明日からはじめよう |
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− File6でネクタイピンを潤ちゃんに渡すと、 エピローグで潤ちゃんから「ネクタイピンの御礼にピアノを聴いて欲しい」という展開になります。 その続きを私なりに解釈してみた作品です。 多少強引なところもありますが、その辺は妄想の範疇ということで許してください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「もし・・・聴いて、下さるなら・・・ピアノ・・・」 「あ・・・ そうか、聴けなかったし・・・」 「いいですか?」 「うん、もちろん」 ・ ・ ・ ・ 預けていたネクタイピンを返してもらった時の潤ちゃんとの約束、 それを果すために俺は新遠羽港のイベント会場を訪れた。 残念ながらイベント当日の演奏は船の上の中継の音でしか聴くことが出来なかったため、 ネクタイピンを預かっていてもらった御礼も兼ね、改めて潤ちゃんのピアノを聴く約束をしたのである。 本来、個人レベルでホールを貸し切っての演奏会など出来るものではないのだが、 そこはコンティニュー会長・ミセス・サンディの好意もあり、 潤ちゃんの晴れ舞台をもう一度整えてくれたのだという。 あの忌まわしい事件から数日。 正直、俺の心の中は晴れていなかった。 しかし俺だけの為にセッティングされた演奏会を無下に断るのも失礼だ。 「・・・約束だからな」 何より、明日には日本を発ってしまう潤ちゃんとの約束なのだから。 数日前の雑踏は幻であったかのように静まり返ったエントランスを通り、 俺は演奏会の会場であるホールへと足を踏み入れた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 照明も照らされていない静まり返った広いホール。 エントランスと同様、こちらも数日前の出来事が嘘のように静寂に包まれていた。 (こんなに広かったのか) と、率直な感想を心の中で呟きつつ、ホール前方の舞台に目を移す。 舞台の真ん中では館内唯一のスポットライトが照らされ、 そこには赤いドレスを着た女性が一人こちらを向いて立っていた。 「・・・真神さん?」 まだ俺から声を掛けていないのに彼女は俺の名を呼んだ。 耳が鋭い彼女は俺がホールに入った音が耳に入ったのだろう。 「うん。」 俺は返事をしながら舞台に向かって歩いていく。 と、舞台に近付くにつれていつもと違う光景に違和感を覚えた。 一瞬疑問符が頭の中に浮かんだが、その正体はすぐに分かった。 いつも隣にいる浩司さんの姿が見えないのだ。 「あれ、浩司さんは?」 「兄さんには席を外して貰いました。 招待したのは真神さんだけですから・・・。」 それを聞いてまず心配そうな顔をする浩司さんが思い浮かんだが、 「真神君が一緒なら」と潤ちゃんの熱意に折れて渋々了解したんだろうと思った。 これは責任重大な役を引き受けてしまったぞと思いつつ、 その言葉は正直嬉しくて恥ずかしかったりする。 どうやら潤ちゃんも恥ずかしかったらしく顔を赤らめてしまい、 すぐに御互いの間を沈黙が支配してしまった。 「・・・」 「・・・」 沈黙が続く。 「・・・」 「・・・」 更に沈黙が続く。 このままではマズい、と思った矢先、 「で、では、早速弾きますね」 身振り手振りで照れ隠しっぽい仕草を振りまきながら潤ちゃんが先に口を開いた。 「そ、そうだね」 俺も照れ隠しに頭を掻きながら、 潤ちゃんが良く見える超一等のアリーナ席へと着席した。 そして、一瞬にしてホールの空気は厳粛な空気へと変わり 潤ちゃんは静かに流れるように美しいピアノの音を奏ではじめた。 ・ ・ ・ ・ 「これは・・・」 「はい、あのオルゴールの曲です」 「『明日からはじめよう』だっけ?」 潤ちゃんは優雅に鍵盤を叩きながらコクンと頷く。 確かコンサート当日は違う曲を弾いていたはずだったので俺は少し面を食らったのだが、 改めて聴いて見ると、単純な旋律だけど心に響く、そんな不思議な曲で ピアノを弾く潤ちゃんの美しさと相まって、俺は自然にその演奏へと陶酔していった。 ・ ・ ・ ・ 演奏が終わった。 俺は心からの拍手を盛大に贈ってあげた。 本当に素晴らしい演奏だったから。 「真神さん、聴いてくださって有難う御座いました」 立ち上がった潤ちゃんは深々とお辞儀をしてから俺の方に向かってきた。 が、バランスを崩して倒れそうになったので急いで舞台へ駆け登りその華奢な身体を支えてあげた。 「大丈夫?」 「はい・・・大丈夫です」 しかし潤ちゃんの表情は冴えない。 「どうしたの?どこか打ったの?」 「いえ・・・」 潤ちゃんの表情は更に暗くなる。 そして消え入るような儚い声で心の内を打ち明け始めた。 「・・・私、いつも迷惑掛けてばかりですね。 本当は一人で何でもできるようになりたいんです。」 「潤ちゃんそれは・・・」 「いえ、目が見えないことに甘えてはいけないんです。 私が今日この曲を演奏したのは・・・自分の甘えを無くす決意を込めるため 明日から周りに心配を掛けずに生きていく努力をする、そんな気持ちを伝えたかったから」 「・・・」 「ありがとう、真神さん。 目は相変わらず見えないけど、これで躊躇せず前に足を踏み出すことが出来ます。 でも、もう真神さんに助けられてしまいましたね。」 そう言って潤ちゃんは小さく舌を出して照れ笑いをみせた。 そんな仕草を見て、俺と出会った頃に比べると表情が豊かになっていることに気が付いた。 一つ一つの喜怒哀楽の表現も周りに心配を掛けないようにするための、 潤ちゃんなりの前を向いて生きていく決意の表れなんだと思う。 俺は理解した、潤ちゃんがこの曲を選んだ真意を。 自分が心配を掛けずに生きていく決意を込めるだけでなく、 涼雪や森川のことが頭から離れず、いつまでもクヨクヨしてしまっていた俺に対し 同じように前を向いて生きていけるように、そんな想いが込められていたんだと。 「いや、俺こそ有難う。 色々な事件があって俺が落ち込んでしまっているから、 いつまでも後を振り返ってばかりいないで前向きに歩いていこう それを俺に伝える為にこの曲を選んだんだね。」 潤ちゃんは顔を赤くしながら小さく頷いた。 「そんなに落ち込んでいたかな、俺」 「迷いがある、そんな感じでしょうか。 事件の全てを聞いた訳ではないのですが、 色々な事があって真神さんの心が深く傷ついていることは知っていました。」 「そうか・・・」 「多分、そういう曲だと思うんです。 『明日からはじめよう』って。 哀しみや苦しみがあってどうしょうもないときでも、 明日から前向きに生きて行こう、って思う為に聴く曲なのではないでしょうか。」 木原剛三が潤ちゃんに残した遺産。 音を見ている潤ちゃんだからこそ、剛三は音で気持ちを伝えようとした。 そして俺を励ます為にその音を聴かせてくれた。 オルゴールを直したときに言った「素敵な遺産ね」という成美さんの言葉、その意味がよく分かる。 俺にとっては何よりも嬉しく、そして何よりも潤ちゃんの気持ちが伝わるものだった。 と、関心していると、 潤ちゃんは一転表情を強張らせてしまった。 「でも、それは、本当は建前のようなもので、 その・・・」 「?」 「本当は、その、いつか、真神さんと一緒に歩ける存在になれればいいな、って思って、その・・・」 続いて潤ちゃんは更に顔を真っ赤にして視線を逸らしてしまった。 鈍い俺ではあるがその意味は理解できた。 この曲は潤ちゃんなりの告白も含まれていたのだ。 一見控えめだけど曲に乗せることで説得力が強まった告白、 それは常に「自分」を持っている潤ちゃんらしい告白だと思う。 顔を赤らめ視線を逸らして俺の返事を待つ姿を可愛いと感じながら 俺は潤ちゃんの頭にポンと手を乗せた。 「それだと『明日からはじめよう』じゃ駄目だよ」 「えっ?」 「『今日からはじめよう』、だろ」 「・・・はい!」 これで涼雪や森川に対する想いが全て吹っ切れる、と言ったらウソになる。 だけど、この曲を選んだ潤ちゃんの気持ちは本当に嬉しいし、 この曲を聴いて自分が前向きに歩いて行く決心がついたのは事実。 俺が選ぶのが潤ちゃんなら、涼雪や森川も快く送り出してくれることだろう。 「今度日本に戻ってくるときには、潤ちゃんを迎えるに相応しい男になってるから」 「私も・・・真神さんと一緒に歩くのに相応しい女性になります」 俺と潤ちゃんは笑顔で向き合い、 そして俺は潤ちゃんの手を握り、潤ちゃんはその手を強く握り返した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「おかえり〜」 御隠居の家に戻るや否や、上機嫌の成美さんが俺を出迎えた。 「恭介、我ながら良い弟を持ったものだと思ったよ。」 「?」 「『明日からはじめよう』じゃなくて『今日からはじめよう』」 「な、なんでそれを!?」 「ははん、お姉さんには何でもお見通しよ。」 何故成美さんがその言葉を知っているのか、 不意を突かれ狼狽しているところに潤ちゃんが入ってきた。 「あ、あの、私のハンディレコーダー知りませんか?」 「あ・・・ああ!!」 潤ちゃんは会話の記録をハンディレコーダーに取る習慣がある。 普通に考えれば先程の会話も当然録音されている訳で、 それをここに置き忘れて成美さんが聞いてしまったということだろう。 折角日本へ戻ってきたのに船の上で宿泊するのは辛かろうと 船が出発するまでの数日間、御隠居の家に浩司さんと潤ちゃんを泊めていたことが災いした。 「成美さん!勝手に聞くなんて悪いじゃないですか!」 「なによ、弟がいたいけな少女を2人っきりなのをいいことに毒牙にかけてないか 心配だったから確かめたんじゃない。」 「そ、そんなことしませんよ!」 焦る俺を尻目に成美さんは潤ちゃんの元へ行きハンディレコーダーを手渡した。 「ごめんね、勝手に聞いちゃって。 でも、オメデトウ。私の弟をよろしくね。」 「はい」 成美さんがにっこり笑うと潤ちゃんも頬を赤く染めながらにっこり笑い返した。 それは目が見えないのが嘘だと思うくらい、自然なやり取りだった。 「将来は私が義姉さんになるのよね」 「な、成美さん!!」 「ふふふ」 『義姉さん』という言葉で更に焦る俺の横で潤ちゃんが笑っていた。 潤ちゃんの笑顔は、今まで見た中で一番素敵な笑顔だった。 |
コメント(言い訳) |
どうも、Zac.です。 初めてMISSINGPARTSで小説を書いてみました。 私の推奨する「恭介×潤」のノーマルカップリングものです。 冒頭で述べましたがこのエピソードはネクタイピンを潤ちゃんに渡したケースとリンクしています。 事件後、潤ちゃんが日本を発つ一日前に恭介の為だけに用意された約束の演奏会。 自分の演奏で恭介を励ましつつちゃっかり愛の告白までしてしまう積極的な潤ちゃん。 まあ、こんなシチュエーションで堕ちない男はいないと思います。 相手も潤ちゃんですし。 愛の告白は自分を持っているしっかり者の潤ちゃんからの方が似合うと思うんです。 恭介からというのはちょっと考えられません。 この「音楽」で想いを伝えるという話は一度書いてみたかったんですよね。 上手い具合にMISSINGPARTSで潤ちゃんに会うことができまして、 きっちり妄想することができましたので個人的には満足している作品です。 とは言え、文章の方は結構大変でした。 今回は恭介視点で書いてみたのですが 今までEVEの小説ばかり書いていたので小次郎とシンクロしそうになるんですよね。 恭ちゃんっぽくないぞ!と感じる表現もあるかもしれませんがお許しを。 イメージが違って読み辛いかもしれません。 |