夜明け前



ポカポカとした日曜の優雅な昼下がり。
ご隠居の家で昼食をご馳走になった後、食後のお茶と茶菓子の羊羹を傍らに縁側でくつろいでいた。

見上げれば雲一つない青空に燦々と輝く太陽が。
視線を下げると、

 「ふふふ、真神さんの膝枕は気持ちいいです。」

俺の膝の上に頭を乗せて幸せそうに微笑む潤ちゃんがいた。

 「そうかな。
  縁側は日が当たってポカポカしてるからじゃないの?」

 「こうしてると眠くなってしまいます。」

潤ちゃんは俺の質問に全く答えになっていない言葉を返し、
幸せそうに目を細めながら俺の膝の上でゴロゴロと向きを変える。
その気持ち良さそうな姿は、縁側で日向ぼっこをするヘルシングを彷彿とさせた。
もしかすると潤ちゃんって成美さんと同じく猫系のキャラなのかもしれない。

 「このまま眠ってもいいよ。」

あまりに気持ち良さそうにしているので、そのまま眠らせてあげたい気分だった。
だから母親が子供を寝かしつけるように、手入れの行き届いた潤ちゃんの綺麗な黒髪を軽く撫でてあげた。

 「撫でられたら気持ち良くて余計に眠くなってしまいます。」

頭を撫でられた潤ちゃんはちょっと困ったような素振りを見せる。
ただ、口ではそう言いながらも抵抗することなく、俺の手に頭を委ねているのがとても可愛らしい。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

ポカポカとした日曜の優雅な昼下がりはとても静かだった。
それはもうこの世界には自分達以外存在しないのではないかと錯覚するくらい。
もしそれが真実だったら、さしずめ俺と潤ちゃんはエデンの園に舞い降りたアダムとイブといったところだろう。
それから二人で子孫を増やし・・・・・・って、そんなこと妄想している場合じゃない!
頭を二、三回振って邪な妄想を吹き飛ばそうとする。

・・・・・・だが、そんな時に限って追い討ちを掛けられるのは定められた世の法則なのでしょうか。
先程からゴロゴロと向きを変えていた潤ちゃんが俺の方に顔を向ける姿勢になったとき、

 「えへへ、真神さんの匂いがします。」

と言ってそのままゆっくりと俺のお腹の方へ頭を近付け・・・・・・って、潤ちゃんそこはちょっとマズい!!!
でも、ちゃんと洗ってるから問題ないか・・・・・・とかそういう次元じゃなくてそこはマズい。
先程変な妄想をしたばっかりに、そんなことされたら恐らくひとたまりもない。

こうなったら必殺・円周率のカウントだ。
あ、円周率と言えば『およそ3』ってふざけるなよと思う。
ゆとり教育というのはそういうものじゃないだろう。
いや、そんな最近の教育事情を怒っても仕方ないし。

 (3.141592・・・・・・)

そんな思春期真っ只中の中高生のように慌てふためく俺は格好の餌食だったに違いない。
円周率を一生懸命心の中で暗唱する俺の耳に、どう考えても第三者の介入を意味する不穏な音が入ってきた。

 カシャッ!!

 「あ!」

反射的に音がした方へ顔を向ける。
だが、部屋の中には誰もいない。
誰もいないのだが、この部屋に入るとき確実に閉めた襖が少し開いていた。
そしてその隙間から覗く銀色に光る物・・・・・・あれはカメラだ!
ということは先程の音はシャッター音ということか。

 「おい!哲平!!」

先程一緒に昼食を食べた面子を考えると、こんなことするのは哲平しかいないだろう。
面子はご隠居、成美さん、哲平、そして俺と潤ちゃんの5人だ。
ご隠居は論外。成美さんはそもそもカメラが好きそうではない。
喜んでやりそうな奈々子は残念ながら(幸運なことに)今日はここにいない。
・・・・・・消去法でいくと残るのはやっぱり哲平である。

 ガラッ

名を呼ばれて観念した犯人が襖を開けた。

 「シャッターの音、思ったより大きいんやなぁ。」

そこには頭をポリポリ掻きながらニヤニヤ笑っている哲平が立っていた。

 「やっぱり哲平か。
  隠し撮りなんて趣味が悪いぞ。」

 「そやかて、姐さんがデジカメの試し撮りしてこい言うから。」

おい、お前の『試し撮り』というのは『隠し撮り』なのか。
別に被写体は俺達ではなく他の面子、いやこの場合は被写体が人である必然性もないだろう。

 「なにも俺達を撮らなくてもいいだろう。」

 「それは愛する恭ちゃんをファインダ越しに眺めたいからやん。」

哲平は妙にクネクネと腰をしならせ、心にもないことを言いながら俺達のいる縁側に近付いてきた。
全く、こいつの口と頭と腰はどうなってるんだ・・・・・・。

 「それはそうと、それ成美さんのなのか?」

哲平の言葉は完全に無視してデジカメの持ち主を確認する。
さっきの哲平の言い方だと成美さんのデジカメである可能性が高い。

 「ホンマはご隠居が農協でやってたガラガラで当ててきたんやけどな。
  姐さんが『面白そうだから』いうて奪い取ってしもうた。」

 「・・・・・・おい、成美さんにこんなオモチャ与えたらマズくないか。」

 「そうなんやけどなぁ。」

俺と哲平は思わず頭を抱えてしまう。
特にカメラが好きという訳ではなさそうな、いや、どちらかと言うと嫌いであろう成美さんだが、
それは自分が被写体になるのが嫌いなのであって、自分で撮影する分にはあまり問題ないのだろう。
(勿論、風景を撮るとか真っ当な使い方をするとは思えないのだが)
無料(タダ)でカメラが貰えるなら喜んで貰うはずだ。

 「なあ、俺達弱み握られる機会増やしてないか?」

 「オレもそんな気するわ。」

これは間違いなく成美さんに持たせてはいけないアイテム・ベスト5に入るだろう。
屈辱的な写真を目の前でちらつかせながら「アイスが食べたいな。」とか言ってくる姿が目に浮かぶ。

 「「はあ・・・・・・。」」

溜息を吐きながら今度は二人して肩を落とす。
そんな俺達をいつの間にか身体を起こしていた潤ちゃんがキョトンとした顔で見ていた。

 「潤ちゃん、どうしたの?」

 「あ、『デジカメ』というのは・・・・・・機械の亀さんですか?」

思わずズッコケる。
勿論、本当にズッコケている訳ではないのだけど、心の中では思いっきりズッコケている。

 「そやで、デジタル亀を略して『デジカメ』や。
  リモコンでガー動かしてボタンをポチッと押すと口から炎をボワッって、そんなわけあるかい!」

潤ちゃんのナチュラルなボケに対して負けずに一人ボケツッコミを見せる哲平。
いや、こいつの持って生まれた関西人気質というのは本当に貴重だと本気で思う。

 「恭ちゃん、できれば一緒にツッコんでくれな。」

そんな哲平に感心していたら困った顔をこちらに向けた。

確かに哲平は関西人気質を持っている。
だけど、これは多分哲平なりに潤ちゃんを気遣っているのだと思う。
潤ちゃんの反応を『知識不足』ではなく『ナチュラルなボケ』にする為の一人ボケツッコミ。
ここで素直に『それは違う』と言ってしまうと、潤ちゃんは自分の知識が無いのだと落ち込んでしまうかもしれない。
俺達は抱えているハンデを知っているから決して知識不足とは思わないけど、得てして本人はそう思えないものだ。
いずれ真実を告げるものではあるけど、その過程に衝撃を和らげるクッションを置くことはできる。
おそらくそれが哲平なりの気遣い。

そう考えると申し訳ないことをしたと思う。

 「ごめん。」

だから素直に謝った。
そんな俺に笑顔を返してくれる哲平。
うん、哲平の方はこれでいいだろう。
気を取り直し、俺は未だキョトンとした顔をしている潤ちゃんに改めて声を掛けた。

 「デジカメは『デジタルカメラ』と言うカメラの種類だよ。
  カメラなんだけどフィルムではなくデジタルのデータ、
  つまりパソコンとか携帯電話とかでも使える形で保存されるんだ。」

潤ちゃんはまだキョトンとした顔をしている。
確かにフィルムとかデジタルデータと言われてもピンとこないかもしれない。

 「潤ちゃん、カメラで写真を撮られたことはあるよね?」

 「はい、コンサートの終わった後とかによく撮ります。
  その時に撮った写真は貰えますけど・・・・・・中身まではよく分からないです。」

流石に実物を見ることはできないのだから仕方ないか。
まあ、ここはカメラがどんなものか知っているだけで十分だろう。

 「基本的には普通のカメラと使い方は同じ。
  ただ、普通のカメラと違って撮り直しが出来たり、いらないものを簡単に消せたり、
  あと撮った物も写真以外の色々な使い方が出来るんだ。
  もしかするとコンサート後の写真もデジカメで撮ってるかもしれないね。」

 「では、『笑って』と言われたのに上手く笑えなかったときなど
  もう一度撮って貰うことができるのですね。」

 「そう、失敗したものはすぐに消せるし、残したくないものも簡単に消すことが・・・・・・あ、思い出した!
  おい哲平、さっき撮った写真は消して・・・・・・」

と振り向いて言いかけたところで固まった。
一番写真を見られたくない人物が視界に入ったからであり、
しかもその一番写真を見られたくない人物−−−成美さんに哲平がデジカメを渡していたからだ。
その成美さんは『してやったり』と言わんばかりのニタリ顔でこちらを見ていた。

 「あんた、こんな面白い写真消すわけないじゃない。」

・・・・・・遅かった。
というより隙が無さ過ぎるんだ成美さんが。

 「恭ちゃん、堪忍な。」

その横でちっとも悪いと思ってなさそうな顔で謝る哲平。
こいつ、間違いなく楽しんでる。

しかし、俺はどんな情けない姿で写されているのだろうか。
それはそれで気になってので聞いてみることにした。

 「・・・・・・で、それはどんな写真なんですか?」

ちょっと機嫌悪そうな口調なのは、まんまと俺の弱みを握った成美さんへのせめてもの抵抗だ。
だが空しくも成美さんのニタリ顔は変わらなかった。
いや、むしろ更に邪悪な笑みに変わったと言うべきか。

 「ああ、どう見ても潤ちゃんがあんたの股間に顔埋めてるようにしか見えないわよ。
  京香に見せたら『真神君!不潔よ!!』の容赦無い罵倒を浴びせられ、
  あまつさえお兄さんなんかに見せたら、翌日には遠羽埠頭で水死体になって発見されるでしょうね。」

恥かしさで全身がカーッと熱くなる。
成美さんが何を言いたいのかは・・・・・・その、なんだ、俺も男だからよく分かる。
勿論、そんなことしていた訳ではないのだが、似たようなことを妄想してしまったのは事実であり、
それが自分の実体ではなく心の中を写されてしまったような気がして余計に恥かしかった。
おそらく俺の顔は『燃える男の赤いトラクター』の如く真っ赤に染まっているに違いない。

 「・・・・・・?」

横にいる潤ちゃんに目を移してみると、
俺達が何故騒いでいるのか分からないといった表情でこちらを見ていた。
まあ、不幸中の幸いというか何と言うか。

 「ふふん、これで簡単に逆らえなくなったわね。」

 「ぐっ・・・・・・」

しかし最悪だ。
そんな一生モノのネタをよりによって成美さんに握られるとは。
今後、相殺できるような成美さんの弱みを簡単に握れるとは思えないし・・・・・・。

と、腕の部分に小さな違和感を覚えた。
どうやら潤ちゃんが俺の上着の袖を引っ張っていたらしい。

 「どうしたの?」

 「真神さん、内緒話です。」

潤ちゃんは口元に壁を作るように手を当て、俺だけに聞こえるような小声でそう答える。
成美さんや哲平には聞かれたくない話をしたいみたいだ。

 「なに?」

俺は潤ちゃんの口元に耳を寄せた。
すると深刻な表情をして、

 (あの・・・・・・真神さんが兄さんに殺されてしまうような写真を撮られたのですか?)

と聞いてきた。
まあ、潤ちゃんが心配するのも無理はない。
成美さんの表情が見えない分、冗談で言っているのかどうかの判断も難しくなるのだから。

 (あれはさすがに冗談だよ。
  ただ、成美さんに弱みを握られたのは事実だね。)

 (弱み?)

 (うん。俺が情けない姿を撮られてしまったから・・・・・・。)

 (・・・・・・)

そう事実を伝えると、潤ちゃんは「うーん」と唸って何か考え事をし始めた。
その表情からは何を考えているのか全く読み取ることができない。
とりあえず真剣な表情をしているのは確かだが・・・・・・もしかして情けない姿を想像しているのだろうか。
いや、さすがにどう情けないのか説明するのは勘弁して欲しいけど。

もし弱みについて聞かれたらどう答えようかなどと考えを巡らせていたとき、
考えが上手くまとまったらしい潤ちゃんが再び口を開いた。

 (えっと、デジカメは失敗した写真を簡単に消すことができるのですよね?)

俺の想いが通じたのか空気が読めたのか、潤ちゃんは弱みについて深く追求はしてこなかった。
その代わりに先程説明したデジカメの機能について確認してきた。

 (え?うん、そうだけど・・・・・・)

俺にはその意図がさっぱり分からなかった。
哲平に撮られた写真を消去しようとしているのだろうか。
いや、それだったら『失敗した写真』と限定することはないだろう。

 (わかりました。)

悩む俺とは対称的に、潤ちゃんの表情はスッキリしていた。
おそらく納得のできる有意義な内緒話になったのだろう。

そして俺に向かって優しく微笑んだあと、返す刀で成美さんに話し掛ける。

 「成美さん。私にもデジカメを使わせて頂いて宜しいでしょうか?」

 「ん?いいわよー。」

デジカメを借りてどうするのか俺には分からなかったが、
成美さんは疑うことなく潤ちゃんにデジカメを渡し、簡単に持ち方とか使い方を教えてあげた。
一通り理解した潤ちゃんは成美さんに『ありがとうございます』とお礼を言う。
ここまではごく普通の流れだった。
だが次の瞬間、潤ちゃんは俺達が想像もしなかった行動に出たのである。

 「えいっ!」

 カシャッ!!

ここにいる潤ちゃん以外の人間が唖然とした。
潤ちゃんはカメラを成美さんに向けていきなりシャッターを押したのだ。
哲平が俺達を隠し撮りをするためにフラッシュ機能を解除していたのは幸いだった。
勿論、室内とは言え明るい縁側にいるのだからフラッシュが無くても十分撮影できるだろう。

 「成美さん、覚悟です!」

 カシャッ!!

 カシャッ!!

唖然とする俺達はお構いなしに成美さんを激写し続ける潤ちゃん。
成美さんがいる方向に向かって適当にシャッターを切っているだけだから、
潤ちゃんには申し訳ないけど上手く撮れているとはさすがに思えない。
ただ、その姿が余りにも一生懸命だったので声を掛け辛かった。

 「ちょ、ちょっと潤ちゃん、どうしたのよ。」

ようやく被写体となっている成美さんが声をあげる。
その声に潤ちゃんはシャッターを押す手を止め、得意満面の笑みを浮かべてこう言った。

 「真神さんが弱みを握られる写真を撮られたので、
  今度は成美さんが弱みを握られる写真を撮ります。」

 「な、なんですって!?」

衝撃の事実に成美さんが素で驚いた。
いや、俺だって潤ちゃんの行動の真意に驚いたのだから無理はない。

 カシャッ!!

 カシャッ!!

とは言え、成美さんの弱みを握るような写真を撮ることは不可能だろう。
そもそもどんな写真を撮れば俺が撮られた写真と相殺できるのか、潤ちゃんには判断することが難しいのだから。

ただ、潤ちゃんなりに何とかしようと頑張っている姿は、とても可愛くて、とても嬉しかった。
成美さんと哲平も一生懸命シャッターを切る潤ちゃんを温かい目で見ている。

しかしその視線を俺に向けたときには、一転、生温かい目に変わり、

 「・・・・・・恭ちゃん、女の子に護られとるで。」

 「あんた、間違いなく『受け』キャラだわ・・・・・・。」

ごもっともな指摘を口にした。
・・・・・・面目ない。
俺が『受け』キャラかどうかはともかく、護られているというのは哲平の言う通りである。

 カシャッ!!

 カシャッ!!

ただ、潤ちゃんにこのまま写真を撮らせているのもどうしたものか。
本人が善かれと思っての行動なのだから、気の済むまで撮らせてあげた方がいいのかもしれない。
でも、撮られている成美さんは、温かい目で潤ちゃんを見てはいるものの内心凄く困っていると思うし。

と、考えていたら成美さんが解決案を提示した。

 「わかった、わかった。
  潤ちゃんにそのデジカメあげるわ。
  それならさっき撮った写真も潤ちゃんが持つことになるんだし、煮るなり焼くなり自由になるでしょ?」

なるほど、それなら・・・・・・いや、これってご隠居のデジカメではないのだろうか?
哲平の話だとご隠居から無理矢理奪ってきたものらしいけど。

 「えっ?戴いてしまうのはさすがに申し訳ないと思うのですが・・・・・・」

 「いいのよ。どうせジジイがタダで貰ってきたデジカメだし。」

 「だったらご隠居さんに申し訳な」
 「そのデジカメはお嬢ちゃんに喜んで差し上げよう。」

と、潤ちゃんと成美さんの会話に突然割り込んできたご隠居の声。
声がした方向に目を向けると、ご隠居はニコニコしながら庭に立っていた。

 「ジジイ、いつからそこに。」

 「今ちょうど顔を出したところだ。
  ほれお嬢ちゃん、遠慮せんで受け取りなさい。」

 「でも・・・」

 「なに、年寄りには難しくてどうにも使いこなせんのだよ。
  こういうのは若い衆が使った方がいい。」

表情を見る限りは渋っているようにも見えない。
潤ちゃんだからというのではなく元々誰かにあげるつもりだったんだろう。
ただ、ご隠居が『若い衆』って言うとちょっと別の意味を想像してしまうんですけど・・・・・・。

ふと潤ちゃんが俺の方に視線を移しているのに気が付いた。
その表情は嬉しいような困ったような複雑なもので、どうしたらいいのか迷っている様子だ。
こういうときの潤ちゃんは俺の意見を聞きたいときである。
だから俺は素直に自分の意見を口にした。

 「ご隠居もそう言ってくれてるし、ここはお言葉に甘えて良いと思うよ。」

俺の言葉に潤ちゃんの顔がパアッと明るくなる。
そして、手に持ったデジカメを強く胸元で抱きしめ、

 「では、お言葉に甘えて・・・・・・

  ありがとうございます。」

ご隠居に向かって御礼の言葉と共に深々と頭を下げた。
そしてその答えに、ご隠居は優しい笑顔で頷いていた・・・・・・。

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− 数日後、鳴海探偵事務所。

俺は会社のプリンタを借りて潤ちゃんが撮った成美さんの写真を印刷していた。
元々印刷するつもりは無かったが、潤ちゃんが『手元に欲しい』と言ったので印刷することにしたのだ。

当初、デジカメ写真のプリントはインク使用量がバカにならないので
写真屋に置いてあるデジカメプリント機を使おうと思っていたんだけど、
京香さんが『私も写真見たいから』という理由でプリンタの使用を許可してくれたのである。
さすがに写真プリント用の紙は俺が買ってきたものだが。

 ガガッ、ガガッ・・・・・・

次々に排出口から出てくる成美さんの写真。
顔の写っていない失敗した写真も中にはあるけれど、
驚いていたり、笑っていたり、顔を赤くしていたり、少しムスッとしていたり、
成美さんの表情は喜怒哀楽が豊かなものだった。

 「成美、いい顔するようになったなぁ。」

後ろから覗いていた京香さんが、印刷された成美さんの写真を見てそんなことを呟いた。

 「そうなんですか?」

 「ええ。別に前は喜怒哀楽が無かったという訳じゃないんだけどね。
  なんか、こう、柔らかくなったって言うのかしら。」

豊かな表情をしてるのは間違いない。
ただ、俺が見てもその変化はイマイチ良く分からなかった。
付き合いの長さ、そして一見仲が悪そうでも内心は互いに一目置いている関係だからこそ分かる部分なのだろう。

 ガガッ、ガガッ・・・・・・

 「でも、よくこれだけの成美の写真が撮れたわね。
  こういうの物凄く嫌がりそうなのに。」

 「ええ、実は・・・・・・」

俺はこの写真が撮った人物が潤ちゃんであることと、潤ちゃんが撮ることになった経緯を簡単に説明した。
当然ながら、俺が撮られた写真の詳細は伏せさせて貰ったけど。

 「えっ!これ潤ちゃんが撮ったの!?」

京香さんが驚くのも当然だろう。
上手く撮れているのが多くて俺自身も驚いたくらいなんだから。

 「潤ちゃんには写真のセンスがあるのかもしれませんね。」

 「それもあるかもしれないんだけど・・・・・・。
  私は潤ちゃんが成美のこと好きだからだと思うな。
  そして、成美がいい顔してるのも潤ちゃんのことが好きだからなんだと思う。」

 「そういうものなんですかね。」

 「うん。
  潤ちゃんにとって成美は頼りになる義姉さん、成美にとって潤ちゃんは可愛い義妹さん、
  お互いにそう思っているからこそ、その人の前で素の自分を出せるのよ。
  だからこんないい写真が撮れたんじゃないかな。」

京香さんの見解は俺が全く予想していないものだった。
曰く、お互いに自分の素直な喜怒哀楽を出すことのできる相手だからこそ良い写真が撮れるのだと。

 ガガッ、ガガッ・・・・・・

 「柔らかくなった・・・・・・ですか。」

プリントされた写真の束の中から一番上にある写真を手に取る。
そこには少し頬を染めて微笑む成美さんが写っていた。

言われて見れば、潤ちゃんを包み込むような優しさが表情から滲み出ているような気がする。
成美さんが潤ちゃんのことを可愛がっているのは分かっていたけど、
この写真からは姉が可愛い妹を見守るような、そんな温かさが感じられた。

 「成美の辛い過去を知っている私からするとね、彼女がこんな表情するのは凄く嬉しいのよ。
  オブラートで包んだような喜怒哀楽は見てるこちらも辛いから。

  真神君と、そして潤ちゃんがいれば、成美に『光』が取り戻せるのかもしれない。
  その日は……そう遠くないような気がするわ。」

 「京香さん・・・・・・ありがとうございます。」

普段は仲の悪そうな京香さんの口から出た言葉は、成美さんの幸せを心の底から願っているのが分かるものだった。
勿論、本当に仲が悪い訳ではなく、子供同士の意地の張り合いみたいなものだと思っていたけれど、
同じように『姉』の幸せを願う『弟』としては、京香さんの本心を直に聞けたことがやはり嬉しかった。

だから俺は自然に御礼の言葉を紡ぐ。
京香さんは何故「ありがとうございます」なのか分からないような戸惑う表情を一瞬見せたが、
その意図に気付いてくれたのか笑顔で「どういたしまして」と返してくれた。
続けてその笑顔を己の照れ隠しをするように少し困ったような笑顔に変え、

 「・・・・・・まあ、この写真を本人に見せてもいい顔はしないでしょうけどね。」

と言った。

うん、確かにそんな気がする。
俺や京香さんが写真を渡しても、照れ隠しで悪態をつくだけだろう。
潤ちゃんが直接渡せば素直に喜ぶかもしれないけど。

 ・・・・・・ガガッ

先程から自己主張の激しかった機械音が止まる。
プリンタが最後の一枚を印刷し終わったようだ。

 「あらっ?これは成美の写真じゃないわね。」

ふと、京香さんが最後に印刷された一枚を見てそんなことを言った。
あれ?成美さん以外の写真って撮っ・・・・・・あ!!
デジカメプリント用ソフトの仕様を殆ど確認せず『ラクラク印刷』という設定を適用したけど、
これってもしかするとメモリカードに登録された全ての写真を印刷するものだったのではないだろうか?

そしてその場合、成美さんではない写真というのは勿論・・・・・・!!!

 「げえっ!!」

『まずい!!』と思ったときにはもう遅かった。
京香さんの手には最後に印刷された写真が握られ、
表情は『驚き』から『恥かしい』へ、そして『恥かしい』から『怒り』へと変わっていった。

 「ま、真神君!不潔よっっっっっ!!」

 「京香さん!誤解ですってば!!」

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そんな俺達のやり取りを、プリンタの上の成美さんが
つまり俺と潤ちゃんの写真の前に印刷された写真の成美さんが笑顔で見守っていた。

いつか完全に『光』を取り戻したとき・・・・・・常にこんな素敵な笑顔を見せてくれるようになるのだろう。






コメント(言い訳)
どうも、Zac.です。
随分とご無沙汰致しました。
ネタ的にはかなり前に考えた話なんですけど、紆余曲折あってようやく完成した苦労の多い話です。
(実は一度ボツにした過去があります。)

本作は私の書くSSの中では最早お馴染みになってきた『光』をコンセプトにした話です。
前に書いた作品でも述べましたが、潤ちゃんと成美さんは『光』を失っているという共通点があり、
それ故に成美さんの潤ちゃんを見る目は特別であると考えています。
潤ちゃんには優しい、そして潤ちゃんの幸せを誰よりも願っていると。

そんな成美さんが潤ちゃんの前だけで特別な『表情』を見せるというのを書きたかったんです。
ただ、それを潤ちゃん視点で書くことは不可能。見えませんし。
とは言え、潤ちゃんと話す成美さんを恭介や京香さんが見て「表情が違う」と思うのは
味気ないというかありきたりというか、個人的にしっくりきませんでした。
それよりは写真とかビデオとか冷静にその姿を眺められる媒体を使う方が自然だろうと。

その際、潤ちゃんに写真を撮らせるというのがかなり無謀かと思わなくもなかったですが、
恭介の為に一生懸命な姿が潤ちゃんには似合うので、これはこれでオッケーかな、と。
結果的に二人のラヴラヴな一面も書けるので、私的にもウハウハですし。
まあちょっと潤ちゃんの行動がおマヌケな感じですが・・・・・・人によっては受け付けないかもしれませんね。

あと、何気に書きたかったのが「潤ちゃんへの哲平なりの気遣い」ですね。
「デジタル亀」への一人ボケツッコミの部分。
作中にも書きましたが、潤ちゃんに自分が「無知」だと落ち込ませない為の配慮を
恭介の友人として、そして潤ちゃんの友人として、哲平の出来る範囲でやっていると思うんです。
生真面目な恭介はそういうの苦手なので、そこは自分がサポートしてあげようとか考えているような気がします。
哲平にはそれが出来る人間だと思いますので。

MPは「真神恭介と愉快で頼もしい仲間達」で形成されている世界ですからね。
私にとっては「潤ちゃんと愉快で頼もしい仲間達」とも言えます。
なんて言いましたっけこういうの・・・・・・
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」はちょっと違うような気が。
だから恭介×潤のカップリングを前面に押し出すだけでなく、
恭介と潤ちゃんを取り巻く仲間達の魅力も書いていきたいなと常々思っています。
本作に限れば、哲平ファン&成美ファンの方も喜んで頂けると嬉しいな、なんて。

余談ですが、実はまだこの話には続きがあります。
「何故潤ちゃんが成美さんの写真を欲しがったのか」という部分ですね。
当初はそこまで書く予定だったのですが、思ったより文章量が多くなってしまったことと
今回のオチがスッキリまとまったということがあり、一旦ここで止めておくことにしました。
残りの部分に関しては別の話として書くかもしれません。
ただその場合、現在の構想だとかなり短い話になってしまうので、
結末だけはそのままに『起』『承』『転』の部分を再度考え直すと思います。
ですので完成は随分先のことになるのかな・・・・・・と。

それはそうとタイトル考えるのに2日も費やしてしまいました。
一度悩むと長いんですよね……私。