運命の輪 【3】




ジョンアは打ち合わせの席で、目の前の男性の長話に飽き飽きしながらも、なんとか仕事の発注をしてもらおうと笑みを絶やさず、話の合間合間に適度な相づちをうっていた。
ここが辛抱のしどころだ。
もう一押しで、なんとか仕事をもらえそうなのが長年の経験から分かっているジョンアは、相手の話の腰を折らないようにしながら、いろいろなプランを示していく。

「こんな感じも、いいですよ、白い壁は爽やかですし」
「こちらはシックにまとめてあります。落ち着いたトーンで色あわせをすると、格調高い感じになりますから」
持ってきたインテリア雑誌をパラパラとめくりながら、ジョンアの声は快調だ。

「こちらは最新号の雑誌です。これの、このページの家のインテリアの感じはどうでしょう?私はお客様のイメージにぴったりだと思うのですが?」
「そうですねぇ…」
声のトーンからすると、相手は今一歩乗り気ではないらしい。

「それでは、こちらはどうでしょう?」
ジョンアは次のページをめくると、とにかく、にっこり微笑んだ。
もう、こうなったらどれでもいい。
数打ちゃ当たるだろう。

「これは、いくらなんでも無理でしょう。こんな豪華にする予算は無いですよ…」
その声で、ジョンアは初めてそのページにある建物に目をやった。
瞬間、あれ?っと思った。
どこかで同じような建物を見たことが、以前あったような気がしたのだ。
次のページをめくると、更にその気持ちが強くなる。
だが、今はお客様の前、ジョンアは頭の中で考えつつも、更なる笑顔を作って次の物件へとページをめくっていた。


ユジンはサンヒョクと別れた後にポラリスに来ていた。
3年ぶりの仕事となると、やはりそれなりに準備はいる。
それに、机に向かいながら、こうしていると、それはそれで家にいるよりはずっと気持ちが落ち着いた。

仕事が自分を支えてくれるなんて…
ユジンは、ジュンサンをミニョンさんと呼んでいた頃の、彼の仕事ぶりを振り返って思った。
彼は仕事に対しては鬼だったっと。

相手の小さなミスを許さない代わりに、自分も常に向上心を失わず、最善が何であるか瞬時に判断して、それを行動に移していた。
最初は、時々、大胆にグイッと相手の懐に踏み込むような、そんな彼を苦々しく思っていた事もあった。
でも、それも心を開いて見れば、何のことはない。
良い仕事をしたいという彼の気持ちがそうさせていたんだ。

相手を理解できなければ、ちゃんとした仕事は出来ませんよ…

今は素直にそう言った彼の言葉に頷ける。
私もそうありたいと思うから…、彼に見せても恥ずかしくない仕事がしたい。

ユジンはイ・ミニョンと仕事出来た事、そう巡り合わせてくれた運命に感謝した。

「ユジン、此処にいたんだ」
と、そこへ、階段を下りる足音と共にジョンアのちょっと焦り気味の声が響いた。

「久しぶりの仕事だし、家に帰る前に準備をしておこうと思って…」
ユジンはジョンアの声で現実に引き戻されると、慌てて忙しそうなふりをした。

「それはいいから、これを見て」
ジョンアはユジンの返事もお構いなしに、素早く雑誌を開いて差し出した。

「ねえ、これ、昔、貴方が設計した不可能な家よね?」
ユジンはジョンアの声を聞きながら、差し出されたページを凝視した。
その顔色がみるみる変わっていく。

「ここまでそっくりなんて、アイディアを盗られたのかな?」
これは盗られたなんてレベルじゃない。
ユジンの身体に電流が走る。

「誰かに見せたの?」

見せた?
見せただけじゃない、私は模型まで渡したのだ。
それに、あの不可能な家をここまで忠実に形に出来るのは…

「ジョンアさん、この建物がどこにあるか分かるかな?」
ユジンは自分でも知らない間に、ジョンアにそう尋ねていた。

「あ、うん、出版社に問い合わせれば、住所は分かると思う、で、どうするの?」
どうする?と聞かれてユジンはやっと顔を上げた。

「盗作されたとなると、問題よね。ユジン、あの時の設計図は持ってる?あれば証拠はあるわけだし、どこに出ても大丈夫だと思うけど」
「ジョンアさん、似てるけど、まだはっきり盗作とは…、ちゃんと見てみないと…」
「じゃあ、やっぱり見に行くのね。うん、そうした方が確実だもの、明日、仕事休んでいいから行ってらっしゃいよ」
「えっ?」
ジョンアは頷いたままユジンの返事を待っていた。

「あ、じゃあ…、そうします」

ユジンはジョンアに背中を押される形で、そう返事をした。
これは仕事なんだ。
ユジンはそう思い込んだ。
そうすれば、理由が見つかる。

そう決めると、なんだか妙な気持ちがした。
家に会いに行くぐらいなら、いいよね…
米国にいる彼が韓国に建てたであろう家。
それは不可能を可能にした、私の夢でもあった。