2人のジュンサン 【3】
もう、あれから2時間…
チェリンはずっと長椅子に座ったきりだ。
時々、壁に掛かった時計を眺めては、過ぎていく時間を恨めしく思い、そして数限りないため息をつく。
サンヒョクには意気地なしと軽口を叩いたのに、いざ自分が同じ渦の真ん中にいると分かったとたん、この有様だ。
チェリンは、ジクジクと思い悩む自分が情けなくなっていた。
サンヒョクに電話して、ジュンが本当にマルシアンで働くミニョンの片腕なのか確かめる。
まず、最初にそれをしなきゃ、とは思う。
だが、そうすると今までジュンに接しながら気が付かなかった事を、サンヒョクに何て言われるか…。
『まったく、間の抜けたお人好しだなぁ…』なんて言葉、しゃくに障るだけで聞きたくもない。
それに今更確かめなくたって、こんな偶然が他にある訳がないのだ。
目が見えないのに設計が出来る人物なんて、世界規模で探さないと、きっと他に見つからないだろう。
だが、それより何より、チェリンを憂鬱にしたのは、ジュンのあの幸せそうな様子だった。
「とてもラブラブそうで、ユジンの入る余地なんてどこにもない…」なんてことは、サンヒョクに口が裂けても言えやしない。
報告するならちゃんと裏を取ってからだ。
チェリンは額に手をあてると目を閉じた。
よし!ジュンサンに会おう!
そして、ジュンとの事を洗いざらい聞くのだ。
そうすれば、本人なのだから簡単にケリが付く。
いや、いや…
3年以上会っていないジュンサンに、いきなり会いに行って、これはどうなってるの?なんて、いくら元恋人だったとしても許されるものじゃない。
では、残された道は…
チェリンは、目を開けると、ジュンがクレジットカードを使ったときにサインしたレシートを手に取った。
そこには電話番号も一緒に記されている。
えい、ままよ…
チェリンは受話器を取ると、一気にボタンを押した。
気持ちが決まると、呼び出し音を待つ間も長く感じる。
しかし、チェリンのはやる気持と裏腹に、電話に対応したのはホテルのマネージャーだった。
「もしもし、そちらにリ・ジュンさんって方が泊まっていらっしゃいますか?」
「…はい、いらっしゃいます。失礼ですが、あなた様のお名前は…」
「オ・チェリンです」
「チェリン様ですね。失礼致しました。今、お電話をお繋ぎ致します…」
「あっ、ちょっと待ってください。あの…そちらにイ・ミニョンさんって方も泊まっていらっしゃいますか?」
「え…、あ、はい、いらっしゃいますね」
「そうですか…」
「あの…どちらにお繋ぎ致しましょうか?」
チェリンはジュンサンがジュンと同じホテルにいることを確認すると、一息ついてから「ジュンさんに…」とだけ返事をした。
「もしもし…」
電話が繋がるとチェリンは取り敢えず平静を装って、商売モードの声を出した。
「あっ、ジュンさん?チェリンです。ごめんなさい、突然電話したりして…びっくりしたでしょう」
「いえ…」
「実は、今日お渡ししたシャツにちょっと不具合が見つかりまして…、それで新しい物とお取り替えさせて頂きたくて電話したんです」
「不具合ですか?」
「はい。ボタンの付け方が甘くて、すぐに取れてしまうんですよ。他のお客様からクレームがありまして、メーカーに問い合わせたところ、それが機械の調整ミスだと分かりまして…」
「そうですか…」
「あの…、先ほどの品ですが、彼にプレゼントしてしまいました?」
「いえ、まだです」
「そうですか、良かった。ホッとしました。あのご迷惑じゃなかったら、これからそちらに交換に伺いたいのですが、よろしいですか?」
「あ、はい…」
チェリンは愛想良く、尚かつ確実に事を進めると、会いに行く口実を作って電話を切った。
さて、これからだ…
クローゼットに手を掛けたチェリンは、白のレースのブラウスと黒のスーツを出すと、それを身にまとい髪を整えた。
さらに化粧直しを念入りして、最後に赤いルージュを口元に引く。
それは端から見ればデートに出かける前のルンルン気分の様相だったが、当のチェリンは真剣な顔で、取り巻く空気もどこか殺気だっていた。
「さて、これでよし!」
鏡の前で最後のチェックが済むと、チェリンは店に下り、ラッピングを頼んであった商品を持つとホテルに向かった。
「どうぞ…」
ジュンは先に電話で話を聞いていたからか、笑顔でチェリンを迎え入れる。
「本当にすいませんでした」
そんなジュンに対して、チェリンは一度頭を下げると、勧められるまま中に入った。
「わざわざ届けて頂いて、なんだか申し訳ないです」
「いえそんな…、これもお店の信用問題に関わりますから、当たり前のことですわ」
チェリンは座るように促されたソファで、バラの花が匂うがごとく溢れる色香を振りまきながら微笑んだ。
「本当にチェリンさんは綺麗ですねぇ…」
ジュンは手渡された品物を手にしながら、チェリンの容姿に見とれている。
そうそう、そう思ってくれなくっちゃ、時間を費やした意味がない…
チェリンはとにかくジュンに対して、優位な立場でいたかった。
これからは、ある意味、駆け引きの勝負なのだ。
「そんな、ジュンさんだって綺麗ですよ…、顔立ちだって、東洋人にない彫りの深さがあるし、私の方こそ羨ましいです」
「でも色気がね…、無いんです、私」
謙遜(するチェリンに、ジュンは苦笑いを浮かべた。
「だけど、ジュンさんにはちゃんと恋人がいるじゃないですか…」
「え、ええ…」
「彼とは相思相愛なんでしょう?」チェリンの探るような視線がジュンを射る。
すると、どうだろう…
それまで平然としていたジュンの瞳に、見る間に涙が溢れ出した。
「ど、どうしたの?ジュンさん…」
正直、これにはチェリンも慌てた。
真相を掴みたいだけで、ジュンを泣かせるつもりなんて微塵(も無かったからだ。
鞄からハンカチを取り出しながら、チェリンは思惑から外れたジュンの行動を推(し量(った。
案外上手くいっていないのかもしれない…
そうか…、そうよね…、ジュンサンには、もう一度記憶でも無くさない限り、忘れる事なんて出来ない人がいるのだから…
「ジュンさん、何でも私に話してみて…、きっと力になってあげる…」
チェリンはジュンの横に座り直して肩を抱き、そっとハンカチを差し出した。