再び逢うその日 【1】




たった一週間。
それで全ては変わってしまった――

ジュンはミニョンがいなくなった病室の白い壁にもたれかかると、ズルズルと背中を床まで滑らせた。
そして、尻がペタンと床に着くと膝を抱え、低くなった視線から再び殺風景な室内をゆっくり見渡し、目を伏せた。

やはり……
ジュンはこの現状を目の当たりにしたとき、最初にそう思った。
それはあの火事の日、駆け出したミニョンの背中を呆然と見送ったときから、漠然と心の中に芽生えていた予感だった。
ユジンの名前を聞いた途端、まるで風に乗るようにフワッと体を回転させ、見えているかのように真っ直ぐマンションの入口に向かったミニョンは、その動作の一つ一つに何のためらいもみせていなかった。
それは彼が、自分の身の危険を顧みる暇もなく、ほとんど本能で動いたからに他ならない。

どんなに遠ざけようとしても、結局は核の部分でユジンを(あらが)えない。
それに気付いた彼はきっと混乱し、困惑の中に身を沈めたに違いない。
そう考えると、入院してからも私の前では特に表情の変化のなかった彼の心中が、波立っていたことぐらい容易に想像できる。
そして、その結果がこれだ。

まったく、私は何をしていたのだろう…
予感もあって、現状も分かっていたのに、手立ての一つも講じることも出来ず、こうなってしまうのをただ指をくわえて見ていたなんて。
我ながら笑ってしまうほど間抜けだった。
でも、心のどこかではこうなってしまったら、彼が自分で決着をつけなければならないんだと理解していた部分も無くはなかった。
だから、今一歩、私は踏み込むことが出来なかったのだ。

この後、彼がどういう決着の仕方をするか分からないが、その結果で私の恋も成就するか、はたまた海の泡のように消えてしまうか決まるだろう。
そう思うと、なんだかあの狂おしい愛情もなりを潜め、神の前で裁きを受ける聖者のように心静かにその時を待つ気になる。
全ては彼の御心のままに…
自分にしては相当しおらしい態度だが、これも運命だと、何だか思うのだ。

ジュンは顔を上げると、目線の上にある大きな窓から抜けるように青い空を見た。
この空の下のどこかにミニョンがいる。
それだけが今、ジュンに分かる真実だった。


僕は今まで目が見えないことを、意識しないようにしながら意識していた。
だからそのことで劣った人と見られないよう、随分気を遣ったり、必要以上に頑張ったり、今思えばかなり無理なこともした。
そうして三年もの間、仕事を完璧にこなし、明るくて快活な人付き合いをして、人生を謳歌(おうか)してると自分でも思い込み、そう演じてきたのだ。

そんな僕だから、いざ物事をこうと決めたらへまをするわけがない。
病院から抜け出すのも難なくこなし、その後の移動も特に慌てることなくスムーズに運べた僕は、思ったより早く目的地に着いた。

ここに来るのはこれで二度目になる。
以前来たときは季節が春になろうとしていた時だから、取り巻く空気も柔らかで、日差しももっと優しかった。
だが、今は真夏なので、取り巻く空気も日差しも何もかもが熱く、刺すように痛い。

その暑い中を、僕は管理人が運転するカートに乗ってやって来た。
管理人は、僕が何の連絡もなしに突然来たことに最初は驚いたようだったが、夏休みで避暑に来たと言うと快く迎え入れてくれた。

「どうぞごゆっくり…」
そう言い残して管理人が行ってしまうと、僕は潮騒が聞こえるテラスに出て海を仰いだ。
ここで僕は、ただ待つだけでいい。
三日…、多分その位でいいだろう。

僕がユジンを想い、ユジンが設計した家を建てたのは、たとえこれから先、ユジンと二度と会えなくても、僕の胸の中に住むユジンに家をあげたかったからだ。
そうして建てたユジンの家で、僕がユジンを想いながら住むことは、愛する人の心に住みたいと願った気持ちも満たしてくれた。

この家で僕は運命を待つ。
全てを得るか、それとも全てを失うか、その究極の選択が下される時を。

指先が震える…
僕はこの地に立って、やっと素の自分に戻れた気がした。
カン・ジュンサンとかイ・ミニョンとかの名前で呼ばれるラベルの領域ではなく、もっと根本の生まれ落ちたままの自分に、やっとなれた気がした。

弱くて女々しい自分。
そんな自分を認められる僕が愛しい。

それから僕は、今まで心の奥底に閉まって二度と開かないようしていた箱を取り出して、そっと鍵を差し込んだ。
すると熱い気持ちが言葉になって溢れ出る。

「ユジン…」

そう、僕はずっと声に出して言いたかった。

「愛してる…」

そして、いつだって二度と離れたくなかったんだ。