胸に刻んだ生きる希望、それは貴方が生きた証



 プルルル、プルルル、、、、、

大きなヤマが片付いて忙しさも一段楽したある日の午後、デスク脇に置いてある固定電話が突然呼び出し音を鳴らした。

 (・・・・・・珍しいな)

今や携帯電話が普及した御時世、社内間の連絡でも携帯電話を使うことが当たり前だ。
刑事と言う仕事柄、デスクに一日中張り付いていることなんて少ない。
そりゃ誰だって確実に相手が捕まりやすい方法を選ぶからな。

 プルルル、プルルル、、、、、

だからこの電話が鳴るのは少々驚いた。
何処の誰だか知らないけれどー、というのは何の歌だったか?
発信元番号が表示されないので誰がかけてきたのかすら分からん。

 プルルル、プルルル、、、、、

まあ、なんだ、この音も今の俺には報告書の作成でパソコンの前で苦悩しているのを嘲笑っているようにしか思えないのだが。
アクセルだかエクレアだか知らんが、この縦横無尽に広がるマス目にどうやって文字を入れろと言うんだ。

 プルルル、プルルル、、、、、

 「氷室さん、取らないんですか?」

 「あ、ああ。」

電話と睨めっこしている俺を見て後ろにいた同僚が声を掛けた。
そっか、昔なら何も言わず横にいた森川が取ってくれてたんだな。
こんな小さなことでもあいつの存在が身に染みるとは・・・・・・もしかして俺って相当チャランポランなんだろうか?

 ガチャリ

 「ん、捜査課氷室。」

 「あ、氷室刑事ですか?よかったー捕まって。
  今『福留さくら』と名乗る女性が森川さんを尋ねて受付の方にいらしてるのですが・・・・・・如何しましょう。」

福留さくら・・・・・・当然だが俺は全然知らん。
少なくとも森川の口からは聞いたことのない名前だということは確かだ。
こう見えても記憶力には自信がある。

 「んー、どんな女性?」

 「私服なので判断し辛いところですが、外見からすると高校生から大学生といったところですね。
  結構可愛いですよ。」

 「ふうん・・・・・・」

あいつには悪いがそんな年頃の女友達がいたとは思えないしなあ。
大方、過去何かの事件に関わっていて森川の世話になった人が御礼に来たという線だろう。

視線を上げてみたところ丁度縦横無尽に広がるマス目が視界に入った。
俺が意図していない場所に『氷室豊か』という文字。
それは俺の悪戦苦闘を誇示するかのように燦々と輝いている・・・・・・ように見える。

・・・・・・まあ、目の前のコレと格闘しているよりは有意義な時間を過ごせそうだし会ってみるか。

 「1階の応接室で待たせておいてくれ。」

 「分かりました。
  えっと、氷室さんが応対するんですよね?」

俺が応対するのがそんなに信じられないのか、電話の相手は念を押すように確認してくる。
普段の行いからすれば疑うのは無理もないかもしれんのだが。

 「珍しいだろ?」

 「はい・・・・・・って、ゴメンナサイ。」

 「ん、いいよいいよ。」

えらく正直に答えるなと感心しながら静かに受話器を置いた。

 (森川への来客か・・・)

視線を無機質な白い天井に向けて森川の顔を思い浮かべてみた。
己の信念を貫いて短い生涯を全うした男。
忘れようとしても決して忘れられない俺の大事な部下。
福留さくらという女性が何の要件で奴を訪ねてきたのかも気になるが、
もしかすると彼女に会うことで森川のために何か出来ることがあるかもしれん。

 「ちょっと出てくる。」

興味と義務と希望と願望とが渦巻く複雑な想いを胸にしながら
後ろに座っている同僚に外出することを簡潔に告げ、1階の応接室へと足を向けた。

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 「・・・・・・どうも」

 「あ・・・・・・」

応接室に入るとソファの傍らに立っていた小柄なお嬢ちゃんが控えめな御辞儀をしながら出迎えてくれた。
一瞬驚いた顔をしたところから察するに、おそらく俺が来ることを告げていないのだろう。

 「どうも、森川の上司に当たる氷室裕と申します。」

 「は、はい、こちらこそはじめまして。
  ふ、福留さくらと、申します。」

 「・・・・・・」

何度も首を上下に振りながら名を名乗る福留さくらというお嬢ちゃん。
たどたどしく発せられる言葉から、明らかに緊張した面持ちが感じられる。
恐らく森川に会いに警察署の門をくぐることすら相当の勇気を出したに違いない。

 「とりあえず、どうぞ。」

お嬢ちゃんの横にあるソファを指し着席を勧める。
すると先程と同じように何度も頭を上下させ、小声で「スミマセン」を連呼しながら申し訳無さそうに座ってくれた。
流石にそこまで卑屈になられると俺が何か悪いことをしているような錯覚に陥ってしまう。

 (・・・・・・これじゃあ凶悪犯を相手にする方が楽なんだが)

はっきり言って取調室で睨みを利かせる方が俺の性に合っている。
ただ、今日に限ってはすぐにでも応対を変わって欲しいなどと泣き言を言う気は無い。
お嬢ちゃんは俺の大事な部下への来客、誠心誠意を持って応対せねばならんのだから。

俺は改めて心を引き締め、お嬢ちゃんの対面にあるソファへ静かに腰を下ろした。

 「・・・・・・で、」
 「あ、あの・・・・・・森川さんは?」

お嬢ちゃんは座るや否や真剣な表情で森川のことを聞いてきた。

 「・・・・・・」

新聞やニュースであれだけ騒がれた事件だ。
遠羽近辺に住んでいるなら森川の死を知っている可能性が極めて高い。
ただ、お嬢ちゃんの表情と口振りからはとても事件を知っている者のそれとは思えなかった。
目的が分からない以上、ここはもう少し探りを入れたほうが良さそうだ。

 「ん、折角訪ねて頂いたのに大変申し訳ないのだが・・・・・・
  いま森川は大きなヤマを追って遠くに出てましてね。」

 「そうですか・・・・・・残念です。」

とりあえず嘘にはならない当り障りの無い理由で森川の不在を告げると、
お嬢ちゃんは心底残念そうな表情を見せて無念の心中を口にした。

 「何か用件があるなら私が森川に伝えておきますよ。」

 「い、いえ、大したことではありませんので。」

さすがにこれは嘘になるかもしれないと思いながらも当り障りの無い言葉を続けたが、
それに対しては手を横に振りながら少し申し訳無さそうな顔で遠慮の意思を示してきた。

これらの反応は既に森川がこの世にいないことを知っているとは思えないものだった。
もしかするとあの事件前後は遠羽近辺にいなかったのかもしれない。

 (ん・・・・・・どうしたものか。)

例えば過去の新聞記事など簡単に閲覧することが可能であるように、
今後お嬢ちゃんが何らかの手段で森川の死を知る可能性は十分にある。
ここで黙っていることがお嬢ちゃんの為になるとは思えない。
だが、だからと言って簡単にそれを告げていいものかどうか。

 「・・・・・・(ジーッ)」

 「・・・・・・あ、あの・・・・・・?」

お嬢ちゃんの顔からその真意を汲み取ろうと凝視してみたが、
極端に偏った喜怒哀楽の無い表情、要するに普通の表情なので全然分からなかった。
いや、俺が突然凝視したためか戸惑うような表情にはなったのだが。

 (ま、少なくとも森川への恨み辛みを胸に秘めていることはないか。)

ここはこの福留さくらというお嬢ちゃんが森川とどのような関係なのか、
それが分からない限りは控えておいた方が無難だろうな。

 「失礼ですが、森川とはどのようなご関係で?」

 「・・・・・・」

この質問には判断に迷うような素振りを見せた。
いくら俺が森川の上司とは言えプライベートな事であればそう簡単に口を割らないだろう。

 「刑事と言う職業の癖みたいなものでして、言いたくなければ言わなくても構わんのですが。
  ただ、それが分かれはこちらにも何か出来ることがあるかもしれません。」

鋭い人間なら今の言葉で「もしかして森川の身に何か起こったのではないか」と勘繰るかもしれない。
例え遠方に出ていたとしても携帯電話一本で相手を捕まえられる御時世。
こんなのは『福留さくらが訊ねてきた』ことを伝えれば済む話だ。
俺が森川の代役を買って出ようと進んで首を突っ込む理由はない。

 「・・・・・・」

お嬢ちゃんも俺の言葉に違和感を覚えたのか、
迷う素振りから一転、真意を量ろうとする真っ直ぐな目を俺に向けてきた。

 「・・・・・・無理強いはしない。

  何か思うところがあって迷っているのかもしれないが、
  そのときは俺の目を見て判断してくれればいい。」

や、森川や小僧なら容赦なく『目なんて見えないですよ』と悪態をつくところだろう。
もしかするとお嬢ちゃんも口に出して言わないだけで内心そう思っているのかもな。

お嬢ちゃんはそれから暫く黙ってこちらを見ていたものの、ふと急に目を閉じて俯いてしまった。
これでは表情がよく見えないから相手がどのような気持ちでいるのか分からない。

 (・・・・・・そろそろ切り上げ時か)

流石にこれ以上は待っても無駄だろうと諦めかけたその矢先、
目を閉じ俯いたままでお嬢ちゃんが静かに口を開いた。

 「森川さんは・・・・・・私の命の恩人なのです。」

そう、俺の知らない森川の過去を語るために。

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とある年の冬の夜のこと。
その年は全国的に冷え込む日が続く異常気象の影響で、遠羽市も例年になく寒い冬だった。

このとき福留さくらは高校三年生。
大学受験を目前に控え、家と学校と予備校を往復するだけの毎日を過ごしていた。

ただ、この日はいつもと同じサイクルの上にはいなかった。
普段は予備校で授業を受けている時間、さくらはとある古びた神社の中にいたのである。

そしてさくらの目の前には木に吊るされた縄が一本。
当然、その縄は丁度頭が入るであろうサイズの輪になっていた。

 「もう、死ぬしかないよね・・・・・・」

自殺・・・・・・それが福留さくらの取ろうとしていた行動。

家と学校と予備校を往復するだけの毎日、それは世間一般的な受験生が必ず通る道。
だが、家では近所の体裁を気にして勉強勉強とヒステリックに連呼する親、
学校では自分達の自己満足や権力誇示のために絶えず悪質な虐めを繰り返す女子グループ、
予備校では親のプレッシャーに怯えながら受ける模擬試験、
さくらの場合、安息できる場所が一つも存在しない生活サイクルだった。

自己主張が弱く控えめで物静かな性格のさくらにはどうすることもできずただただ耐えるだけ。
自分は何も悪いことはしていない。
自分の出来る範囲で精一杯頑張っているだけ。
なのに毎日毎日何でこんなに苦しまなければいけないのか。
そう思わない日なんて一度たりともなかった。

それでもさくらは何とか生きてきた。
もしかするとただ死ぬのが恐かっただけかもしれないけど・・・・・・それでもさくらは生きてきた。

だが今日、とうとう死ぬのが恐いと思わなくなってしまう。

死への引き金を引いたのは本当に簡単なことだった。
自分が虐められていることを勇気を出して学校に打ち明けたが、いとも簡単に「無かったこと」にされてしまったのだ。
無理もない。
学校の世間体を保つため虐めの事実を隠しておきたい上に、
虐めていたグループのリーダー格が学校へ莫大な寄付金を納めている実力者の娘だったのだから。

常に汚い大人の思惑が絡み、そして産んだ親で半分以上はレールの上に乗ってしまう人生、
もうこんな理不尽で不条理な世の中で生きることを放棄する決心がついたのだ。

 「私が死んでも誰にも迷惑は掛からないから。」

そう小さく呟いて縄に手をかけたそのとき・・・・・・さくらも予測していなかったことが起こる。

 「君、何をしている。」

 「えっ?」

今まさに首を掛けようとしたさくらの前に偶然森川が通りかかったのだ。

この神社は地元の土地勘がある人間がよく使う抜け道になっており、
それを知っていた森川も頻繁に利用していたルートだった。
そしでその神社の中で一人たたずんでいる制服を着た女性を見掛け、不審に思い声を掛けたという訳である。

森川がさくらの元に近づくと、その視界に木に吊るされた縄が入った。

 「自殺か・・・・・・やれやれ、片付ける方の身にもなってくれよ。」

 「・・・・・・」

森川の言っている意味が分からずさくらはポカンとしている。
ほんのちょっと前に死を覚悟していたのだ、予想しない展開に状況が理解できないのも無理はない。
だが、森川はそんなさくらの状況お構いなしに言葉を続けた。

 「ま、死にたければ死ねばいいさ。
  もしここで思い直したとしても、生きていればどうせまた同じ悩みにぶち当たる。
  そのときにどうせまた死のうと思うからな。」

まさに「死者に鞭打つ」と言えば良いのだろうか。
森川は慰める言葉が微塵もない痛烈な言葉を浴びせる。

 「そ、そんな・・・・・・貴方に何が分かると言うんですか!」

 「分かるわけないだろう。
  そもそも自分から命を絶とうとする思考が分からないんだからな。」

流石にそこまで言われる筋合いはないとさくらも反論を試みるものの森川の返答は実に呆気ないものだった。
だがその呆気なさが逆にさくらの心を刺激したのか、堰を切ったように自分の胸の内を打ち明け始める。

 「だって!理不尽なんだもの!!
  理由もなく苛められる毎日。でも報復が恐くて誰にも言えなかった。
  ようやく勇気を出して学校にその事実を打ち明けてみれば『苛めはありません』と無かったことで済まされる!
  学校の評判を落とさないようにするため、そして私を苛めていた人が学校へ寄付金を納めている家の娘だったためよ!
  そんな大人達の汚い思惑のために私はまた毎日毎日苦しまなければならないの!

  しかも家に帰れば勉強のことしか頭にない親、その親の自己満足のために行かされている予備校。
  それも近所の体裁を気にして私を一つでも上の大学へ入れさせたいだけの自己満足!

  もう、懲り懲りなの!こんな世の中!!!」

さくらが誰かに言いたくても言えなかった言葉、いや悲痛の叫びが静かな神社に木霊する。
その響きはまるでこの神社だけが現世から切り離されたような錯覚に陥るほど重々しいものだった。

 「そうか。
  だが、それは単に逃げているだけだぞ。」

対する森川はさくらの悲痛さに相対するかのような冷静さを保ったまま言葉を返す。

 「に、逃げてなんかいません!!」

 「いや、君はその理不尽なことに正面から向き合ってないだろう。
  虐めだって君を虐めている本人と向き合っている訳じゃない。
  勉強だって親の顔色を伺うための勉強をしているだけだ。自分の為じゃない。」

 「だ、だって・・・・・・」

核心を突かれ、一瞬で言葉を失うさくら。
その反応からどうやら思い当たる節があるのだろうと判断した森川は更に自分の言葉を続ける。

 「どの世界だってそんな理不尽で不条理な腐った出来事ばかりだよ。
  世の中、自分達の面子さえ守れればいいなんて連中はゴロゴロしているんだ。
  このまま君が生き続けたとしても、社会に出れば同じような不条理さは常に付き纏うぞ。」

 「・・・・・・」

 「ただ、そんな理不尽なことから逃げているようでは駄目だ。
  逃げたら何も変わらない、世の中が、そして何より自分自身が。」

 「それが簡単に出来るものだったら・・・・・・苦労はしないです。」

 「当たり前だ、簡単に出来るものか。
  全ては綺麗事で済まされるものではないんだぞ。
  自分が汚れ役になることも覚悟しなきゃいけない。

  でも、何もしないで逃げているよりは立派だよ。」

 「・・・・・・!!」

さくらの縄を掴む手に力が入る。
自分が逃げているのだという森川の言葉は痛いほど理解できたからだ。
逃げて逃げて逃げ回った暁に辿り付いた終着駅が自殺だった、そんな自分の愚かさが身に染みた。

そして、

 「・・・・・・わかり・・・・・・ました・・・・・・。」

木に吊るしてあった縄が揺れた。
森川の言葉を受け止め、さくらが縄を手離したのである。

さくらが生を選んだことを確認したことで森川の表情がようやく和らぐ。
先程までと同一人物だとはとても思えない穏やかな顔をしていた。

 「どんな理不尽なことも正面から向き合う気持ちを持てばきっと何とかなる。
  それでも駄目だった場合でも遅くないんじゃないか・・・・・・死ぬのは。」

そうさくらの目を見て言うとその場を立ち去ろうと踵を返す。

 「待ってください!」

 「は?」

立ち止まり首だけ振り返る森川。

 「宜しければ貴方の名前を教えてください。」

 「そういうのはあまり好きじゃないんだけど・・・・・・まあいいか。
  森川。遠羽警察署捜査課の森川だ。

  それじゃ、頑張れよ。」

片手で軽く手を振りながら森川は何事もなかったようにその場を立ち去った。

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 「その後、私は理不尽な虐めに勇気を出して抵抗するようになり、
  そして高校を卒業すると語学を勉強するため海外留学に出ました。
  留学は親の言いなりにならず自分自身で決めた道です。
  もっとも、親は『海外留学』という響きだけで許してくれたようなものですけど。」

そうか、事件当時は海外に滞在していたのだから森川が死んだことは知らない筈だ。

 「そして昨日遠羽に戻ってきて、それで森川さんにお会いしようとこちらへ。」

 「なるほど・・・・・・
  それで森川をご存知だったと。」

既にお嬢ちゃんは緊張感を微塵も感じさせないほどしっかりした口調になっていた。
森川との出会いを語っているうちに緊張も和らいだのだろう。

 (正面から向き合う気持ち・・・・・・か。)

何ともあいつらしい言葉だろうか。

不器用ながら常に真っ直ぐな気持ちを持っていた森川の姿を思い浮かべる。
机を叩きながら自分の意見を述べる姿、犯人に否を認識させるよう胸倉を掴んで説教する姿、
そして、警察の体質を変えるため森川自身が犯してしまった過ちを告白する姿、
善悪は兎も角、間違いなくどれも正面から真剣に向き合っているものだった。

 「あいつは自分が汚れ役になろうと常に正面から向き合おうとする人間だ。
  お嬢ちゃんにも同じ事を勧めた。
  そして、今日に限っては俺にも勧めているのだと思う。」

 「・・・・・・」

だからここは俺もお嬢ちゃんと正面から向き合わなければならない。
事実を告げるべきか否か、もうそんな葛藤をする必要はないだろう。
森川もきっとそうすることを望むだろうから。

 「・・・・・・森川は死んだよ。」

 「えっ!?」

 「警察という組織の中にある大きな理不尽と戦ってな。
  あいつは不器用だが最初から最期まで真っ直ぐな男だった・・・・・・」

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俺は事件の詳細を説明した。
お嬢ちゃんに隠しておくことなど何もないだろう。
森川がしようとしていたことも、そのために犯してしまった罪も、全て包み隠さず話す。

お嬢ちゃんは俺の一字一句に表情一つ変えず耳を傾けていた。
そのときの目はまさに森川の死に正面から向き合う目だった。

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 「・・・・・・」

 「驚いたかい?」

 「はい。
  でも、氷室刑事が『何か出来ることがあるかもしれない』と仰ったときになんとなく予感はしましたけど。」

お嬢ちゃんは森川の死という事実を戸惑うことなく受け入れたようだ。
この世にいないことを知ったら露骨に気を落とすかと思ったが特に大きな動揺も見せなかった。

とは言え、決して無関心とか他人事とかそういう理由で動揺しなかった訳ではない筈だ。
おそらく最期の最期まで逃げなかった森川に対して精一杯の敬意を払ったからではないだろうか。

 「森川さんは最期まで後ろを振り向かずに戦っていたのですね。」

 「ああ。」

その言葉に思わず口元が緩む。

あの事件について多くは『警察官の不祥事』という部分のみがクローズアップされたため、
世間は勿論、警察内部ですらあいつの胸の内にあった想いまで理解されることが殆どなかった。
確かに森川が決して許されるべきではない過ちを犯してしまったことは事実。
物事の善悪で判断すれば間違いなくそれは「悪」だろう。

だが、お嬢ちゃんは森川の善悪を判断することはせず、
それよりもあいつの持っていた真っ直ぐな気持ちを理解してくれた。
俺にはそれが嬉しかったのだ。

 「もう会えないことは正直寂しいですけど・・・・・・
  今日森川さんの話を聴けた事でもっと頑張れそうな気がします。」

 「・・・・・・そうだ。
  今度俺があいつの墓参りに行くとき一緒に来るか?」

お嬢ちゃんなら森川の墓前に立っても文句は言われまい。
立派になったお嬢ちゃんの姿を見ればきっと喜ぶだろう。

 「いえ、そこまで親密な関係だった訳ではありませんので・・・・・・

  ただ、あのとき森川さんに言わなくてずっと後悔していた言葉があるんです。
  それだけをお伝えして頂けないでしょうか。」

 「ん。」

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お嬢ちゃんは俺に森川への言葉を託した。
それは短いながらも福留さくらという女性の感謝の気持ちが精一杯込められているものだった。

 ありがとう・・・・・・

生きる希望をくれた男に心からの感謝の意を。






コメント(言い訳)
どうもZac.です。
ネタ自体は簡単に思い浮かんだので軽いリハビリ気分で書くつもりが結局はダラダラと長い文章になってしまいました。

今回は珍しく潤ちゃんではなく森川の話です。
「森川の真っ直ぐな気持ちに救われる」というのを書きたくてメモ帳を開きました。
MP本編では涼雪と並び恭介とその仲間達を悲しみの渦へ突き落とす役割になっているので
逆に誰かを悲しみの渦から引き上げるような森川のエピソードがあってもいいのではないかと。
おそらく森川の真っ直ぐな想いは色々な所で爆発していたでしょうからね。

また、本作は「涙を見せない」ということに拘ってみました。
『森川の死=涙』『森川の想い出=涙』みたいな湿っぽい雰囲気ではなく、
心からの笑顔とか感謝とか、とにかく明るい雰囲気で森川を持ち上げてみたいな、と。

なお、オリジナルキャラを登場させて森川の過去を勝手に作らせて貰いましたが、これは偏に私の力量不足と言えましょう。
上に挙げたようなことを私の頭の中で昇華しようとしましたが、情けないことにMP本編から離さないとどうにもまとまりませんでした。
MP本編の登場人物だと例の事件で結局悲しみの渦へ突き落とされてしまうなあ、とか考えちゃって考えちゃって。
原作に沿わないキャラを出されるのが嫌いな人はゴメンナサイです。

というか、ぶっちゃけ森川難し過ぎ。
キャラへの「愛」を差し引いたとしても巷の森川ラブな物書きさんはスゲーと思いました。