ポラリス 【3】




……眠れない。
そんな夜はこれまでいくつもあったけれど、ここ数日は今までとは違う特別な気持ちがそれを支配していた。
どうにもバランスの取れない不安定さで、もう、逃れられないという切迫感が喉まで広がり、それが今にも口を付いて出てきてしまいそうな、そんな気持ちばかりが広がる。

ユジンを助けたときはそれだけで安堵して、他の事を考える余地はなかった。
でも、今は違う。
冷静になればなるほど、僕は自分の中の矛盾にがんじがらめになり、気持ちの行き場を失った。

僕だって分かっていたのだ。
ユジンを愛する気持ちは未来永劫(えいごう)変わらないと。
そして、だからこそ僕は別れを選択した。
愛していても一緒にいる事が最良ではないという結論の元に。

だが、実際のところはどうだ。
頭の中で整然と考えていた事とは違い、僕はユジンの身に危険が迫ると、この手に抱きとめてその存在を確かめなければいられなくなった。
自分がミニョンだとかジュンサンだとかの考えはみじんもなく、ただ抱きしめてその温もりを肌で感じたかった。

これは単なるエゴじゃないか。
ユジンをあれだけ振り回したのに、僕は自分が安心するために易々(やすやす)と自分が作ったハードルを下げたのだから。
拒絶するユジンとそれを無視して押し進む自分が映像になって頭に浮かぶ。
それは嘲笑(ちょうしょう)してしまうくらい、米国にいたときには考えられない出来事だった。

それに、この先の事だってある。
もしも、ユジンが誰かの妻になって、また同じ様な危険な目にあったなら…。
僕はユジンの夫を殴ってでも、自分が先に前に出ようとするだろう。
それで、彼女の幸せを願っているなんてよく言えた物だ。
これじゃあ…倫理もなにもあったもんじゃない。

チェリンは上手いことを言っていた。
『部屋をノックした音が耳に入らないほど気持ちここに有らずって人が、どうしてそう強情を張っているのか教えてもらいたいもんだわ…』
僕がムッとしたのは、きっと彼女の言葉が的を射ていたからだろう。
だが、それを認めたくなかった僕は、もっと違う、もっと高尚(こうしょう)な理由を見つけて、とにかくどこかに気持ちを逃れさせたかった。
そうでもしないと、僕は僕の生き方を根底から(くつがえ)されてしまうような気がしたから…。

しかし……
それも、もう限界だった。
僕は今回の事で、ユジンを最後の最後には手放せないという事実を知ってしまった。
それが分かった今、僕の進む道は2つしかない。

all or nothing

皮肉にも、僕はこの場になってやっと自己を取り戻そうとしている。
目が見えるとか見えないとかそんな表面的な事じゃなく、生きているか生きていないかという命の根本の次元で選択を迫られたからだ。
ジュンサンでも、ミニョンでもない、1人の人間として僕は再び答えを探す。
それは、とても恐いことだ。

今、夜空にもしもポラリスが光り輝いているのなら、今夜だけでもそれを見たいと僕は思った。
今まで全てを見守っていてくれたポラリス。それはユジンと僕を映し出す合わせ鏡のような存在だった。