今宵、最愛の彼方に我を捧ぐ



 「真神さん、お風呂を借りてもいいですか?」

適当な世間話で小一時間潰し、雰囲気が少しまったりしたタイミングで唐突に言われた。

 「そ、そうだね。
  うちはユニットバスだから入り難いと思うけど。」

 「ユニットバス?」

そっか、こんな庶民的な設備を知っている筈が無い。

 「ああ、風呂桶と洗面所とトイレが一緒になってるのがユニットバス。
  便利なんだけどゆっくり身体を洗えないのが難点なんだ。」

 「真神さんの家には便利な設備があるんですね。」

 「ま、まあ、便利と言うかなんと言うか・・・
  とにかく入ってみれば分かるよ。」

その後、俺が使っている寝間着などを渡し、
潤ちゃんにユニットバスの使いかたやバス用品の場所など一通りの説明をして部屋に戻ってきた。

『入浴』・・・それは一日の汗を流す行為。
その行動は当然のことであり極自然な発言だ。

そう、至って自然な発言なのだが・・・

 「な、なにを意識してるんだ、俺は・・・」

顔を平手で二度叩き、浮つきそうな気持ちに喝を入れる。
入浴なんて当たり前であり、それは俺だってすることだ。
いくら泊まると言ったって、いきなりそんな潤ちゃんを不安にさせるようなことは出来ないのだから。

 「まいったなあ・・・」

明らかにいつもと違う自分に戸惑いを覚えて頭を掻く。

そもそも何で潤ちゃんがうちに泊まることになったのか。
全てはデート中にかかってきた一本の電話から始まった。


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 「真神君、今日は潤を泊めてあげてくれないか。」

 「はい、わかり・・・って、え!!」

 「はは、いきなり言われても驚いてしまうかな。
  今日は私が家に帰れそうにないからね、
  真神君さえ良ければ御願いしたいんだけど。」

 「そ、そりゃ俺は構わないんですけど・・・」

 「もう真神君と潤は私も認める仲なんだから。
  私も潤が真神君と一緒なら安心できるし。
  それに、あんまり待たせてしまうと潤が不安になるぞ。」

 「いや、そんな・・・
  わかりました、今晩は潤ちゃんを御預かりします。」

 「そんな硬くならずに。
  潤の彼氏として当たり前のことをしてくれればいいんだよ。」

 「は、はあ・・・」

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まさか浩司さんから『泊めてくれ』と言うとは思わなかった。
例え仕事が沢山あったとしても、家に持ち帰って片付けるということをするからだ。
それが今日に限って潤ちゃんを任せるなんて・・・。

お茶を飲もうとテーブルの上に置いてあるコップを取ったが
中身がないことに気が付きペットボトルから注ぎ足した。

 「彼氏として当たり前のことって・・・まいったなあ・・・」

そう無意識に呟いて冷たいお茶を一気に喉に流し込む。
夕食に喉が渇くような物は食べていない筈なんだけど喉が渇いてしまう。
動揺と緊張ですぐに身体が水分を欲してしまうようだ。

 ザーーーーーー

ユニットバスからはシャワーの音が聞こえてくる。
この音が止んだ時、真神恭介が男として試される初めての試練が始まるのだ。

 (そりゃ勿論興味が無いわけじゃないんだけど)

 ザーーーーーー

 (初日からいきなりってのは流石にマズいと思うし)

 ザーーーーーー

 (そもそも潤ちゃんにそっち方面の『知識』が無いんじゃないか)

 ザーーーーーー

 (でも奈々子とかから聞いてて実は知っているとか)

 ザーーーーーー

 (ああ、もう、どうすればいいんだよ!)

 ・・・・・・・

シャワーの音が止まった。
それを合図に胸の鼓動が早まる。
もはや自分の身体とは思えないくらいの暴れっぷりだった。

その後、しばらくゴソゴソと音が聞こえてきたのだが、

 「あの、真神さん・・・」

と、突然ユニットバスの扉を開けて潤ちゃんが声を掛けてきた。

 「な、なに?」

視線をそちらに向けないようにしながら答える。

 「あの、これは何でしょう?」

『これ』と言われたからにはそちらを向いて確かめない訳にはいかず
勇気を出して潤ちゃんが顔を出している方向を見る。

幸か不幸か潤ちゃんは顔を出しているだけで身体はユニットバス側に隠れていた。
だが、その手にはあろうことか俺のトランクスが握られていた。

 「あ」

その、なんだ、下着を用意してないと思ったんだけど
当然ながら女性用の下着が家にあるはずもなく
無いよりはマシだろうと已む無く自分のトランクスを用意したのである。

 「し、下着だよ・・・男物だけど。
  急だったから潤ちゃん用意してないと思って。
  でも俺の家に女性の下着って無いから仕方なく・・・」

 「・・・」

 「大丈夫!ちゃんと洗ってあるから!!」

直後、焦って変な事を言ってしまったと後悔したが、
その答えを聞き潤ちゃんはニコリと笑ってからユニットバスの中へ消えた。

これで納得したのだろうか・・・。

後悔するとすれば、まっさらなトランクスが一枚も無かったことだ。
そりゃ洗ってあるけど・・・潤ちゃんには可愛そうなことをしてしまった。

いや、むしろそのまま家に帰ってしまい、
洗濯する時に浩司さんに見つかったらどうなるんだろう。

 『真神君には男性物の下着を履かせる趣味があるのか。』

なんて勘違いされたらどうしよう。
考えるだけでゾッとする。

気持ちを落ち着かせる為、再びお茶を手に取る。
この部屋に来てからこれで何杯目だろうか。
胃を振ればタプタプと音を立てそうなほどの水分を摂取しているが
喉は容赦なく水分を求めているので仕方がない。
そんなアンバランスな要求に半ば自棄になって応えるよう一気にお茶を流し込んだ。

 ガラリ

 「気持ちよかったです。」

ユニットバスの扉が開き潤ちゃんが出てきた。
俺が貸した寝間着はやっぱり潤ちゃんには大きかったようで、
ピアノを優雅に奏でる綺麗な指は袖口に隠れてしまっているし
俺の歩幅に合わせようと一生懸命に踏みしめる足はズボンの裾に全て覆われてしまっている。

 (か、かわいい・・・)

服を『着ている』というよりは『着られている』と言った方が正しいような気がするが
男物の服を女性が身に付けるというシチュエーションがこんなにドキドキするものだとは思わなかった。

 「・・・」

そして、初めて見る湯上りの潤ちゃんは凄く艶やかだった。
今まで哲平など男の湯上りの姿を拝見したことはあるが雲泥の差である。
男物を服を着ているシチュエーションだけで理性を保つのが大変なのに
髪を濡らしたまま顔をほのかに上気させている女性ならではの魅力を見せつけられると
俺の理性はどうにかなってしまいそうだった。

 「真神さん?」

 「あ、ああ、ゴメンゴメン。
  やっぱり寝間着のサイズが大きかったと思って。」

固まっていた思考回路がようやく動き出した。
危ない危ない。
視界を奪われている潤ちゃんにはしっかり声や音で答えてあげないといけない。

潤ちゃんの境遇を冷静に考えると心は少し落ち着いた。
焦ってる場合ではない。
俺がきっちりエスコートしなければいけないんだから。

 「あの・・・子供っぽいでしょうか」

 「いや、男物なんだから仕方ないよ。
  袖と裾を折ってあげるから。」

そう言って潤ちゃんに近付いた。
が、目の前に立った瞬間、先程取り戻した心の落ち着きは一瞬にして無くなった。
時間にして10秒もなかっただろう。
漂ってくるシャンプーと石鹸の香りに脳がクラリときたのだ。

 「じ、じゃあ、袖から畳むから。」

 「はい。」

大人しく立っている潤ちゃんの右手を取り、袖口を丁寧に折っていく。
平静を保つよう自分に言い聞かせながらも、呼吸のたびに吸い込んでしまう潤ちゃんの香り。
シャンプーも石鹸もいつも自分が使っている安物なんだけど
潤ちゃんが使うとそれだけで高貴な物に思えてしまう。

続いて左手を取り同じように袖口を丁寧に畳む。
一つ折り返すごとに、優しく時には激しく鍵盤の上を躍る綺麗な手が姿を晒していく。
そんな魔法の手に魅入られそうになるのを辛うじて堪えた。

 「ご、ごめんね、こんな服しかなくて。」

 「いえ、急でしたから。
  今度はちゃんと持ってきます。」

 「いや、持ってくるっていうのは、その・・・」

持ってくるということは泊まることが前提になる訳で・・・。
そう軽くツッコミを入れた途端、潤ちゃんは上気した顔を更に紅くしてしまった。

 「よし、これで袖はオッケー。」

両袖を畳み終えたので今度は裾を折ろうとしゃがみ込む。
袖と同じように裾を丁寧に折りながら、
潤ちゃんには無理のあるズボンを見て申し訳ないと思った。
そして服の大きさ、いや、潤ちゃんの華奢さを実感した。

 「袖と裾は調整したけどサイズが大きいのは変わらないから違和感があるよね。
  ・・・やっぱり男物の服って無理があったかな。」

 「大丈夫です。
  それより、男の人の下着ってゆったりしてるんですね。」

初めて履くトランクスの感想を突然述べる潤ちゃん。
その話題はできれば永遠にスルーして欲しかったのに。

 「そ、そりゃサイズが違うから。」

 「私、嬉しかったんですよ。
  女性用の下着なんて出されたら疑ってしまいます。」

 「あ」

だからあの時に笑顔を見せたのか。
そもそも潤ちゃんが男物の下着を喜ぶとは思えないしな。
今までに女性に縁の無かった自分・・・というと少し寂しい気もするが
こうやって今目の前にいる最愛の人を喜ばすことができたのであれば良しとしよう。

 「はい、終わったよ。」

両裾も潤ちゃんサイズまで折り畳んで立ち上がった。
 「ありがとうございます。」

御礼を返したものの、その声にはいつもの覇気が感じられなかった。
しゃがんでいたので分からなかったが、潤ちゃんは少し考え込んでいるような表情になっている。
何かマズいことでもしたのかと今までの行動を振り返るが思い当たる節は無い。

そう俺が不思議に思っていたところ、

 「あの、真神さん。
  一つ御願いがあるんです。」

と言って俺に真剣な眼差しを向けた。
そして、潤ちゃんは少し背伸びをして俺の目の前に顔を持ってくる。

 「お、御願い?」

 「そうです。
  あの、ちょっと恥かしいんですけど・・・」

恥かしい!?
恥かしいことって・・・えっと、まさかそういうことじゃないよな。
だって、潤ちゃん目見えないし俺の顔が何処にあるのかも分からないし
顔を近づけたのは偶然だろう偶然・・・いや、声の位置で分かる事は分かるのか。
でもいきなり自分の唇を差し出すなんて事はない、絶対無い。
あれ?御願いってことは求めている訳であり自分からすることが無いというだけで
実は「してください」ってことなのかもしれない。

 ドキドキドキドキ

 「な、なにかな・・・」

 「あの・・・真神さんの・・・」

真神さんの・・・何だ?何を求めてるんだ??
『初めてをください』だとなんか違うような気もするし、
事実とは言え流石にそれは少し寂しい。
というか、そんなことを女の子から言われたら男の恥じゃないか。
いや、潤ちゃんはそんなこと絶対に言わない、言う筈がない。

でもまてよ。
奈々子や成美さんから変なこと吹き込まれてるかもしれない。
詳しい事を知らない潤ちゃんは奈々子や成美さんにいいように情報操作されて・・・。

 「お、俺に出来ることなら・・・」

2人だけの部屋、見つめあう視線、すぐに手が届く距離、この状況で何を言われるのか。
それでも少しだけ期待してる自分がいるというのが情けない。
更に、例え本当に吹き込まれたとしても潤ちゃんをそんな目で見てしまうのはもっと情けない。

 「真神さんの・・・」

 「真神さんの?」

もう時間が凍りついたようだった。
妄想・想像・期待・不安、そんなものがグルグル渦巻くような感じ。
出口の無い迷路に入り込んでしまったら、もしかするとこんな感覚になるのだろうか・・・。

 「・・・」

 「・・・」

沈黙だけが支配する。
この間、どのくらいの時間だったのかまったく分からない。
分からないが、潤ちゃんは意を決した表情に変わりようやく言葉を紡ぎ出したことで沈黙が破られた。

 「真神さんの肩を揉ませてください。」

 「え?」

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 「ああ、気持ちいい」

俺は潤ちゃんに肩を揉まれていた。
数分前のうろたえようからは想像できないほどくつろいでいる。
少しだけ良からぬ事を期待していた自分を『情けない』と冷静に分析できるほどの余裕がある。

 「兄さんにもよくしてあげるんですよ。
  これなら目が見えなくても出来ますから。」

 「だから揉むの上手いんだね。
  哲平にやらせるより全然良いよ。」

潤ちゃんの肩揉みはお世辞抜きで上手い。
力は無いがツボはしっかり心得ている、そんな揉み方だった。
蓄積された肉体的疲労が一気に解放される。

 モミモミモミモミ

 「気持ち良いところがあったら言ってください。」

いや、全部気持ちいい。
好きなだけ揉んでくださいという心境だ。
だけど予想以上に重労働な肩揉みを女の子にあまりやらせたくはない。

 「疲れたら止めてもいいよ。」

 「大丈夫です。
  私、こんなことしかできませんから。」

 「・・・」

『こんなことしかできませんから』
時々潤ちゃんは自分の価値が低いと言うような発言をする。
俺にとっては傍にいてくれるだけで十分なんだけどな。
ここははっきり言っておいた方がいいだろう。

 「潤ちゃん、もういいよ。」

 「えっ?でもまだそんなに・・・」

少し表情が寂しそうになる。
潤ちゃん自身が思っている自分の存在価値を見出せる役割を
簡単に拒否されてしまったのだから無理もないだろう。

 「いいの。
  今日は潤ちゃんに色々してもらうから。

  そう、できることは肩揉みだけじゃないんだよ。」

 「私にできること・・・」

 「そう。
  じゃあまずは・・・膝枕してくれるかな。」

 「はい!」

元気良く返事をすると、その場にちょこんと正座をして膝元をパンパンとはたいた。
そしてコホンと一つ咳払いを見せた後、

 「ど、どうぞ。」

と、少し緊張した面持ちで膝枕の準備が出来た事を告げる。
その躍動感のある一連の動きが本当に可愛いと思った。

でも、潤ちゃんがすんなり膝枕を了承してくれたことにはビックリした。
それよりも自然に『膝枕して』と言えた自分に一番ビックリしているけど・・・

 「ありがとう。」

そう言って俺は潤ちゃんの膝へ頭を預ける。
見上げてみるとそこには瞳を潤ませた潤ちゃんの笑顔があった。
瞬間、頬に落ちてくる一滴の雫。

それは春の陽だまりの様な暖かさだった。


 

コメント(言い訳)
どうも、Zac.です。
ちと1ヶ月ぐらい自分のテキストを書く脳味噌になっておりませんで間が開いてしまいました。
原因は特徴的なテキストで物語を綴っているゲームをやってたからだと思います。

今回の話は要するに「初めてのお泊まり」ですね。
恭介の家に初めて泊まる潤ちゃん、2人の仲に進展は!?という話ですが、
構成としてはちょっと弱いかなあという気がします。
そっちの展開に期待してしまった人には大変申し訳御座いません。
そもそも18禁物を書けないのでご了承を。

しかしまあ、恭介がまったくもって開発されてないことになってしまっています。
書いた自分が言うのもなんですがうろたえ過ぎ。
今日日こんなやつはいないだろうと読み返してみて自分でツッコミ入れてしまいました。
潤ちゃんの方が落ち着いてるぞ。

20過ぎたいい大人をあまりにも情けない姿で書いてしまいましたが
私の脳内ではこんな感じなんですよね、恭介。
恋愛に奥手=経験が浅い(無い)だろうなあと。
恭介の経験値に関しては皆さん夫々イメージが違うと思いますので
「そりゃねえだろ」と思われても仕方ありません。

でも潤ちゃんの男物の寝間着姿にドキドキするのは激しく同意。
文章から恭介が着衣プレイに目覚めそうな雰囲気が漂ってきますが
私の素性を知ってる人からは「お前の趣味だろ!」というツッコミが来るに違いありません。
誰か描いてくれないかなあ、男物寝間着の潤ちゃん。(←他力本願)

しかし、もしベットインしてゴニョゴニョという展開になっていたら
自分のトランクスを履いている女性の相手をするってかなり間抜けですな。
勝負パンツどころの話じゃありません。
それはそれで良いと言う人もいるかもしれませんけど、
潤ちゃんには可愛らしいパンツ履いて欲しいなあと私は思います。(←バカ)

読み返してみると色々と内容が恥かしくて赤面してしまいました。
というか、タイトル負けしてますね今回の話(笑)