2人のジュンサン 【4】




それからのジュンは他愛(たわい)も無かった。
チェリンに誘導されるがまま、ミニョンとの関係を、それこそ洗いざらい打ち明けた。

最初に会った時からなぜだか目が離せなかったことも、気が付いたら自分の生きる糧になっていたことも、韓国に異動が決まってからも一緒なら何も不安がなかったことも。
それから…、突然、1人の女性が米国の彼の住まいに現れて、どうしようもなく不安になったことも、ジュンは(よど)みなくチェリンに語った。

「その人、それからどうしたの?」
チェリンは、ジュンがその女性の名前を明らかにしない事にイライラしながら、先を急ぐように聞いた。

「韓国に来て、再び会うことになりました」
「そう、それで、誰だか分かったのね」
「はい…」
「どういう素性の人だったの?」
「それが、よく分からないところがあって…」
「分からない?名前とか?」
「いえ、名前は直ぐに分かりました。キム次長の昔からの知り合いでしたから、レセプションの席で紹介されましたし…」
「レセプションの席に出てたって事は、その人も彼と関係のある職種なのね」
「チェリンさんって、綺麗なだけじゃなくて、頭の回転も早いんですね…」
ユジンの存在を知るチェリンにとって、ジュンの的はずれな感心など、もはや時間の無駄だった。

「で、誰だったの?名前は?」
「インテリアデザイナーで、名前はチョン・ユジンさん。ポラリスという会社にお勤めです」
「…」

あぁ…
やっぱり…

チェリンは、やっと出てきたユジンの名前に妙な安堵感を覚えた。
だがそれは、さっきから頭に引っかかっていた疑問を疑惑に変える。
あの時サンヒョクは、ユジンがジュンとジュンサンの関係を気にしていて、そのせいで会わせられないと言ったのだ。
だが、ジュンの説明を聞く限り、その理由は腑に落ちない。
第一、ユジンがジュンサンに会うために米国に行っただなんて初耳だ。

「チェリンさん?」
「えっ?ああ、ごめんなさい…」
ジュンに呼ばれて、チェリンは夢から覚めたような顔をした。
その顔をジュンは不思議そうに眺めている。

「どうかしましたか?」
「いえ、ちょっと知り合いに似た名前の人がいたので、それでちょっと考えていたの…、それより、名前と勤め先が分かっていてそれでいてよく分からないって、どういう意味なのかしら?」
「これはサンヒョクさんって彼の友人の方に聞いた話ですが…、どうやら彼女、高校の時の同級生らしいのです。春川第一高校を、チェリンさんは知っていますか?そこでサンヒョクさんも含め3人が一緒だったと。でも私が知る限りミニョンさんは生まれも育ちも米国で、そんな履歴はどこにも存在しない。それでなんだか分からなくなって…」

それなら…
チェリンは思わずそう口を滑らせそうになって、慌てて息を止めた。
そうか、ジュンはミニョンという名前が歩んだ過去しか知らないから、つじつまが合わないのだ。
あの運命の悪戯とでも言うしかない、劇的な事実をジュンが知ったら…。

「ふ〜ん、ちょっと訳がありそうね…」
本当は、ちょっとどころじゃない。びっくり仰天するような真実のオンパレードだ。
だが、チェリンは口を(つぐ)んだ。
なんたって、今のところ、こちらはただの親切心を持ったブティックのオーナーに過ぎない。
それより、サンヒョクの案件を分析する方が先だった。

「でも、今のところ、彼とそのユジンさんが会ったり、親しくしてる様子はないんでしょう?」
「はい…」

そこがチェリンには()せなかった。
運命さえ認めた2人が、なぜ?
サンヒョクはきっと何かを隠している。2人が会えない何かを知っていたから、ああ言ったのだ。
チェリンは、それが分かると早くこの場を去って、サンヒョクに詰め寄りたい気分に駆られた。

「じゃあ、余り気にしないでいいんじゃない。恋は早い者勝ちよ。だからプレゼントを贈ろうとしたジュンさんの作戦は良いと思うわ。そうだ!次は彼をお店に連れていらっしゃいな。私が洋服を見立てながら、ジュンさんの応援をしてあげるから」

店に連れて来いなんて、自分でもよく言う…
チェリンは、自分が想像すら出来ない事をぺらぺら喋る舌に呆れた。

リリリリ…
そんな一見すると親密な空気が漂う中、その音は鳴り出した。

「あら、携帯が鳴ってるわ…」
チェリンは携帯電話が鳴っている事に気が付くと、ほくそ笑みながら鞄に手を入れた。
用事が済んだチェリンにとって、それは、次の用事を作る格好の小道具だ。

「ちょっと失礼します」
チェリンはジュンに断りを入れると、部屋の隅に移動しながら携帯電話を耳に当てた。

「もしもし、チェリン…」
「!」

サンヒョク!!紛れもない、この声はサンヒョクだ!
なんて、良いタイミングなのだろう。彼とは話したいことが山ほどある。
だが、さすがにこの場でサンヒョクと話すわけにはいかない。
チェリンは声のトーンを上げると、とにかく一方的に喋り始めた。

「もしもし、チェリンです。まあ、そうなの…、分かったわ。…ええ、すぐに行きますから、お待ち下さるようにお客様に言って頂戴」
サンヒョクが言っている言葉も聞かず、チェリンは1人芝居を続けて携帯電話の電源を切った。
そして、申し訳なさそうな顔をして振り返る。

「ジュンさん、ごめんなさい。私、急用でお店に戻らなきゃならないの…」
「あ、いえ、こちらこそお忙しいのに相談に乗って頂いてありがとうございました。
チェリンさんに話したら、だいぶ気持ちも楽になりましたし…、もう大丈夫ですから…」
「そう?じゃあ、またお店の方にいらしてね。あ、もちろん彼も一緒に、ね」
そう言って、最後にニッコリ笑う辺りは、もう役者と呼ぶに相応しい風格がチェリンにはあった。
そう、ここまでは完璧な出来だったのだ。
だが、ジュンの部屋を一歩出た途端、サンヒョクの声に触発された感情がチェリンの注意深さを消してしまった。

チェリンはエレベータの中に自分一人きりだと知ると、携帯電話を取り出して、すぐさまサンヒョクに電話を掛けた。
さっきの寸劇の説明をして、とにかく会う算段を取り付ける為だ。

「…だから、会って話しましょう!サンヒョク、あなたにはユジンとジュンサンの事で聞きたいことが沢山あるの!」
エレベータのドアが開いてからもチェリンの話は続く。
頭に血が上っていたチェリンは、そこまで一気に話してから、そこがロビーのホールだと気が付いた。
見れば周りの人は皆、声を荒げた自分に注目している。

さすがにここで大声は不味(まず)い。
「サンヒョク、ちょっと待ってて…」そう言うと、チェリンは慌てて(きびす)を返し、エレベーターから少し離れたテレフォンブースに
駆け込もうとした。
だがその慌てる足を、ブルーの揺れるリボンが止める。
チェリンは立ち止まると、見覚えのある、ブルーのリボンが掛かった包を胸に抱えている人物を見て息を呑んだ。

「ユジンとジュンサン?…ジュンサン、…ジュンサン?」
小さな呟きを繰り返すその声は、チェリンの忘れ物を届けに直ぐ後を追ってきたジュンだった。