動き出した星々 【2】




「この海はどんな色をしてる…?」
「今は夕暮れで、暁に燃えてるわ…」
「そうか…それじゃあ、綺麗だろうね…」
「うん…とても…」
2人は並んで海を眺めながら、終わっていく今日という日を、その胸に刻んでいた。

口数が少ないのは、相手の事を思う気持ちの表れなのか、余りにも劇的すぎた再会の余韻を引きずった結果なのかは分からない。
ただ、2人ともどこから話したらいいのか?
その糸口を探しているようにも見えた。

お互いがまだ愛を感じていて、お互いを愛している。
その感情だけが先行してしまったような、そんな気恥ずかしさ。
それは、まるであの若さに溢れた高校生の時に、口づけを交わした後のジュンサンとユジンのようだ。

「ねぇ、ジュンサン、中で話さない?キッチンで、お湯を沸かして、コーヒーでも飲みましょう」
先に、こう切り出したのユジンだった。
それに頷く形でジュンサンも身体の向きを変え、その手を自然にユジンが取る。

「そうだ、管理人さんに電話しないと…、ユジン、電話機の所に連れて行ってくれる?」
「分かったわ」
ジュンサンはユジンに手を引かれるまま、歩みを進める。

「0を押せば管理人室に繋がる筈だから…」
ユジンはジュンサンのその声を聞きながら、0を押し、受話器をジュンサンに持たせた。

「もしもし、イ・ミニョンです。先ほどはすいませんでした。
それで船の時間なんですが、…はい、最後の船は1時間後に出るんですね、分かりました。
その後は飛行機で移動の予定だったんですが、それが無理ならば今晩はホテルに泊まって、朝、ソウルに向かっても良いですし…」

「ジュンサン、明日の朝一番の船は何時なの?」
横にいたユジンの突然の質問に、慌てたジュンサンは戸惑いながらも、その事を口にする。

「あの…、明日の朝一番の船は何時ですか?そうですか、8時ですか…」
「なら、飛行機は大丈夫よね」
ユジンはジュンサンの口から出た言葉に直ぐに反応すると、受話器をその手から取り、今度は自分が話を始めた。

「管理人さん、こんにちは。私、チョン・ユジンと言います。はい、そうです、先ほどお会いした者です。
それが、ちょっと私、足を痛めてしまって、一晩冷やせば治ると思うんですが…、ええ、それで今日はこちらに泊まっていきたいんです。
ミニョンさんもそのつもりで、朝の船便の時間を聞いてくれたし、そうしようかと、幸い部屋も沢山あるから、良いでしょうか?
…はい、それはもう。…そうですか、それは嬉しいです。では後ほど、ありがとうございます」

ユジンの声を聞いてジュンサンは慌てた。
「ユジン、泊まるって?!」
「そうよ。管理人さん、お腹が空くだろうから、後で食事を届けてくれるって」
「足はどこが痛いの?」
「どこも痛くないわ…」
「それじゃあ、ウソをついたのか?」
「だって、貴方、ホテルに泊まるって言ったじゃない。だったら此処も一緒でしょ。それに、この家で、貴方と過ごした時間がこんなに短いなんて悲しいし…」
「まったく…」
ジュンサンはそんなユジンに、呆れたと言わんばかりの声を出した。

「ユジンに世話を掛けるのが嫌だったから、そう言ったんだ…。此処にいたら、全てを君がしなければならないだろう?」
「そんなこと、全然平気よ、ちっとも面倒じゃない。それに話したいこともあるの、ジュンサンはないの?」
「それは…」
「ね、あるでしょう、じゃあ、決まりね」
ユジンはそう言うと、嬉しそうにキッチンに向かった。

しばらくして、管理人が届けてくれた夕食を、ジュンサンはユジンの手を借りながら食べた。
甲斐甲斐しく世話をするユジンにとって、それは喜び以外の何物でもなく、ごく自然の事のように思えた。

「向こうで話しましょう…」
食後のコーヒーが残り少なくなると、ユジンはそう言って、そっとジュンサンのカップを持つ手に触れた。
そして、その手を握るとソファーへと誘う。
その瞳は、すでに潤んでいるように見えたが、それはジュンサンには知る由のない事だった。

「貴方の目の事なんだけど…」
ユジンはそんな中、すまなそうに最初の言葉を切り出した。

「こんな事になって、私、本当に申し訳ないと思ってる…、何もかも私のせいよね…」
「ユジン…」
「3年前、貴方が米国に行くために空港にいた頃、私、サンヒョクから真実を全て聞いて、すぐに会いに行ったのよ…、でも、間に合わなかった…。
その後も、いろいろ考えたんだけど…、最終的には、予定通りフランスに留学に行ったわ。貴方を追うことも出来たけど、あの時はそれをしちゃいけないと思ったの…」
「そう…、サンヒョクに聞いたのか…、でも、留学はしたんだな、それで良かったんだよ…」
「本当に…そう?」
「そうさ…僕は先の分からない身体だったんだ。付いてきてどうするんだ…」
「ジュンサン…」
「それに、目の事だけど、誰が悪い訳でもない…、ユジンのせいじゃないんだよ…」

ジュンサンの声を聞きながら、ユジンは、声を出さないようにして泣いていた。
返事をしなければいけないと思いながらも、目の前の、空を彷徨う瞳に胸が痛み、その涙が止められない。
その気配を察して、ジュンサンはユジンの手を探し出す。
そして、握りしめた手に唇を押し当てた。

「だから僕は君を置いていったんだ。現実の中で、君を悲しませたくなかったから…」