再び逢うその日 【3】




ユジンは甲板の上で、朝一番の船が出航する時をじっと待っていた。
さっき時計を見たときは予定の時刻まで後5分だったが、それは何回見ても遅々として進まない。
でも、こうして船に乗ってさえいればいつかは向こう岸に着けるのだ。
その安堵感は、ユジンに夏の朝のすがすがしさを肌で感じる余裕さえもたらしていた。

しかし、こうしてこの場所に立つまでのユジンの気持ちは、まるで憂鬱な梅雨空のように曇っていた。
病院を抜けだしたはいいが、ジュンサンがどこにいるのか?
それを特定できる確たるものをユジンは何も持っていなかった。
だから駅にたどり着いた途端、手も足も固まり、そこから一歩も先に進めなかったのだ。

候補は沢山あった。
ありすぎるほどあった。
だからこそ、ユジンは決めかねていた。

春川は二人が初めて会ったという意味でインパクトが強い場所ではあった。
でも、その思い出の地の一つ一つに彼を据えてみても、どうもしっくりしないのだ。
そこに描かれる彼はジュンサンの暗い目を持っていた。
しかし、ユジンには彼が悲しみだけでこのような行動をとったとはどうしても思えなかった。

では一緒に仕事をして、結婚式を挙げようとしたあのスキー場はどうだろう?
ミニョンとしての彼と愛を分かち、ジュンサンの記憶が戻ってからも愛に満ちあふれたあの場所なら、彼がいてもおかしくはない。
でも、違う。
ユジンはかぶりを振った。
夏であるこの季節にスキー場を選ぶほど、彼の感性はひねくれてはいない。

じゃあ、あの海は?
まるで新婚旅行の気分で行った、あの海なら夏にぴったりだ。
きっと今なら多くの人で賑わい、エネルギーに満ちあふれているに違いない。
ああ、でもきっと、あそこでもない。
新婚旅行気分でいたのは私だけ、彼は妹だと思った私との別れの場所としてあの場所を選んだのだから。

すると、後はソウルの彼が滞在していたホテルか。
でも、もしそうならリ室長がとっくに居場所を突き止めているはずだった。
彼女が探せる範囲はきっとそんなに多くない。

そうなると…
ユジンは想いを廻らせた。
彼がたたずんでゆったりといられる場所。
そして姿を消してまでして、何かを賭けようとした彼が最後に選ぶ場所。
その何かが、もし私だったとしたら――。

考えながらぼんやりと周りを見ていたユジンは、ある一点で目を止めた。
ユジンの座っていたベンチの通りを挟んだ正面に花壇があって、そこには色とりどりの花が夏の日差しに負けないように、それぞれが背伸びするように咲いていた。
その鮮やかさがユジンの記憶を呼び覚ましたのは、それからすぐのことだった。

そういえば、あそこにも花が咲き乱れていた。
ユジンは春を待っていた花たちが、その喜びをいっせいにはじけさせた光景を目に浮かべ、その中を歩いていく自分の姿を想像した。
その想像した自分が向かう先には一軒の家がある。
その家に入ると、すぐに海が見えるテラスがあって、壁にはジグソーパズルが掛かっている。

ジグソーパズルは彼がまだ見えていた頃、好きでよくやっていたものだった。
数学が好きで緻密さを追求する彼なら、それもうなずける。
私はそれを彼らしいと思いながら、一つだけ抜けて床に落ちていたピースをはめた。
すると、二度と会えないと思っていた彼がどこからか現れ、私達は再びめぐり逢ったのだ。

そこまで思い出したとき、ユジンは群れる花たちを見つめながら微笑みを浮かべていた。
彼はそこにいる。
あの時と同じようにそこで奇跡を起こすために。
私が設計して、彼が建てたその家で私が現れるのをきっと待っている。
その結論に、ユジンは揺るぎない自信があった。
なぜもっと早く気が付かなかったのだろう。
あの場所こそ、お互いにとって(つい)棲家(すみか)である愛する人の心そのものなのだから。

ユジンは自分が行くべき場所を見つけられた喜びで走り出しそうになるのを押さえながら、空港に向かうバスの乗り場に向かった。
この時間だと今日中にあの家には着けないかもしれないが、それでも少しでも早く彼の側に行きたい。
そうしてユジンは、待っているだろう彼を早く安心させたかった。

「ジュンサン」と呼んだら彼は振り向いてくれるだろうか。
ユジンの頭には、逢えない不安はまったくと言っていいほどなかった。
あるのは、あの海が見えるテラスで一人静かに彼が待っている姿だけ。
それだけが、まるで予言のようにユジンの脳裏に浮かんでは消えていた。