愛情を溢れんばかりに注いでいた。
その生活ぶりは、すくなくともあの手紙を受け取るまではとても幸福だったのを物語っている。
それが自分と母親の生活だったなんて…。
これが覚えていなかった真実。

「僕は愛されていた…、あの笑顔は僕に向けられていたもの、僕だけに向けられていたもの、なのに僕は、僕は…」
龍は胸の奥から湧き上がってくる熱いものに魂を揺さぶられる思いがした。
自然と涙が込み上げて来る。

「全てはこの手の中にあった…、この中にあったのに、僕は気が付かなくて、苦しみから逃れるために楽な道を選んだ。全て誰かのせいにして…」
龍は広げた自分の手をまじまじと見つめた。

それは、子供の頃しっかりと母親と繋いだ手であり、人を助けようとメスを握った手であり、そして今、愛する人の命を奪おうとした手でもあった。

「理得!」
龍はやっと目の前にいる瀕死の状態の理得の手を取った。
脈はやっと分かるほど弱い。
龍は急いで自分の服を脱ぐと、理得を包み、抱き上げて出口に向かった。

『死なないで、理得!』
龍の懺悔は雨となって、意識のない理得の頬に降り注いでいた。