終炎 《1》
朝日の輝きを受けて、まりあは目を覚ました。
閉ざされていたはずのカーテンの隙間から、一筋の光が漏れている。
まりあは立ち上がると窓に向かった。
そして、そのカーテンの隙間に手を掛けて、ゆっくりと朝の光を部屋に満たしていった。
「今日は晴れてるのね…」
まりあはその声で体の動きを止めると、こわごわと振り返った。
「お姉ちゃん…?」
「うん、まりあ、私よ…」
理得のあまりにもすんなりとした返事にまりあは一瞬言葉を失った。
が、次の瞬間、言葉よりも体が先に理得に向かっていた。
ほっそりとした理得のその手は昨日よりも温かみがある。
「心配したのよ…お姉ちゃん…、もう目を覚まさないのかと思った…」
「ごめんね、まりあ、心配ばかりさせて…でも、もう大丈夫だから…」
「ああ、よかった、これで一安心よ。でも、ともかく祐子先生に知らせなきゃね。ナースコールじゃまどろっこしいから、私、看護婦さんに言ってくる」
まりあは嬉しさを隠しきれない様に部屋を飛び出していった。
理得はそれを目で見送ると溢れんばかりの太陽の光を眩しそうに見つめた。
「あなたのお誕生日が晴れでよかった…」
理得はそう呟くと枕元にあったライターを手に取り、久しぶりにその感触を確かめた。
看護婦の知らせを受けて、祐子と龍は朝一番で理得の部屋に向かった。
そして、どちらも理得の顔を一目見ては、安堵の表情を浮かべ、その目覚めを素直に喜んだ。
これできっともう大丈夫、何もかも上手くいく、そう誰もが思っていたその時、誰も知らない未来を知っている理得は菩薩の様に微笑んでいるのだった。
「先生、今日は何月何日ですか?」
「今日?今日はクリスマスですよ、真代さん」
「クリスマス…そうですか、クリスマスですか…」
「そうだ、今日は無理だけど、食事がちゃんと摂れるようになったら、ケーキを買ってきますから、その時にクリスマスのお祝いをしましょう。美味しいケーキ屋を知っているんです。ついでに新年のお祝いもして、賑やかにやりましょう」
「あら、須藤先生は甘党ですか?」
「美味しい物に甘いも辛いもありませんよ、石橋先生。それとも先生はケーキお嫌いでしたっけ?」
「いえ、いえ、大好きです、ね、理得?」
「ええ、祐子は大きなケーキ1人でペロって食べちゃうのよ、あっ、それじゃあ祐子に内緒にして食べないと、私達の分が無くなるわ」
病室に広がる笑い声に誰もが幸せを感じていた。
それは理得自身も感じている事だった。
ここにいる誰もを自分は愛している。
そして愛されていることが分かる。
まりあも祐子も龍も、そしてユーリもまだ見ぬ我が子も、全てがここにある。
生きて来てよかった…理得は終わり行く生を前にして、やっと自分の存在を確信した。
自分の在るべき意味を見いだした。
人は生きていつか死ぬ。
それは長さではなくて、意味なのだ。
理得はその場にいる3人の顔を1人づつ眺めては、『ありがとう』と心の中で呟いた。
もう御礼をいう時間がないかもしれない。
理得の中でゆっくりと体の変化が始まっていた。
理得は平静を装いながら、その痛みを逃がしていた。
もうちょっと、このままで…、楽しい時間をもう少し…。
それは理得の3人への唯一出来るクリスマスプレゼントだった。