桜花爛漫、愛爛漫 |
ふわり ふわり 舞い踊る様に ふわり ふわり 包む花弁 ふわり ふわり 深紅色に ふわり ふわり 染まる華小路・・・・・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「んぁ・・・・・・。」 間抜けな声を上げて俺は夢の世界から帰還した。 まだ寝ぼけ眼で視界がはっきりしていない状態ではあるものの、 身体全体で感じられる少し肌寒い空気は自分の意識が現実世界にあることを実感させてくれる。 そういえば起きる寸前に可愛らしい潤ちゃんの歌声が聞こえた気がしたけど、 果たして夢の中の出来事だったのか、それとも現実の出来事だったのかよく分からない。 そもそも潤ちゃんが傍にいる筈は・・・・・・ 「あ、ゴメンナサイ。 起こしてしまいましたか。」 ・・・・・・いた。 目を擦ってしっかり目蓋を開いてみると、 目の前には頬を赤らめて恥ずかしそうな表情をしている潤ちゃんがいた。 (・・・・・・なぜ??) 冷静に今の状況を分析してみる。 仰向けで横になっている自分。 後頭部には心地よい柔らかな感触。 その自分を見下ろすように覗き込んでいる潤ちゃん。 ・・・・・・どうやら潤ちゃんに膝枕されているみたいだ。 「よっ・・・・・・っつ!!」 このままだと彼女に負担がかかると思い、急いで起き上がろうとしたが、 頭を動かした瞬間こめかみに鈍痛が走り思わず情けない声を上げてしまった。 「あ、まだゆっくり休んでください。」 起き上がろうとした俺の身体を慌てて押さえつける潤ちゃん。 その予想以上に強い力から彼女の必死さが伝わってきた。 無理矢理起きようとしても間違いなく潤ちゃんは阻止してくるだろう。 ・・・・・・結構頑固なところがあるから。 まあ、実際に起きようとしても再び先程の鈍痛が襲ってくるのは目に見えているし、 正直なところ気分もそんなに優れない。 ここはひとまず潤ちゃんの膝を借りて大人しくしているのが得策だろう。 「ふうっ。」 心を落ち着かせるように深く一息吐くと、俺は潤ちゃんに根本的な質問を投げてみる。 「俺、どうして膝枕されてるのかな?」 「・・・・・・覚えてないのですか?」 質問を質問で返されてしまった。 (『覚えていないのか』と聞き返すってことはやっぱり・・・・・・。) 自分の身体の不調と潤ちゃんの態度から薄々感付いてはいたが、 彼女から返された質問で十中八九その原因に確信を持つことができた。 これは間違いなく・・・・・・ 「飲み過ぎ?」 「・・・・・・か、かもしれません。」 今回も『飲み過ぎた』のだ。 苦笑いを浮かべつつも俺を庇う言葉を一生懸命見繕う潤ちゃんの健気さが胸に突き刺さる。 (また、やってしまった・・・・・・。) 酒が弱い&酒癖が悪いことは自分でも自覚している。 いつも酒を飲むときは「今日は迷惑かけまい」と心に誓うけど、 恥かしながらその誓いを守ったことは少なかったりするのが現状だ。 上手くセーブできればいいんだけど・・・・・・悲しいことに自分の周りでそれを許してくれる人間が皆無に等しい。 しかも今回は潤ちゃんに膝枕をさせてしまっている。 できれば彼女にだけは迷惑を掛けたくなかった・・・・・・。 『後悔先に立たず』という言葉がいつもより身に染みる。 「ごめんね潤ちゃん、重いでしょ。」 「いえ、私は大丈夫です。 真神さんは毎日仕事をしているから身体が疲れていたんですよ。」 「そうかな・・・・・・。」 「はい。 真神さんはいつも一生懸命ですから。」 潤ちゃんは俺の肯定でも否定でもない微妙な言葉を思いっきり肯定すると 笑顔で俺の髪の毛をやさしく撫でてくれた。 我が子をあやす母親のような温かさが心地よくも照れ臭い。 「あ、ありがとう。」 お礼の言葉を述べたあと、照れ隠しに潤ちゃんから視線を逸らし、 続けて『今、視線を逸らしたのは照れ隠しじゃない』とアピールするかのように周囲に目を配ってみる。 そこには彼女を囲むように一面薄桃色の世界が広がっていた。 「綺麗だ・・・・・・。」 それは満開の桜だった。 ・・・・・・そう言えば今日はみんなで花見に来ていたんだっけ。 「えっ・・・・・・。」 と、潤ちゃんの驚いたような声が聞こえたので視線を戻してみると、 彼女は赤く染めた頬に手を当てて恥ずかしそうに、それでいて時折嬉しそうに、忙しなくコロコロ表情を変えていた。 小さな声で『そんな、綺麗だなんて・・・・・・』『でも、真神さんに言われるなら・・・・・・』とか呟きながら。 「あ、いや、さ−」 −くらが、と続けようとしたところで俺は慌てて口を噤んだ。 確かに今の『綺麗だ』は潤ちゃんの勘違いである。 だけど俺の視線の先を認識できない彼女が勘違いするのは仕方ないこと。 付け加えれば潤ちゃんが『綺麗』なことは間違っていない訳で・・・・・・ 「桜も潤ちゃんも綺麗だなぁ、って。」 普段は恥かしくてなかなか面と向かって言えないから勢いで言ってしまえと思う気持ちもあったから ここは敢えて歯の浮くような恥かしい言葉の方を口にした。 勿論、成美さんや奈々子に聞かれたらおそらく一生のネタにされるであろう言葉だが。 「えへへ。」 潤ちゃんは満面の笑みを浮かべ、手を頬に当てたまま首を左右に振っていた。 どうやら彼女も照れているみたいだ。 そんな潤ちゃんを見ているうちにやっぱり自分も恥かしくなってきてしまったので、 ごまかすように俺達の周囲を取り囲んでいる桜に再び視線を移した。 (・・・・・・やっぱり綺麗だな。) 仰向けになって下から見上げる普段と異なる視点だからか、 それとも最愛の女性に膝枕されているからなのか、 目の前に広がる桜はいつもより綺麗に見えた。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 会話が途切れ静寂が2人を支配する。 桜の木に囲まれた2人だけの世界−それは俺達だけ別の次元にいるのではないかと錯覚するような世界だった。 思わずこの心地よい空間にずっと身を委ねていたいと考えてしまったものの、 現実なのか非現実なのか分からなくなりそうな場所にいるのも不安になり、 これが現実だと認識できるものを求めて自身の五感を研ぎ澄ませる。 ・・・・・・ガヤガヤガヤ すると遠くから微かに喧騒の声が聞こえてきた。 今が何時なのか分からないが、まだまだ宴の真っ最中な時間帯なのは間違いないだろう。 少し安心した俺は潤ちゃんの好意に甘え、 しばらく彼女の膝の上で綺麗に咲き乱れる桜を眺めることにした。 ・ ・ ・ ・ ・ それからどのくらいの時間が経ったのだろう、 ボーッと桜を眺めていると、潤ちゃんが俺の視線と同じ方向を見上げながら 「桜・・・・・・綺麗ですね。」 と呟いた。 「うん。」 俺はその言葉に同意する。 だけど内心寂しい気持ちを抱いていたのは言うまでもない。 何故ならこの桜は潤ちゃんの目には写っていない。 あまりにも自然に振舞ったので盲目だということを思わず忘れてしまいそうになるけど、 彼女の目にこの綺麗な桜は写っていないのだ。 「ふふふ。」 でも、潤ちゃんは俺の同意の言葉を聞いて嬉しそうに笑った。 本当は自分の目で確かめたい、俺達と一緒に桜を見て感動したい、そんな願いがあるはずなのに。 本当は「自分の目で満開の桜を見てみたい」と口にしたいはずなのに。 だけど彼女は寂しそうな顔を微塵も見せず『綺麗ですね』と言ったのだ。 「・・・・・・。」 潤ちゃんの言葉の裏にどんな想いが隠れているのだろうか。 それを考えるだけで胸が切なくなり俺は言葉に詰まってしまった。 先程と全く違う俺の雰囲気を察したのか、 「あ、今のは私の素直な気持ちですから……。」 潤ちゃんは少し困ったような笑顔を浮かべながら俺の考えていることが杞憂だと断言する。 そして、本当は彼女の視界に光が差し込んでいるのではないか、 と思ってしまうくらい自然な動きで桜の花弁が咲き乱れる方向に視線を移すと、 「自分の目で満開の桜を見てみたい気持ちが無いと言えば嘘になりますけど、 それよりも真神さんたちの傍にいられる方が私にとっては重要なことです。 だって、みなさんと過ごす時間が私にとって一番の宝物ですから。 みなさんが桜を見て楽しそうにしていれば私も楽しくなります。 こんな楽しい時間を作ってくれる桜が・・・・・・綺麗でない筈がありません。」 その真意を静かに告げた。 桜を見つめる凛とした視線は・・・・・・力強く、そして美しかった。 決して弱音を吐かない気丈な姿を見せられ目頭が熱くなってきたが、 ここで涙を流す訳にはいかない。 「・・・・・・やっぱり潤ちゃんは凄いよ。」 目にこみ上げてきたものをグッと堪えると、いつも思っている俺の本心を口にした。 もし自分が潤ちゃんと同じ盲目のハンデを背負っていたら、こんな気丈でいられる自信はない。 おそらく盲目という境遇に嘆き悲しみ続け、仕舞いには生きる気力すらも失ってしまうだろう。 この言葉は予想していなかったのか、突然俺に褒められた潤ちゃんは一瞬驚いた顔を見せた。 でも、すぐに顔を赤くして「えへへ」と笑顔になると、 「それは・・・・・・真神さんのおかげです。」 と言いながら窮屈そうに身体を丸め、膝に乗っていた俺の頭をいきなり抱きしめてきた。 「じ、潤ちゃん・・・・・・??」 潤ちゃんの腕の中で思わず素っ頓狂な声を上げてしまう俺。 さすがにこの行動は予想していなかったので、 恥かしさなんてものは猛スピードで俺の前を通り越し、 先程から悩まされていた頭痛も何処かに飛んで行ってしまう程だった。 「私が強くなれたのは、真神さんに出会えたからですよ。」 飾らないストレートな言葉と暖かく優しく包み込むような抱擁。 それだけで潤ちゃんの気持ちは十分に伝わってくる。 男の俺が言うと気持ち悪がられるかもしれないけど、胸がキュンとした。 愛する女性の感謝の言葉がこんなに心を揺さぶるものだとは・・・・・・。 「ありがとう。 俺も潤ちゃんに出会えて良かったよ。」 右腕で手入れの行き届いたサラサラの髪を撫でてあげながら、 俺も潤ちゃんへの感謝の気持ちをストレートに伝えた。 頭の中が少々浮付いていたこともあり、本当にありきたりな言葉になってしまったが、 頭を撫でられている彼女はとても嬉しそうだったから良しとしよう。 ・ ・ ・ ・ ・ いつもと異なる窮屈な体勢で気の済むまで抱擁し合ったのち、 俺は潤ちゃんの腕の中から開放され再び彼女の膝の上に頭を乗せた。 一つ息を吐いて身体を支えるためにずっと力を入れていた身体を解すと、 改めて潤ちゃんの顔の方に目を向ける。 ・・・・・・と、彼女は先程の笑顔とは全く正反対の気まずそうな表情をしていた。 「どうしたの?」 只ならぬ雰囲気を察して思わず問いかけてみる。 すると、 「私、真神さんに謝らなければいけません。 実は真神さんが倒れてしまうまでお酒を飲ませたの私なんです。 みなさんが楽しそうだから私もつい楽しくなってしまって・・・・・・ゴメンナサイ。」 申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。 (そう言われてみると・・・・・・) 酒という言葉が引き金になって再び痛みが蘇ってきた頭に鞭を打ち、 数時間まえの出来事を思い出そうとしてみた。 ……確か周りの連中が『潤ちゃんがお酌をすると恭介が喜ぶ。」と煽ったら、 潤ちゃんが何度も嬉しそうにお酌をしてくるようになってしまい、 断り切れない俺はいつもより速いペースで飲んでそのまま記憶が・・・・・・だったような。 「何となく思い出したよ。 もう、あんなに飲ませるなんて・・・・・・。」 「本当にごめんなさい・・・・・・」 少し意地悪に責めるような口調で返答をすると、 潤ちゃんは深く反省する態度を表すかのように肩を小さく丸めてシュンとなってしまった。 勿論、これは俺の本心ではない。 俺の本心は・・・・・・ 「・・・・・・でも今日は飲ませて貰って良かったかな。 こんなに桜が満開の場所で潤ちゃんに膝枕されてるんだから。」 飲ませてくれた潤ちゃんに感謝したいくらいだった。 満開の桜の下、二人で過ごせる最高の時間を作ってくれたのだから。 その言葉を聞いた潤ちゃんは、俺達の目の前に広がる満開の桜のような明るい表情に変わり、 「ふふふ。 それでは真神さんの気が済むまでこうして過ごしましょう。」 と言って俺の手を力強く握ってきた。 そして再び満開の桜の方を見上げると、 「ふわり ふわり 舞い踊る様に ふわり ふわり 煌めきながら・・・・・・」 透き通るような美しい声で歌を唄い始めた。 そう言えばこの歌・・・・・・さっき目が覚めるときに聞こえた歌のような気がする。 「潤ちゃん、さっきその歌唄ってた?」 「あ、聞かれてたんですね・・・・・・。」 目が覚めるとき聞こえた歌声はどうやら夢ではなかったようだ。 もしかすると俺が眠れるよう子守唄のつもりで唄っていたのかもしれない。 「私、この歌の『ふわり、ふわり』って言葉の響きが可愛くて好きなんです。 桜の花弁が舞うところはこの目で見たことありませんけど、 人々を魅了する柔らかく優雅に舞う姿が伝わってくるような気がします。」 そう言われてみると確かに…… 桜の花弁が舞うような柔らかく可愛い言葉の響きをしていると思う。 「うん、今日の花見にピッタリの歌だと思う。 ・・・・・・このまま潤ちゃんに唄っていて欲しいな。」 「はい!」 俺の要望に元気よく笑顔で頷いた潤ちゃんは再び歌を唄い始めた。 「ふわり ふわり 錦の夢に ふわり ふわり 染まる華小路・・・・・・」 サアッ!! 突然、一陣の風が満開の桜を掬うように吹き抜けた。 それは潤ちゃんの歌声に合わせるかのように桜の花弁を柔らかく優雅に舞い踊らせる。 しゃらら しゃらら・・・・・・ しゃらら しゃらら・・・・・・ 風に掬われた無数の桜の花弁は、ゆっくりと落下しながら俺達を美しく静かに包み込んだ。 それはまるで二人の仲を祝福しているかのようだった。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 【おまけ】 「でも、こんなに桜が綺麗な場所なのに誰も花見客がいないなんて意外だね。」 「そういえば成美さんが『ここは立ち入り禁止区域だから大丈夫よ』と仰ってましたけど。」 「げっ!なにやってるんだ成美さんは!!」 なお、立ち入り禁止区域の外側では成美さんの命令で哲平が見張っていた。 万が一、公園の管理者や警邏中の警官に出会ったとき俺達のいる場所から目を逸らさせる役目だったらしい。 (・・・・・・スマン、哲平。今度何か奢ってやるから。) |
コメント(言い訳) |
どうもZac.です。 最近はずっとオフラインで作品を公表しておりましたので、 オンライン上で公表するのは本当に久しぶりになります。 もしかすると昨年の交流戦小説以来・・・・・・約一年ぶりですか。大変申し訳ないです。 で、今回のテーマはなんとビックリ既に季節も過ぎた「花見」ですよ奥さん。 花見ですからネタは2月くらいに考えていたのですが、色々あって執筆はこんな時期になってしまいました。 つか自分の体たらくっぷりをアピールしているだけのような気がしてなりません。 まあ、内容はいつもの「恭介×潤」モノと殆ど変わっていません。 潤ちゃんの強さ、健気さ、可愛さ、をどのように表現するか、 そして潤ちゃんをどこまで幸せにできるか、そういったところが根本のテーマ。 本当にいつもと同じワンパターンなテーマだなぁ・・・・・・進歩が無いよ。 強いて一つ挙げれば嬉しさのあまり自分から恭介を抱きしめてしまう潤ちゃんは書きたかったです。 私の中の「恭介×潤」も随分ベテランカップルっぽくなってきましたので、 おそらく潤ちゃん本来の姿であろう「予想外にに積極的な姿」と、 間違いなく恭介本来の姿であろう「予想通りの受身な姿」を、 肉体的(?)な部分で表現する作品もそろそろ積極的に書いてよいかなと思いまして。 あ、別に肉体的と言っても18禁モノを書く伏線ではありませんので深く詮索しないように。 それよりなにより今回は「歌」の影響が大きかったです。 作中で潤ちゃんが唄っている歌を初めて聴いたとき、 満開の桜に囲まれて潤ちゃんが恭介を膝枕している姿が思い浮かび、 更には『ふわりふわり』『しゃららしゃらら』という言葉の響きと雰囲気が 潤ちゃんに唄わせたら凄く似合いそうだなと思いまして。 切っ掛けは相変わらず単純ですな。 ちなみに引用した歌は『DDR SUPER NOVA』に収録されている『華爛漫』という歌になります。 「また音ゲーかよZac.」ってツッコミは厳禁(笑) 私、他に聞いている歌があんまりないんで・・・・・・。 |