約束



 「恭ちゃん、野球観に行かへん?」

哲平からこんな誘いの電話があったのは事務所の定時目前のことだった。
相変わらず仕事の無い状況で定時上がりは確実、
今日はこれからどうしようかと考えていた矢先だったから

 「いいよ」

と二つ返事を返した。
特に野球が好きと言うわけではないが、勿論嫌いでもない。
哲平が野球好きなので一緒にいるうちに色々詳しくなったので
むしろ今は「たいへん興味があるスポーツ」だと思う。

ただ、京香さんは

「上様の時代劇が放送飛ばされるから嫌い。
 折角ビデオ予約したのに帰って再生したら全部野球なんだもん。」

と野球嫌いの典型的な例のようだ。
予約する前に新聞のテレビ欄を確認した方がいい、というツッコミは怖いから入れなかったけど。


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0対0の均衡が続く球場は熱気に溢れていた。
哲平曰く「優勝直前の大事な一戦」らしく球場は超満員。
グラウンドに立つ選手達も真剣そのもので、一つ一つのプレイに緊張感があった。
応援する人達もみんな固唾を飲んで見守るほどだ。
俺にも「良い試合」だということが分かり、目が離せずおちおちトイレにも立てない。

 「しっかし、ええ試合やなあ」

隣の哲平も同じようだった。
ただ、この固唾を飲む展開を逆に楽しんでいるようで
目は子供のようにキラキラしているように見える。

 「楽しそうだな」

 「恭ちゃん、こんなオモロイ試合なかなか観れへんで」

こっちは贔屓チームが点を取られないかドキドキしながら観ているのに
哲平はそんなドキドキするような試合を心の底から面白がっている。

 「哲平さ、観てて緊張しないの?」
 「うーん別に。
  緊張言うより取るか取られるかの展開が楽しくてたまらん。」

ケロっとしたものだ。
俺と哲平では野球に関する年期が違うから仕方ないのかも。
確かに哲平は応援にも慣れているようで
トイレに立つタイミングとか食べ物や飲み物を買うタイミングとか
試合の状況に合わせてきっちり見計らっている様子である。

 「恭ちゃん、緊張しとる?」

 「ちょっとね。
  こんな一進一退の攻防を生で観たのは初めてだから。」

別に隠す必要も無いのでありのままの心境を哲平に伝えた。
普段、テレビで野球を観ることすらあまり無いのに
こんな緊張感のある試合を生で観てるのは幸せなのだが正直心臓に悪い。
慣れがあるのは理解できるんだけど、こんな状況でも楽しめる余裕のある哲平がやっぱり羨ましい。

 「哲平さ、球場って良く来るの?」

 「結構来るよ、昔から野球好きやし。
  ・・・それに、亮太が連れてけ連れてけ言うてようせがんだからなあ。」

  そういうたら亮太もそんな感じやった。
  ええ試合やと恭ちゃんみたいにガチガチになってん。」

少し寂しそうな目をして懐かしむような口ぶりの哲平。
遠くを見るような哲平の目に胸が締め付けられた。
やっぱり昔から面倒見が良く亮太君を可愛がっていたんだなあこいつ。
そして、亮太君に会ったことは無いけど彼が哲平を慕ってたというのも理解できる。
心の底から亮太君の不幸を惜しむ眼差しは2人の関係を十分に物語っていた。
そんな関係がちょっぴり羨ましいと思う。

 「恭ちゃんと亮太と3人で観に来てたら、
  試合より恭ちゃんと亮太の2人を見てた方がオモロイやろなあ。
  2人揃って固まって見てて。」

 「・・・」

想像すると自分の事ながらなんだか笑えた。
同時に、一度も会ったことの無い、既にこの世にいない亮太君が近しい人間に感じられた。

 (生きていたら、恐らく哲平と3人でつるんでいたんだろうな)

それが運命の悪戯と言われれば仕方のないことだけど、
やっぱり亮太君と親しくなれなかったことは非常に悔やまれる。

少し寂しそうな顔をしていた俺を安心させようとしたのだろうか、
哲平が先程の寂しそうな表情から一転こちらを向いて優しく微笑んだ。

 「多分、恭ちゃんと亮太ならいい友達になったと思う。」

 「俺も友達になれたと思う。
  会ったことはないけど、哲平を慕うような人だからな・・・」

悪い人間ではない筈だ、という意味で言ったのだが、
こいつは何を勘違いしたのか

 「恭ちゃ〜ん、愛してる。」

と言って抱きつこうとしてきた。
俺はもはや条件反射的に抱きついてきた哲平を避けたので、
見事に空振り目の前で派手にスッ転んでしまい、
試合に集中していた周りの目が一斉に俺と哲平に集まった。
頭を掻きながら「スミマセン」とペコペコ謝る哲平に自業自得だと思ったが、
当の本人は何にも無かったかのように自分の席に座り直し、

 「恭ちゃんカッコエエから、多分亮太のやつ恭ちゃんの真似し始めるで。」

と、突然歯の浮くような台詞を吐きやがった。
なんて言い返せば良いか一瞬戸惑った矢先、球場内は突然堰を切ったような大歓声に包まれる。

 「おっ、真打ち登場や!」

もう俺のことなんてお構いなし、という感じで哲平は球場内の視線が集まる部分に目を移した。
哲平の矛先が変わって良かったのか、哲平に一言でも言い返すことが出来なくて悪かったのか、
どちらに出たかは分からないが、とりあえず顔が熱くなった姿を哲平に見られずに済んだことは確かだ。
何故だろう、歯の浮くような台詞も哲平が言うと何故か熱くなるのは・・・。


球場内の視線と声援が一同に集まる場所−そこはバッターボックスだった。
テレビCMなどにも多数出演し、恐らく誰もが一度は目にしたことがある選手が威風堂々と立っている。
場面は9回裏2アウト満塁、得点は相変わらず0対0。
ヒットが出ればサヨナラ勝ちというシーンだ

 「凄い声援だね。」

 「まあな。
  いま打席に立っとるバッター、亮太が大ファンやってん。」

堂々と構えるその姿は、この球場全体に包まれる緊張感をものともせず、
絶体絶命でも必ず何とかしてくれる、そんな頼りになりそうな雰囲気を持っていた。

何となく、今隣にいる男に似ているような気がした。
どんな窮地に陥っても必ず手を差し伸べてくれる、そんな雰囲気を持っている哲平に。
おそらく亮太君は哲平に同じような雰囲気を感じていたのではないだろうか。

 「なんか知らんけど、亮太と観に来ると全然打ってくれないんや。
  来る度に『一度はホームラン観たいなあ』なんて呟いとったなあ。」

 「・・・おそらくホームラン打ってくれるさ。
  亮太君の為にも。」

 「ああ!」
パカーン!!

と、2人の想いが一緒になった瞬間、バットは渇いた音を発した。
ワー!っという大歓声。
大観衆の夢と希望と勝利への願いそして叶えられなかった亮太の願いを乗せ白球が舞い上がる。

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大きな弧を描いた白球が・・・

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フェンスギリギリの所で外野手のグラブの中に収まった。
その瞬間・・・大歓声は大きな溜息へと変わる。
勿論、俺も哲平も大きく溜息を吐いていた。

そして試合は0対0で延長戦へ突入。
結局、試合は次のイニングで呆気なく点を取られて負けてしまった。
あの当たりがホームランになっていればサヨナラだったんだけど・・・。

残念だけど亮太君の想いは今日も通じなかったようだ。


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帰路、御互いに腹が減ったのでラーメン屋に入った。

ラーメンを待っている間、当り障りのない話をしていると
店内のテレビで今日の試合のハイライトが流れ出した。
食い入るように見つめていた哲平だったが、
先程のホームラン性の当たりのVTRが流れると、

 「あーあ、惜しかったなあ・・・」

と呟き先程と全く同じような溜息を吐いた。

 「恭ちゃん、野球また観に来ような。
  俺らまだホームラン見とらんもん。」

 「ああ」

俺は快く返事を返した。
これは俺と哲平だけの約束ではない。
亮太君も含めた3人の約束だ。

 「恭ちゃん、亮太みたいに『次は無かった』やったら一生恨むで。」

 「バカ、亮太君の為にも見なければいけないんだ。
  例え哲平が女の子デートだったとしても無理矢理観に来させるからな。」

と言い返すと、哲平は少し考えて

 「うーん、恭ちゃんとおる方が楽しいから多分デートすっぽかすと思う」

 「バカ、恥ずかしいこと言うな。」

 「恭ちゃ〜ん」

と言ってまたもや抱きついてきた。
そしてまたもやそれを俺が避けると、哲平は椅子の上から派手にひっくり返ってしまう。
俺は何事かと特異な目を向ける店主に「スミマセン」という視線を投げながら、
目の前で派手にひっくり返っている男に手を差し伸べた。

 「お前が恥ずかしいこと言った上に抱きついてくるからだぞ」

 「もう、恭ちゃんってば。
  でもな、恭ちゃんとおるのが楽しいのは本心やから。」

まったく、自分のペースを崩さない奴だ。
でもそんなストレートで変わらない優しい性格が
哲平の魅力であり皆から慕われるところなんだろうな。
俺もそんな哲平に惹かれているのだから。

だから俺は、

 「俺もお前といるの楽しいよ。
  だからお前こそ『次は無かった』になるんじゃないぞ。」

と返してやった。
その言葉に哲平は最高の笑顔を返してくれた。


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この後、2人で並んで食べたラーメンの味はあんまり覚えていない。
ただ、「また一緒に野球を観に来よう」という約束だけははっきり覚えている。

この約束を破ること−それは哲平に再び悲しい想いをさせてしまうことを意味する。
他人からすれば本当に他愛も無い約束。
でも、俺はこの約束を決して破らない。
いつまでも約束を守り続けてやる。
例えお前が「嫌だ」と言っても約束を守り続けてやる。

だから覚悟しておけ。
そう、2度とお前に悲しい想いはさせないから。


 

コメント(言い訳)
初めて書いた哲恭物です。
通常、哲平×恭介で「攻めが哲平、受けが恭介」とかなりますが
そんなの全然感じられない作品になってしまいました。
もう、ぜーんぜんダメっす。

強いて挙げれば『友情モノ』ですね。
この話の原点は、多くの友達を失ってしまった哲平に
「もう友達を失うことはないぞ」という励ましの言葉を掛けてあげたかったところにあります。
ゲーム中の哲平からはあまり想像できませんが
一度に何人もの友達を失ってしまったのですから心の傷は相当なものだったでしょう。
※文中には亮太のエピソードしか触れていませんが、
 哲平の「悲しい想い」はエイジやヒロヤなどの仲間達も含めています。
だから友達の口から安心させる言葉を掛けてあげたかった。
当然、その相手は恭介しかいないということで、必然的に恭介を持ってきた訳です。
そもそもこの時点で「攻めが哲平、受けが恭介」という流れにもっていくのは難しいですね・・・。

野球の話にしたのは亮太の写真が何処かの球場(多分、横浜スタジアム)だったから。
野球関係なら詳しく書こうと思えば色々書けるのですが、
恭介があまり野球に詳しそうではないので控えめの表現にしています。
流石に恭介が野球の実況中継みたいに状況を語るのは違和感がありますので。

とりあえず苦労したことは2つ。
1.男同士の話での「萌え(燃え)」ポイントがいまいち表現できない
2.関西弁(しかも神戸寄り)がわからない
どちらも書いてて泣かされました。
特に哲平の関西弁は全然違うと思います。
哲恭モノで次があるかなあー、とかなり意気消沈気味。

とても哲恭ファンの「燃え(萌え)所」をガッチリ掴んだとは思えない作品ですが、
まあ初めてだということで大目に見て頂けると幸いです。
感じるままに書いてみたということで。

なお、本作品の製作にあたって「Tender Killer」の小田朋代様に沢山のアドバイスを頂きました。
小田様のアドバイスがなければ本作は日の目を見てなかった可能性大です。
本当に有難う御座いました。