ラビリンス 【3】
「ユジン!」
僕は、僕の発したその叫び声に驚いて、ベットから飛び起きた。
そして、それが夢だと分かるまでの数十秒、僕は自分の目が見えない事すらも忘れ、暗闇で目を凝らし、必死になってユジンの姿を探していた。
夢だと気がついたのは、そんな僕が手を伸ばし、ベットから降り立った時の足の裏の感触が違ったからだ。
僕は雪の中を、前を歩くユジンに追いつくために走っていた。
白いワンピースをふわりとさせながら歩くユジンに、走る僕がどうして追いつかないのか分からない。
分からないけれど、見失わないように、真っ白な雪道を、ただユジンを追って走る。
そうして、やっとその腕を掴めそうになった瞬間、白いワンピースはただの雪の塊となり、ユジンの体と共に雪の中に散ったのだ。
足の裏に、柔らかな絨毯の感触ではなく、痛く凍るような感覚があれば良かった。
そうすれば、僕はその痛みを耐えることで、雪の中にいられたのに…
寒くても、寂しくても、雪の降る中に居たかった。
そこには、二人が繋がっていた証がある。
僕は大きく1つ息を吐くと、まだ続いていた息苦しさを解消させるべく、台所に向かった。
ニューヨークのアパートメントは、住みだして既に1年、僕にとっては何処に何があるのか、見えているのと同じだ。
冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を出すと、そのままそれを喉に流し込む。
喉が潤うと、胸の中の熱は収まったように思えたが、今まで自分の意志に反して覚醒していた頭は、時差ボケも手伝って冴えるばかり。
その頭の熱も冷まそうと、今度はリビングの窓からベランダに出る。
夜風は、ここニューヨークでも、時に心地よく吹く。
今日はありがたいことに、そんな風があった。
あんな夢を見た理由は分かっていた。
そう…、僕はこんなにもユジンを求めている…
3年離れていた時は、最初に失明という耐え難い事態に直面したので、ユジンを思う余裕が出来たのはずっと後の事だった。
だから、その状況に慣れて我慢も出来た。
こうして、会わない状況を作り出したのも自分だったし、思い出の中のユジンと話す事を選んだのも自分だから。
だが…
ユジンの柔らかな頬と丸い唇、甘い香りと抱きしめた時の温もりが、再び自分の身体に残された今、それを失った物として封印するには、自分はユジンを愛しすぎていた。
同じ人を、別の人格で2度も好きになったのだ、それは認めざるを得ない事実、どうしようもない事実だった。
これから、僕はずっとこんな夢を見るのか…
ユジンに一言も告げずに、逃げるように米国に帰ってしまった事への…、これが、僕の罪か…
僕は、眉根を寄せた下にある、用を成さなくなった窪みを手で触れてみた。
そこには、今となっては飾り物の見かけ倒しとなったものがある。
これが見えたなら…
それが、今となっては奇跡に近い事だと分かっていても、考えずにはいられない。
そうすれば、ユジンをこの手にもう一度抱けるだろうか…
神に永遠の愛を誓い、息が止まるような口吻をして、2人で人生を歩けるだろうか…
僕はそこまで想いを巡らしたとたん、大声で叫びたくなった。
狂おしい程の愛を胸に抱きながら、こうなってしまった運命を呪うために。
愛している…
愛している…
愛している…
ユジン…、僕は出口のない迷宮にいます。
でも、どうか君だけは幸福になって下さい。