過去がもたらすもの 【2】




「どうして本当の事を話してくれなかったのよ!」
チェリンは、ユジンとジュンサンの現状をサンヒョクから聞くと、ここぞとばかりに語気を強めた。

「悪かったよ…でも…話せば、どうあっても君はジュンサンを問いつめに行っただろう?」
「それは、もちろんそうよ。私は、あの2人にはどうしても幸せになってもらわないと困るの。自分の初恋の人を譲ったんだもん。そうじゃなきゃ、気が済まないわ!」

「チェリン…、だから僕は言えなかったんだ。
君は想像も出来ないだろうけど、僕が3年ぶりに会ったジュンサンは以前のジュンサンとは違う、まるで別人のようだった。僕はそんな彼を闇雲に刺激しても、事態が良くなるとは思えなくてね、だから嘘をついたのさ。
知ってるか?ジュンサンは春に一度韓国に来た時も、偶然出会ったユジンに何も言わず米国に帰り、その後更に、米国まで会いに行ったユジンを追い返したんだよ…そんなこと想像できないだろう?どうしてそこまでユジンを拒絶する?理由は?それが分からなければ対処の方法もない」
サンヒョクにそう言われて、チェリンはむっつりと口を(つぐ)んだ。
そして、結んだ口を尖らせたままそっぽを向くと、それでもまだ騙されていた事が気に入らないというような素振りをみせる。

「…でも、ひょうたんから駒じゃないけど、チェリンのおかげで、ジュン室長の思惑が分かったのは収穫だったよ」
サンヒョクはそんなチェリンを見て、最後に誉め言葉を付け加えた。
実際それが分かって、サンヒョクはあの時、彼女が追いかけて来た本当の意図を知ったのだ。

「さすがチェリンだ。相変わらず策士(さくし)だね」
「それって誉めてるの」
「もちろんさ。策士は頭が良くないと出来ないよ」
頭が良いと言われて気を悪くする人もいない。
チェリンは横目でサンヒョクを見ると、取り敢えずふくれっ面は止めることにした。
実は、チェリンは自分のミスをサンヒョクにまだ話していない事に少々気が(とが)めていて、気分が荒れていた節もあったのだ。
それが気になって、神経がピリピリする。

しょうがない…
チェリンは、サンヒョクにまた小言を言われるのを覚悟して、そろそろと口を開いた。

「あの…サンヒョク…」
「うん?」
「まだ、話していなかったけど、さっき私がホテルから掛けた電話…、実はあれを彼女に聞かれちゃって…」
「彼女ってジュン室長の事か?」
チェリンは頷くと話を続けた。

「でね、もしかしたら気づかれちゃったかも知れないの」
「気づかれた?何を?」
「ミニョンとジュンサンが同一人物だって事」
「えっ、彼女知らないのか…。まさか、だって室長だよ」
「でも、本当に知らない様子だったのよ。あなたからユジンと3人で春川第一高校の同級生だと聞いて調べたらしいんだけど、結局何も分からなかったと言っていたから…」
「じゃあ、ジュンサンは名乗らないばかりか、ジュンサンで在ったこと自体を隠しているのか?」

確かに会ったとき、彼はカン・ジュンサンを辞めたと言った。
でもそれは儀礼的な事だけだと思っていたのだ。
しかし、そこまで信念を持って彼が行動しているとしたら…。
そうか…、ユジンを米国から追い返せたのはそのせいだ。

「チェリン…君は喜ぶかも知れないな」
しばらく黙っていたサンヒョクは、チェリンの名前を口にすると唐突にそう言った。
「ジュンサンは、記憶のない君のかつての恋人だったイ・ミニョンになろうと必死だ」



呼び鈴が鳴った音を聞いて、ミニョンはラジオの音楽を止めた。
そして音声時計のボタンを押して時刻を確かめてから、もう一度耳を澄ます。
すると再び呼び鈴が鳴った。
時刻はもうじき十一時になろうという時間だ。
こんな時間に誰だろう…
ミニョンは心当たりがないままドアに向かった。

「こんばんは。ジュンです」
「あぁ…なんだ…」
ミニョンは相手がジュンだと分かると、ロックを外してドアを開けた。
「すいません、こんな夜分に…」
「いや、まだ寝るつもりもなかったから、別にいいよ」

ミニョンはジュンを部屋に入れると、ソファに座るように勧めた。
「何か飲む?」
自分が飲んでいた水割りのグラスを掲げるようにしてジュンに見せたミニョンは、氷が鳴る位それを振ってみせた。
お酒が少し入ったミニョンはどうやら機嫌も良いらしい。

「いえ、私はいいです」
ジュンはそんな快活なミニョンを見ながら、硬い表情を崩さない。
それは端から見れば、同じ部屋にいるのが不思議なほど対照的な二人だった。

「珍しいですね。部屋で飲むなんて」
ジュンはグラスを持ったまま椅子に座るミニョンをじっと見ている。
「そうだね。そうかもしれない…でも、たまにはいいだろうこんな夜があっても。ところでどうしたの?リ室長もこんな時間に?」
肘掛けにグラスを持った手を乗せ、足を組んだミニョンは何の警戒心もなくジュンに笑顔を向ける。
普段のミニョンなら、強張った声の調子でその異変を感じ取っていたかも知れない。
だが、今のミニョンは身近な人物に注意を向けられるほど神経が澄んでいなかった。

「実はイ理事にお尋ねしたい事が沢山ありまして…」
ジュンは静かに切り出した。
だが、ジュンをあくまで仕事のパートナーとしか見ていないミニョンは、そう言われて、すぐにそれを仕事に結びつけてしまう。
「リ室長、仕事熱心なのはいいけど、あんまり根を詰めると体に悪いよ。長期の仕事なんだから、キム次長を見習って少しは肩の力を抜いた方がいい」だからそれは当然のように口した言葉だった。

「アハハ…」
しかし、それまで神妙な顔でいたジュンは、ミニョンのこの言葉を聞いて、たがが外れたように急に笑い出した。
「どうやらイ理事は、私の質問は仕事の事だけだと決めつけているようですね。でも、今夜は仕事じゃなくてもっと個人的な事をお聞きしたいんです。例えば高校生の時の事なんか…。イ理事はどんな生徒だったんですか?頭は良いはずだから、勉強もきっと出来たんでしょう。そうそう、そう言えばその頃は名前も今と違っていましたよね。
カン・ジュンサン…ユジンさんもイ理事をそう呼んでいたんですか?」

笑っていたはずのジュンの顔には涙が浮かんでいた。
それは自分の心をさらけ出すことから来る、苦しみと痛みを伴っていた。