見えない出口 【2】
「ただいま〜」
ユジンは両手に抱えるほどの荷物を持ってポラリスに帰ってきた。
その様子を見て席を立ったジョンアは、ユジンの荷物を半分持つと、うやうやしく席に運んだ。
「どうしたのジョンアさん?」
そんなジョンアの姿にユジンは思わず声を掛ける。
「ユジンはポラリスの稼ぎ頭だから、これくらい手伝ってあげないと」
機嫌の良さそうなジョンアは、ユジンの手にある荷物を下ろす手伝いをすると座る椅子まで引いてくれた。
そうなるといくら鈍感なユジンでも聞いてみないわけにはいかない。
ユジンは顔を上げたまま、ジョンアの引いてくれた椅子に座ると、鼻歌でも歌いそうな雰囲気のジョンアに尋ねた。
「ジョンアさん、何か良い事でもありました?」
「ふふ〜、電話があったのよ」
「電話?」
「モデルルームの評判が良よくて、マンションの売れ行き好調だって。
これもポラリスのユジンさんのおかげですって、担当者が言うのよ」
弾むような声で話すジョンアは、本当に嬉しそうだ。
「そうですか。でもそれは設計が良いからでしょう。私は内装だけですし…」
だが、ユジンの反応はジョンアのそれとは対照的だった。
モデルルームはユジンにとって、ジュンの挑戦的な態度を思い出す場所でしかない。
しかしそんな経緯があることを知らないジョンアは、消極的な意見のユジンに睨みを利かせた。
「何言ってるの。
そりゃもちろん設計も大事よ、でもケーキだってデコレーションの良し悪しで売れ行きが変わるんだから、内装だって重要に違いないわ」
「でも、見てくれが良くても味が悪ければお客さんは買ってくれません」
「じゃあ、きっと設計も内装もバッチリで、とても美味しそうに見えたのよ。
とにかく評判が良いのは嬉しいわ。これで仕事も増えるだろうし。
さすがユジンだわ、イ理事との息はぴったりね」
最後の台詞は特に大きな声で話した。
ジョンアはユジンの反応が見たかったのだ。
正直なユジンは、すぐそれを顔に出してしまう。
そして、それは寂しげな微笑みとなってユジンの顔に広がった。
「まだ、上手くいかないの?」
マルシアンの仕事に関しては話を広げようとしないユジン。
ジョンアにはもちろん、その原因は分かっていた。
「ふぅ…やっぱり占いの通りのようね。ユジン、誰か邪魔者が居るんでしょう?2人の間を阻(む邪魔者が」
「そんな事もないけど…」
「ユジン、カードは正直なんだから嘘ついてもダメ。大きな壁を崩さない限り2人に未来はない…、そうでしょう?」
そう自信たっぷりに話すジョンアを見て、ユジンは口の端で笑った。
私の世話より、ジョンアは自分の事を心配するべきなのだ。
このままじゃ、せっかくお似合いの2人なのにいつまで経っても先に進まない。
それもこれもジョンアの頑(なさにあることは分かっているのに。
ユジンは今まで話を聞こうとしなかったジョンアになんとか踏み込んだ話をしようと画策すると、強い口調で話を切りだした。
「私の事より自分の事はどうなんです?ジョンアさんだって誤魔化しているじゃないですか」
「私が?」
「キム次長の事です。もういいかげん許してあげてください。ジョンアさんだって分かっているんでしょう?」
「何の話?キム次長と私はもう関係ないわ」
「カードにそう出てますか?」
「…」
ユジンにカードと言われると、ジョンアは黙るしかなかった。
カードは嘘をつかない。
それはジョンア自身が一番よく知っているからだ。
「まったく頑固なんだから、ジョンアさんは。
そりゃあ、キム次長も悪いとは思います、亡くなった婚約者との間で交わした婚約指輪を、デートの時に指にはめたままだったのはね。
でもそれは、ずっと指にはめていて馴染んでいたので、外し忘れてしまっただけじゃないですか。
悪意があったわけじゃないし、単なる不注意です。
それを根に持っていつまでも口も利かないなんて、それじゃあキム次長が可哀想です」
ユジンは前に事情を聞いたときのキム次長の顔を思い出していた。
誤解だと切々と訴えるその姿に嘘はなかったはずだ。
「単なる不注意、…そうかもしれない。
でも私にはそれじゃあ済まないの。
死んでしまった人にはどうやっても勝てないし、思い出ほど手に負えないものはないから…、その事はユジンだってよく知ってるでしょう」
ジョンアは10年もの間、ジュンサンを忘れられずにいたユジンの事を言っているようだった。
その事もあって、ジョンアは不安から占いの結果とは別の迷いの中にいたのだ。
ジョンアの真意を知ったユジンは、自分の心にジョンアの想いを照らし合わせると、ふっと肩の力を抜いてから話し始めた。
「ジョンアさん…確かに思い出は相手が亡くなってしまうと、美しいままずっと心に残ります。
そして同時にその時の感情も封印されてしまう。
でも、それは完結していない物語を読んでいるのと同じなんです。
続きがないからそこで止まっているだけ…。
でも本を読む人が別の新しい本を読み始めたならどうでしょう?
続きがない本より、先がどうなるか分からない新しい本の方をずっと読んでいたい…、そう思うものじゃないですか?」
「新しい本…」
「そうです、キム次長はジョンアさんっていう新しい本を開いたんです。
だからジョンアさんは過去なんて気にしないで、これからハッピーエンドになる物語をずっと書いていけばいいんですよ」
――ね、そうでしょう?
ユジンはジョンアの側まで行くと、念を押すようにその顔を覗き込んだ。
するとユジンを見つめ返すジョンアの瞳に見る間に涙が溢れ、それは大きな粒になって頬の上を流れ落ちた。
「もう…、ジョンアさんたら…」
ユジンは泣きだしたジョンアをそっと抱き寄せると、その背中をさすりながら自分も涙を滲ませた。
「これでキム次長と仲直り出来ますね」
それは自分の想いが立ち行かなくなっているユジンにとっても願いだった。
私の…やっと見つけた本の続き。
それは今、破かれて捨てられる寸前だ。
でも、もしもそれをどんな形でもいいから張り合わす事が出来たなら、私はきっと最後まで書き続けるだろう。
どんなに辛くても、それがハッピーエンドになるまで…