だからその拳を振るう



 「ほら哲平、公園まで来たからもうすぐ家だぞ」

足取りのおぼつかない哲平に肩を貸し、
息の合わない二人三脚のような格好で東公園の中へと入る。

毎度のことながら成美さんに付き合わされてスピリッツで酒を飲んだ俺と哲平。
ただしいつもと違うのは、酔い潰れたのが俺ではなく哲平だというところだ。

 「こういう時くらいドライマティーニなんて強い酒飲まなきゃいいのに・・・。」

 「恭ちゃ〜ん、かんにんや〜。」

どうやらうちのワトスン君は連日「情報収集」と称した徹夜麻雀に没頭していたようで
開始数十分、ほんの1杯飲んだだけでテーブルと睨めっこ状態になってしまった。
まあ、「哲平を連れて帰る」という名目ができたお陰で
俺は成美さんにあまり飲まされずに済んだという訳なんだけど。

周りから見ると明らかに挙動不審な動きをした2人。
こんなところをお巡りさんが通ったら間違いなく職質だ。
さすがにそれだけは避けたい。

公園の時計を見るとまだ午後11時を指す手前である。
仕事帰りのサラリーマンがいてもおかしくない時間帯。
だけど夜の公園に人の気配は感じられない。
昼間の喧騒が嘘のように静まりかえっている。

 ガクン

と、急に哲平の膝が崩れた。
不意を突かれたため一緒に倒れそうになったが必死で踏ん張り、
哲平の脇に頭を入れなおして身体を起こす。

 「ほら、しっかり立てって・・・」

 「恭ちゃんがしっかり支えてくれな倒れるわー」

・・・重いんだよ、正直。
足に力が入ってない所為もあるんだろうけど見た目よりも全然重い。
タクシー代ケチらなければ良かったと今更ながら後悔した。

 「・・・しんどー」

と哲平が呟くと同時に全体重が俺に預けられる。
倒れないようにと再度踏ん張りなおした。

そのときふと肩に回された腕から感じられる筋肉質な感触に気が付いた。
預けられた胸元からも同じく余分な肉を感じさせない感触が伝わってくる。

 (やっぱりいい身体してんだな、こいつ。)

無駄な肉の無い身体に感心した。
情報収集の麻雀に明け暮れても鍛えるところはしっかり鍛えているんだな。
いつも周りが気付かないところで努力している哲平、本当にカッコイイと思う。

しかしそれとこれとは話が別だ。
重いものは重いのであってこのままだと家まで持ちそうにない。
そこへタイミングよく公園のベンチが視界に飛び込んできた。

 「おい哲平、ちょっとベンチで休むぞ。」

 「しゃあないなあ恭ちゃん・・・」

 「お前がしゃあないんじゃ!」

御約束のツッコミを入れながら哲平をベンチの上に座らせた。
そして既に足腰が言うこと聞かなくなりつつある俺もその横に腰を下ろした。

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  1分・・・・2分・・・・3分・・・・ただ時間だけが過ぎるが、
特に交わす言葉もなく時間が止まったかのようにベンチに座ってボケーッとする。

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  その沈黙を先に破ったのは哲平だった。

 「しっかし、星が綺麗やなあ・・・」

空ろな目で空を見上げて相変わらずボケーっとしている哲平がふと呟く。
それに合わせるように俺も強張った身体を脱力させながら空を見上げた。

確かに空を見上げれば満天の星空。
そして静まり返る静寂の中に広がる凛とした空気。

 「うん、綺麗だ・・・」

その目に映る光景はボーっとしてると吸い込まれてしまいそうな
何処か別世界に誘われてしまうと錯覚してもおかしくないくらい綺麗な星空だった。

吸い込まれてしまわないように視界を下げると・・・
こちらに近付いてくる3人の男達のシルエットが目に入った。
外灯と星明りを頼りに容姿を見ると性質の悪そうなチンピラオーラを発している。
この綺麗な星空には似合わなそうな男達、少なくとも俺の知っている奴らではない。

しかしながら彼等が脇目も振らずこちらに向かってくるところを見ると
どうやら俺達のどちらかに用事があるらしい。
・・・何か良くないことが起こりそうな予感がした。

 「おっと、綺麗やない奴等が来おったで・・・。」

のんびりと、しかし先程とは違うはっきりした声で哲平が呟く。

 「哲平、知ってるのか?」

 「ああ、オレの客や。
  もちろん友好的な客やないけどな。」

哲平は明らかに敵意を向けた目で近付く3人を睨んだ。
しかしよりによって哲平が酔っ払ってるときに来るなんて・・・。

 「お前、変な気起こすんじゃないぞ。」

 「安心しや。
  恭ちゃんには指一本触れさせんよって。」

 「いや、そういう意味じゃなくて」

 「オレの蒔いた種や。
  自分で片付けなあかん。

     それに・・・恭ちゃん
  己の親友には傷付けたくないねん。」

そう言うときちんとした足取りで立ち上がり、
・・・俺を庇うよう前に進み出た。

 「性懲りもなく来たんかい・・・。」

 「一度痛い目に合わさんと気が済まないんだよ。」

3人組の中の1人、真ん中にいるリーダー格と思われる男が怒りに満ちた表情で哲平を睨む。

 「ふん、麻雀に負けた腹癒せに襲ったはいいけど返り討ちに合っただけやないか。
  正当防衛や正当防衛。」

 「なんだと!コラ!」

冷静に言葉を発する哲平とは対照的に相手の男は感情的になっている。
今すぐにでも飛びかからんとするくらいの勢いだ。

 「あんたらじゃ何度来ても同じや。」

 「おい!人をナメるのもいい加減にしろよ!」

 「もっと仲間ぎょうさん連れてこな。
  ・・・3人や足りへんで。」

哲平は淡々とそれでいて奴らにはかなり効果的な挑発を続ける。
そうやって相手を感情的にさせるのが目的なんだろう。

 「もう許さねえ!」

 「ふん、最初は許すつもりだったんかい。
  御丁寧なこと。」

 「!!」

男の顔が明らかに今までとは違う形相に変わった。
怒りが頂点に達した、そんな雰囲気だ。

直感的にヤバい予感がした。
こういう場合、冷静さを保った方が戦況を有利に進められるものだ。
しかし、冷静さを失い我を忘れた状態は何をしでかすか分からない怖さがある。
「凶行」とは得てして善悪の判断すら付かなかったときに起こりやすいものだから。

案の定・・・・男は懐からナイフを取り出した。

 「ほう。」

 「おい、哲平!」

   「恭ちゃん黙っとき。」

一言で制された。
こういった修羅場を何度も潜り抜けてきた哲平なりの考えがあるんだと思う。
だけど目の前のナイフは確実に哲平を狙っている。
今でこそ素面に見えるけど哲平はさっきまでベロンベロンに酔っ払っていたのだ。
今回はどう見ても分が悪過ぎる!
でも、どうにかしたいけど、どうすればいいのか分からない。
身体も思考回路も自分の物ではないみたいに上手く動いてくれない。

 「おい!ビビってんじゃねえぞ!」

そんな情けない状態になっている俺を嘲笑うかのように
男が哲平に向かってナイフを振り下ろす!

 「・・・」

哲平はピクリとも動かずその切っ先を受け止めた。

 「おい、哲平!」

今のは確実に斬られたはずだ!
こちらからは見えないので詳しくは分からないけど場所は多分顔だと思う。
しかし、哲平は痛いとも言わず
源義経を護った武蔵坊弁慶のようにただ俺の前に立ち尽くしている。

 「おっと、少し手元がぶれたな。
  ・・・今度は外さねえぞ。」

ナイフを持った男は胸糞悪くなる下品な声で哲平を挑発する。
それでも哲平は何も言わない、そして動かない。

 「早く片付けちまおうぜ。」

ナイフ男の左側にいる小柄な男が面倒臭そうに言う。

 「そうだな。」

今度はナイフ男の右側にいる大柄な男が答える。
そして、哲平の後ろに立っている俺を指差し

 「この際、後ろにいる奴も同罪だ。
  こいつボコったら次はお前の番だからな。」

と宣告する。

 「!」

その言葉で哲平の雰囲気が変わったのを見逃さなかった。
ここにいる者全てを傷付けかねないまでの冷たい感情が伝わってくる。
この冷たい感情は・・・殺気だ。

刹那、哲平は地面を蹴って奴らに飛び掛っていった。

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 「あー、折角ええ気分やったのに・・・水差されたわ。」

目の前には何事もなかったように立っている哲平が一人。
威勢の良かったチンピラたちは哲平一人にいとも簡単に捻られ
「次覚えてろよ!」という御約束の台詞を吐いて公園から去っていった。

哲平はしばらく彼らが逃げていった方角を凝視していたが
人気が消えたのを確認すると思い出したようにその場にしゃがみ込み、

 「こういうの使う奴が一番腐っとる。
  男は拳と拳で勝負せなあかん。」

と呟きながら地面に落ちているナイフを拾い上げ、
ベンチの横にある屑篭に投げ入れた。

そしてさっきまで殴り合いしていたとは思えない
(ついでに言えば酔っ払っていたとは思えない)
非常にさわやかな笑顔をこちらに向けた。

 「スマンな恭ちゃん。
  オレのつまらん尻拭いに付き合わせてしもて。」

哲平の頬には一筋の赤い線。
最初にナイフで斬り付けられた傷だ。
自分の目の前で大切な人が傷付けられたこと
そして哲平に制されたとは言え何もできなかった自分に憤りを感じずにはいられなかった。

 「強くはないけど俺だって戦える。
  だから一人で戦おうとするなよ。」

その言葉を聞いた途端、哲平の顔はいつにない真剣な表情に変わった。

 「恭ちゃん、拳は大切な人を護るためにあるんや。
  こんなとこで恭ちゃんの拳を汚す必要はあらへん。」

 「お前だって大切な人を護るために使えばいいじゃないか。」

 「だから今使ったやん。」

そう言ってそっぽを向き、照れ隠しに煙草を取り出し火をつける哲平。
短い言葉と照れた横顔、それだけで十分に気持ちが伝わってきた。

 「バカヤロウ・・・」

俺はハンカチを取り出して哲平に渡す。
ハンカチを受け取った哲平は頬の血を拭いながら少し照れを含んだ笑顔を見せたのも束の間、
急に表情を歪め片膝をついて蹲ってしまった。

 「どうした哲平!
  やっぱり何処か打ったのか!?」

 「・・・うえ、やっぱ気持ち悪う。
  酔ってるときカッコつけて動いた上にタバコ吸うもんやないわ。」

・・・やっぱり相当な負担がかかっていたらしい。
今は奴らとやりあっていた姿が信じられないくらい弱々しい哲平。
だけど俺の為に身を呈してくれた哲平の存在は誰よりも大きく見えた。
その弱々しい姿からは想像できないくらい頼もしく見えた。

少しでも楽になるようその大きな背中を擦ってやる。

 「おおきに、恭ちゃん。」

哲平、それを先に言うなよ。
むしろ御礼を言うのは俺の方だ。

 「俺こそありがとうな。
  お前が護ってくれるのは嬉しかったよ。」

ありのままの本心を伝える。
哲平はその言葉に屈託のない笑みを返してくれた。


だけど、あんまり無理するなよ哲平。
俺だって・・・お前の為に振るう拳を持ってるんだから。


 

コメント(言い訳)
どうも、Zac.です。
今回は哲×恭モノ第2弾を書いてみました。

哲平には「大切な人を護る為に拳を振るう」姿が良く似合うだろうなあと
本作をプレイ中からずっと思っていました。
その相手は・・・やっぱり恭介でしょうということで。
展開としては巷によくありそうなあんまり捻りのない内容ですが、
ベタな展開の方が何気にこの2人の場合は似合うような気がしました。

しかし我ながら哲平の超人ぶりにはビックリ。
ベロンベロンに酔っ払った状態での大乱闘ってもっと醜いですからねえ。
(当事者になったことはありませんが見たことはかなりありますので)
ここには違和感を感じる人もいるかもしれません。

前回の反省を踏まえ、物語の中で『主』と『従』の役割を明確にすることを意識したつもりですが・・・
正直まだまだ「友情物」の範疇ですね。
私のこういった世界における「燃え(萌え)」の理解力が全然足りなのだと思います。

あと、やっぱり関西弁は苦労しました。
変なところがあっても笑って許してください。

なお、今回も「Tender Killer」の小田朋代様に監修を御願いしました。
頂いた言葉に目から鱗が落ちる思いで、さすがこっちの分野に関しては一流だと。
本当に有難う御座いました。