君に捧ぐ救いの詞 |
「正義」って何だろう。 小さい頃に観た子供向けの特撮番組では『正義の味方』と『悪の組織』が戦っていた。 『悪の組織』は人々を連れ去ったり苦しめたり迷惑を掛けたり、それはもう自分には嫌なことばかり。 今考えるとバカバカしいけど、正直に言うと当時はそれが怖くてたまらなかった。 でも、『正義の味方』がそれを助けてくれる、自分の嫌なことをする人間を懲らしめてくれる、 だから正義の味方は文字通り「正義」なのだと思った。 そして悪の組織は文字通り「悪」なのだとも。 私の大切な人が殺された。 子供向け特撮番組風に表現すると懲らしめられたと言うのだろうか。 でも、その大切な人は悪だった訳ではない。 正義かと言われると正直答えに困るけど、少なくとも悪には縁の遠い不器用だけど真っ直ぐな人だったと思う。 決して懲らしめられるべき存在ではなかったはずだ。 それなのに殺人者の都合で理不尽に殺されてしまった。 私の大切な人を殺した奴は「悪」だ。 人を殺めその家族を悲しみのどん底へと突き落とす。 怨んだ、憎んだ、殺してやりたいとさえ思った。 仏壇の前で泣き崩れる母親の背中を目の当たりにして「復讐」の二文字さえ頭をよぎった。 「悪」は「正義」によって罰せられるべき。 それは子供向け番組のように当然の如く下されるものだと思っていた。 でも、そいつはもうこの世にいなかった。 簡潔に言うと口封じのため同朋に殺されていた。 それだけ聞くと悪い人間同士の単なる仲間割れのように思える。 私も最初はそう思い、自然に「いい気味だ」と呟いていた。 でも、事件の真相を知ったとき、心の中は憎しみと同情が渦巻く複雑な心境に変わってしまった。 そいつは己が持つ「正義」を貫いてこの世を去っていたから・・・。 貫いた「正義」は本当に純粋なものだった。 組織の中に蔓延るキャリアとノンキャリアの格差、ただそれを何とかしようとしていただけだった。 自分の大好きな上司が、現場で動いている人間が、何をしても報われないという組織の構図を変えてやろうと、 その為にどんなことをしてでも組織の上に立ってやろうと、そんな自分の信じる「正義」を貫いていただけ。 ただ、目の前で起こる誰が見ても釈然としない現状を何とかしたいだけだったのだ。 己の「正義」の為なら人を殺めてよいのか? 例えどんな理由でも「人を殺す」のは許されることではない。 そいつの心の中にある「正義」なのだとしても、私の大切な人を殺めたことについて許すつもりはない。 死という結末を迎えたということは、殺人者として当然の報いなのだと思う。 それならやっぱり「悪」なのだろうか? 子供向け番組の悪の組織は悪行三昧を尽くしていた。 そして正義の味方は悪行からみんなを守るために戦った。 子供の私にはその姿が「正義」だと思っていた。 でも・・・これは単に悪の組織は正義の味方の「正義」と相容れないから「悪」とされていただけなのではないだろうか。 悪の組織にも自分達の「正義」があり、正義の味方の考える「正義」と異なるだけ。 だから正義の味方は自分の「正義」を貫くために戦った。 悪の組織もまた自分の「正義」を貫くために戦った。 もしかすると私は正義の味方の「正義」が全てだと思い込まされていただけなのかもしれない。 悪の組織の「正義」について考えることもせずに。 全ての真相を聞いたときどうしようもなく悲しくなった。 その人の貫いた「正義」を真っ向から受け止めようとすると切なくなった。 あれだけ支配していた怨みも憎しみも殺してやりたいという気持ちが薄れるくらいに。 逆に真相を聞かなければよかったと後悔したくらい。 憎しみや悲しみを背負っている方がまだ楽なのかもしれない。 何故なら、そいつの「正義」に親近感が沸いてしまったのだ。 不器用だけど真っ直ぐなその想い。 その不器用さがあまりにも親父に似ていたから・・・。 だから、そいつと一度直に向き合ってみたくなった。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「おっさん、煙草くれ。」 「ん・・・」 後ろに立っていた氷室刑事は他に何も言わず煙草をくれた。 俺が未成年だと知っているはずなのに何も言わなかった。 「おい、未成年だぞ!?」 一応ツッコミを入れてみる。 いつもの氷室刑事なら、のらりくらりと誤魔化す所だが今日は違った。 「自分の父親を殺した犯人の墓参りなんて普通は来ないぞ。 お嬢ちゃんが森川の全てを許したとは思っちゃいないが、 奴の『正義』と本気で向き合おうとしたことは立派だと思う。 その行動は紛れもなく大人だ。」 「・・・」 「今でも俺の大事な部下だからさ、上司の感謝の気持ち。 全てを許してくれなんて都合の良い事は言わないが、 奴の抱えていたものを理解しようとしてくれたことは俺も嬉しいんだ。 何より、森川が一番喜ぶだろうなあ・・・。」 氷室刑事はキザな台詞を吐いた照れ隠しをするように雲一つない青い空を見上げた。 そして紫煙を空に向かって燻らせる。 その姿は天国にいる大切な部下に届かせるかのようだった。 (このおっさんを見ているとあんたが何とかしたかった気持ちは分かるよ) 貰った煙草は墓に供えられている煙草の銘柄と同じだった。 だから俺も、あんたの部下に届くよう思いっきり天に紫煙を燻らせる。 「・・・」 氷室刑事は暫く無言で青い空を眺めていた。 大切な部下と過ごした日々を反芻しているのかもしれない。 そしてどのくらいの時間が経ったのだろうか、たった一言だけ呟いた。 「不器用な男だった」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「正義」って何だろう。 その答えは一人一人の心の中にあるのだと思う。 私の正義、親父の正義、氷室刑事の正義、そして森川刑事の正義、 どれが正しいのかは分からない、どれが間違っているのか分からない。 ただ一つ言えることは、 森川刑事の「正義」は紛れもなく「正義」なんだ、ということ。 親父を殺したことはやっぱり許せない。 あんたの貫いた「正義」が本当に正しいかどうかも私には分からない。 だけど・・・ (あんたの貫いた「正義」は俺が理解してあげる) 親父に似た不器用な男が信じた、かけがえのない「正義」を。 |
コメント(言い訳) |
どうも、Zac.です。 今回は私の中でもかなり異色な作品に当たる睦美と森川の話です。 いや、物凄い書き辛かった。 森川を救うには京香や恭介や氷室の理解も大切だとは思いますが 個人的に一番大事なのは父親を殺された睦美の理解だと思っています。 真神恭介と愉快な仲間達の一員である睦美が 同じ仲間の一員である森川を理解してあげないといけないのかな、と。 (皐月も対象にはなるのですが、睦美が理解すれば皐月も芋蔓式に理解するということで) 何処を理解の接点にしようか散々悩みました。 (実は7月くらいからボチボチと) 親を殺されている以上、生半可なことでは接点になりえないなあ、 それなら森川の貫いた「正義」を理解するということで一つの接点に出来ないかなあ 睦美の性格ならそれもアリかなあ、と自分で納得した結果がこうなった訳です。 もう少し睦美の苦悩や接点の詳細を書いてみたかったのですが・・・私の技量ではここまでです。 下手すると全然意味分からない内容かもしれませんね。 全体的に睦美がなんか丸くなってる感じがしますが、 父親が亡くなって母親の悲しげな背中を見たときに「自分がしっかりしなければ」と思い、 また事件の真相と森川の真意を知ることによって ある程度は真っ当な(?)人間になっているのかなあ、と。 (タカとつるんで伊佐山から逃げ回っているシーンも本編にはありましたが・・・) 睦美は元々芯の強い良い娘だと思いますので。 言葉使いとかも少し柔らかくしてあります。 でも胸の内の部分とは言え、睦美の一人称が「私」ってのは違和感アリアリですね。 正直言うと一人称は全部「俺」にしたかったんですけど それだと誰の話か一発でバレてしまうので面白くないと思いまして。 しかし全然森川を主役にしてないですね。 「森川祭」に参加するには無理のある内容だったような。 いいのかなあ・・・森川ファンからクレームがくるかもしれません。 |