再び逢うその日 【2】
そう言えば、サンヒョクは最初から様子が変だった。
饒舌で妙に明るくて。
私が「明日には退院できる」と話をしたら、「そうかそれは良かった!じゃあ、みんなでお祝いでもするか」とあちこちの店の名前を挙げ、あそこの店は料理が美味しいとか、新しく出来たあの店は酒が高いとか、とにかく一方的に喋りまくった。
それはまるで、母親にテストの点数を聞かれるのが嫌で、学校での出来事を延々と喋る小学生のようだった。
だがこういうとき、たいがいの母親は子供のそんな心の内が読めていて、ニコニコとその話を聞きいていても、最後にテストの点数を聞くことを忘れたりしないものだ。
目の前のサンヒョクが余りにそんなふうだったので、私は全ての話を聞き終わった後、お茶を飲むその背中に尋ねてみることにした。
「何か話したくないことでもあるの?」
その瞬間、彼の背中は一瞬固まり、そしていかっていた肩はうなだれた。
それからしばらく背中を向けたままだったサンヒョクは、私から注がれる視線に耐えかねたように振り向くと、「ジュンサンが病院からいなくなったんだ…」と絞り出すように口にした。
「えっ!?」
「昨日、リ室長が行き先の心当たりがないかと僕に電話してきた。それで分かったんだ…」
サンヒョクは、驚きの表情のままの私の顔を見据えながらそう付け加えると、すぐにテーブルの上にある小さな白い花に目線を移した。
私が泣くとサンヒョクは思ったのだろう。
だから視線を外したのだ。
その彼の優しさが伝わってきて、私は本当に泣きそうになった。
でも私はジンジンとする気持ちを抱えながらも、最後までサンヒョクの前で泣かなかった。
それは私が、最後に私を抱きしめてくれたジュンサンの温もりを忘れていなかったからかもしれない。
私は病院にいる間、ずっと考えていた。
彼がどうしてあの時あんなに優しかったのかと。
私が今までいくら彼を求めても心を開こうとさえしなかったのに、あの場での彼はまるで別人のように私を探し、私を守ろうとした。
私が火事と知っていながら、最後までジュンサンの部屋を出られなかったのは、私にとってジュンサンと呼べるものが、もうあの部屋しかなかったからだ。
高校生の頃からずっと心をときめかせた相手に込める想いを、その本人ではなく、物である部屋にしか注げられないと知ったときの悲しみ。
あの部屋には愛おしさと同じ位、そんな悲しみが詰まっていた。
行き場のない私の心を受け止めてくれた唯一の場所。
それがあのマンションの彼の部屋だった。
だから、ちゃんと出来上がって私がさよならを告げるまでは、それは彼の部屋であっても私の物だ。
だから私はあの時、ジュンサンを拒絶した。
それがたとえジュンサン本人であっても、私にとってそれは他の知らない人のはずだった。
でも、あの時の彼は出逢った頃の彼に似ていた。
顔つきも、声も、そして抱きしめられた時に感じた体温も。
あれは二人がまだ高校生の頃だ。
雪が残る山中で、ジュンサンと口論になった私は、勢いのまま走り出し迷子になった。
その私を助けてくれたのがジュンサンだった。
ケンカして口もききたくなかったのに、暗闇で照らされた明かりの中に彼を見たとき、私は何のためらいもなくあの大きな胸に飛び込んだ。
それは自分の気持ちに正直になれたから。
彼を好きだという、その気持ちに。
きっと彼も同じだったと思う。
この野郎!とケンカして思っていても、私を好きだから探してくれたのだ。
そうして私にとってのポラリスに、彼はなった。
「明日迎えに来るよ。ジュンサンのことは、その後で考えよう」
サンヒョクは私が落ち着きを取り戻すと、そっと肩に手をかけて心配ないという顔をしてから部屋を出ていった。
その姿を本当にありがたく思いながら私は彼を見送った。
心の中で手を合わせ、ごめんなさいと声にならない声で言ってから。
それから私は素早く着替えると、ジュンサンと同じように病院を抜け出した。
今度は私が彼を捜す番だった。
彼が残した温もりを信じて、彼がいる場所に私は向かう。
そして彼を見つけたら大きく手を広げてぎゅっと抱きしめよう。
それから、ちゃんと声に出して言うんだ。
「あなたを愛している。だから、もう離れたくない」と。